第23話 これが副官


「隊長?」


 そのとき、カーラとは反対側から優しげな声がかかる。

 だが声の優しさとは裏腹に、カーラの腕を引き剥がしてレオナを引き寄せる力は有無を言わせぬものだった。

 そして結果レオナは、反対側へ抱き寄せられた。


 今度は、以前から知る香りを感じる。

 サイカの香りだ。


「さ、サイカさん?」

「隊長。部下は呼び捨てにしてください。これは隊長の義務です」

「あ、は、はい……」


 優しく微笑むサイカだが、抱き寄せる腕の力にされ、レオナはただの脊髄反射でサイカの言葉にうなづく。


「あと、カーラもわたくしたちもあなたの部下なんですから、もっと隊長らしく威厳をもって接してください」

「ご、ごめんなさい」

「そういう風に謝る必要もありません。隊長という立場には、決定して命令する権限がありますが、逆にその結果全てを負う責任があるのです」

「あ、はい」

「だから、隊長が決めたことが正しくても間違ってても、わたくしたちは即座に、無条件に従います。そうしなければ、一瞬が明暗を分ける戦場では、致命的な対応の遅れや混乱につながるからです。私たちが戦場で刹那も迷わず命令に従えるよう、隊長は常に堂々としていてください」

「が、がんばります……」

「まーいーじゃねえか。今はべつに戦闘中ってわけでもねーんだしよ」


 ポンポンとサイカの腕を軽く叩いたカーラが、レオナの腕を引いて自分の方へ引き寄せようとする。

 だが、サイカはレオナにガッチリと腕を回して譲らない。

 呆れた表情を浮かべたカーラに、サイカは至極真面目な表情で言った。


「そういうわけにはいかん。これは我々の今後の命運を決める重要なことだ」

「オマエ、そこまで堅苦しいヤツだっけ?」


 カーラの疑問には答えず、今度は腕の中にいるレオナに向かって、ニッコリと微笑むサイカ。

 この微笑みの意味に気づいていたのは、ティアとマリアぐらい。


 つまり、レオナは気づかなかった。


「いい機会です。隊長、ちょっと練習しましょう」

「れ、練習?」

「はい。部下へ命令する練習です。私の言葉を繰り返してください。いいですか――『副官に命じる!』」

「ふ、副官に命じるっ」

「『今すぐ、膝枕せよ!』」

「今すぐ、膝枕せよっ……て、ええ!?」

「はいっ。今すぐ、隊長殿を膝枕いたします!」


 復唱し終わるや否や、レオナの頭はサイカの膝に押し付けられた。

 抵抗する間もない。


「ちょ、ちょっと、サイカさ……べ、べつに本当にしなくてもっ」


 レオナは起き上がろうとする。

 でも、頭や身体にそっと手を添えられているだけなのに、なぜか一切動けない。


「命令の撤回など、部下を惑わすだけです。さっき言った通り、一度下した命令には責任を持ってください」

「せ、責任って……?」

「到着まで、このまま続けましょう♡」

「あの、それ、なんか違うんじゃ……」


 抗議するもサイカは聞く耳を持たず、幸せそうにレオナの頭を撫で続ける。


 レオナが視線で周りに助けを求めるが、正面のマリアは「その手があったか……」と腕組みをしてブツブツと零すだけ。

 カーラも「やれやれ」といった感じで苦笑いを浮かべてこちらを見ている。


「いーな、それ。隊長、アタシともその練習やろーぜ」


 そして荷台にいる最後の隊員であるクレアは、止めるどころか、その猫人カットスの証である尻尾をくねらせながら、逆に参加希望を表明する始末だった。


「ティ、ティア様~」


 最後の最後、藁にもすがる思いで、レオナは泣きそうになって少々ウルウルさせた目を、ティアへと向けた。

 ティアを最後にしたのには、もちろん理由がある。


 期待してなかったのだ。


わたしも、太守をやめてお前の副官になりたくなったぞ」


 案の定、クックッとこらえ切れずに笑いをこぼすだけのティアは、目尻に涙まで浮かべている。


 レオナは「ですよねー」と最後の望みがついえたことを静かに受け入れた。


「ダメですよ。いくらティア様といえど、隊長の副官の座は譲りません」

「残念だな。が、まあいいだろう。私の膝枕は、次に使用人メイドのレオナを連れて視察へ行く時まで、楽しみにとっておくとしよう」


 当人の意思そっちのけで交わされる会話を聞きながら、レオナは「今後馬車に乗るとき、二度と心の平穏が訪れない気がするんですけど~……気のせい?」と確信に近い予感を覚えつつ、到着まで状況を受け入れたのだった。




   ■■■




「ちょ! カーラまで、なにを……!」

「いーじゃんか、減るもんじゃなし」

「オヤジかっ!」


 ――受け入れ切れてないかもしれない。

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