第22話 続・これが隊員

「で、どこへ行くんですか?」


 幌馬車の中。

 レオナは最後尾で外を眺めている相手に聞いた。


 酒場の二階で顔合わせが終わったかと思ったら、そのまま馬車に連れ込まれ、今その馬車は街の外を走っている。

 荷台に六人、御者台へ二人が乗り込んだ、計八人での移動だ。


 御者は、レオナより後に酒場の二階へ来た隊員が務めている。

 そして荷台に乗っているのは、レオナとマリアとサイカの他に隊員二名、そして――。


「軍の訓練施設だよ。昔、州の内乱が起こった時に築かれた、簡易な砦だったところだ」


 外の景色を気持ちよさそうに眺めながら、ティアは荷台の最後尾にお行儀座り込み、気持ちよさそうに外の風景を眺めていた。


「で、なんでティア様が街の外まで付いてきてるんですか?」

「最近、忙しすぎるからな。人間、たまには息抜きも必要だ」

「州の太守様が身軽すぎでしょ。それに昼からの仕事はどーするんですか!?」

「今日の昼からの予定は、ちゃんと『訓練施設の視察』にしていたはずだが? 朝、確認したろう?」

「え? あれ? でも……」


 朝、確認したときには、いつもの都市の軍区画にある、軍の訓練場だとばかり思っていたが……。


(たしかに、いつもの都市内の施設だとは、一言も言ってなかった……)


 酒場での顔合わせに連れ出された時点で、こうなるのは予測しておくべきだった――と、レオナはがっくり項垂うなだれる。


「そんな遠い場所でもないし、次の予定までには戻るさ。そう目くじらを立てるな」


 レオナの記憶でも、たしかに目的地はそんなに遠くはない。

 馬車も休憩なしで辿たどり着けるし、向こうでやることも含めて往復半日もかからないはずだ。

 ただ、問題はそこじゃない。


「いや、時間じゃなくて、立場を考えろと……」


 レオナの言葉などどこ吹く風とばかり、ティアは楽しそうに外の景色を眺めているだけ。

 レオナはいつものごとく、諦めと共に溜息をいた。


 そんな二人のやりとりを面白そうに見遣っにやにやしていた、マリアが声をかけてくる。


「隊長も、このトンデモあるじに振り回されてますね」

「ええ。屋敷勤めのいたいけなメイドが、いきなり隊長やらされる程度には」


 溜息の反動を駆使して頑張って顔を上げ、レオナは手に持っていた書類の確認を再開した。


 馬車に乗ってすぐ、サイカより手渡された真っ白な紙にびっしりと文字が埋め尽くされた書類の束。

 書かれているのは、紙自体の貴重さに見合う極秘国家機密レベルの内容だった。


 それは――隊員たちの能力。


「……ティア様?」

「ん? なんだ?」


 聞きたいことを承知した上で楽しそうにニヤついているティアの様子になど構っていられない。

 レオナは書面の文字に、ただただ唖然としていた。


「ここに書かれてることなんですが……どこのお伽噺ファンタジーの登場人物ですか?」

「現実の隊員たちのありのままだが?」

「……どうしてがこんなにここへ揃ってんです?」


 指示代名詞塗れになるほど混乱しているレオナ。

 それはそうだろう。


 隊員ひとりひとりの能力が詳細に書かれているその内容は、アザリア州の軍でも聞いたことのない、多種多様でしかも飛び抜けた能力ばかりだった。


 正直、この書類が流出すると、州どころか国中から隊に注目が集まって、その能力を目当てに、隊員たちへ手を伸ばしてくる者が後を絶たなくなる気がする。


「面白いだろう? 登用の際に『人間の男』という基準を取り去っただけなんだがな――人材不足が聞いて呆れると思わないか?」


 ティアは簡単に言っているが、それがどれほど困難かは想像に難くない。

 もし人事担当の文官に『亜人を含む女も対象に登用しろ』などと命令しても、主君としての資質を疑われるだけだ。


 そして『亜人の女』なんてのは、人間の国にそれほどいるはずもない。

 彼女たちは、元々どこにいたのか。

 そんな彼女たちをどうやって見出し、どうやって人間の組織に登用したのか。


 レオナは思わず、マリアとサイカに視線を送った。

 サイカは微笑み、マリアに至ってはウィンクも加えて返してくる。

 近衛隊に所属しながらも、表向きの仕事をしてこなかったこの二人のことお仕事が、少し判った気がした。


「ところで、が、こんな国家機密を見ちゃっていいんですか?」

が隊員のことを把握しておくのは、当然どころか義務だぞ?」

には重すぎますよ……」

「お前自身もその国家機密の一員に加わったという自覚を持ってもらえないか、?」

「ぅぐ……」


 レオナが口ごもる。

 ティアと口で勝負して勝てるレオナではないのだ。


 その肩に、後部側――レオナの隣に座る女戦士アマゾネスが、無造作に腕を回してきた。


「人のこと知りたいんだったら、国家機密だとかいう小難しい文字ばっかり眺めるより、実際にやり合うのが一番だぜ? 隊長も、そのちっこい身体からだで強いんだろ? 向こうへ着いたらアタシと一番に手合わせしよーぜ」

「あはは……お、お手柔らかにお願いします」


 彼女の名は、カーラという。

 レオナの肩に回された腕、そして顔や身体のあちこちには、女戦士アマゾネスの刺青が見えている。

 布面積の少ない女戦士特有の衣装だけに、素肌の露出が多いのだ。


 そんな相手が肩に腕を回してきて、他の部分もレオナの身体と密着している。

 さらに、カーラはレオナに息がかかるほどに顔を寄せ、あまつさえレオナの頬に指を這わせてきた。


(こ、これ……何されようとしてるの??)


 カーラの使う香水の匂いが、レオナの鼻をくすぐる。

 身を縮こまらせて硬くなっているレオナは、顔が熱くなっていくのを感じる。

 もうさっきから視線が定まらず、脈拍も跳ねまくっていた。


 それが判っているはずのカーラはクスリと笑い、頬を這う指が首筋へ、そして――。

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