第37話 翼竜より、怖い

 風に流された土煙の中から、地面に倒れ伏してピクリとも動かない翼竜ワイバーンが五匹、現れる。

 その内、レオナたちに一番近い翼竜――レオナたちに襲い掛かって来た翼竜だ――の大きな頭の上に、年若い女性が立っていた。


 まだ可愛さが残っているものの、あと数年もすれば絶世の美女と称されるであろう長髪の彼女が、翼竜の頭の上に立って、心底申し訳なさそうにとしてる。

 彼女の立つ翼竜の頭には、彼女のものであろう騎兵槍ランスが突き立っていた。


 レオナは後で知ったことだが、あの光の柱は、彼女の武技アーツによる攻撃だったらしい。

 一匹の翼竜がレオナたち目がけて降下する間に、建物の上から跳び上がって上空に残っていた四匹をまとめて空中で叩き落し、最後に降下中の一匹の頭に騎兵槍を突き刺したのだそうだ。(凄すぎ)


「一度建物の上へ登ったんだけど、翼竜が飛んでくるのが見えたから。武器ランスを取りに戻って、遅くなっちゃった……ごめんね?」

「ああっ……大丈夫だよっ、アルテア! ありがとう、間に合ってくれて助かったよ! ホント!」

「……そう? よかった……かな?」


 慌てて声をかけるレオナの言葉で顔を上げた女性――アルテアは表情を戻すと、コテンと首を傾げた。


「良いわけがあるか。遅すぎる」


 そのときポツリと、レオナの隣で声が漏れる。

 そのおどろおどろしい雰囲気は、レオナの背筋に思わず寒気が走ったほどだ。


「え、えーと……サイカ?」

「武器など交換せず、さっさと手持ちの槍を投げて、あの無駄乳女が逃げる前に胸板を貫いて、無駄な脂肪を消し飛ばしてやればよかったのだ」

「もう逃げの体制に入ってたから、狙ったところへ当てるのは無理だった、かな」


 整った顔立ちのどこから出てくるのかという、凶悪な呪詛でも込められているかのようなオーラをまとったサイカの声に、アルテアは気にした風もなくキョトンとした表情で、首をコテンとかしげる仕草を見せた。


「あんな無駄に揺れる無駄に大きな脂肪、当てられなくてどうする!」

「あああっ、サイカも無茶言わないっ。背後からのカナン狐人の矢だって全部避けてたのに、槍一本投げたところで当たるわけないじゃないっ」

「そこを根性で当てないから、あの無駄な脂肪を無事に持ち帰らせてしまったんです! 息の根を止められないとしても、なぜあの無駄乳を無駄に無傷で持ち帰らせてしまったのかっ……」

「ちょっとーっ、サイカがおかしいんですけどー!」


 レオナは涙目で、藁にもすがる思いで近くにいるイルミナとアルテアに訴えた。

 だがイルミナは、指で頬をきながら、苦笑いを浮かべる。


「いやあ……サイカって巨乳が絡むと、いつもけっこうこんなもんだよ? なあアルテア?」

「うん。昔の故郷でのトラウマ……みたい?」

「だよな――どうしようもないんじゃない?」

「そんなー……」


 さらに、建物の中にいるカナンへもすがるように視線を送ってみるが、気まずそうに視線をそらされて終わってしまった。

 サイカはどす黒いオーラを立ち昇らせ、ブツブツと(とある特定部位に対する)呪いの言葉を吐き出し続ける。


 レオナは涙目のまま「えー? こういう時、隊長としてどうすればいいのー?」と途方に暮れているところで、背後から可愛らしい少女の声が響いた。


「おい、アルテア! 使った物は、最後まで面倒を見んか!」


 振り返ったレオナの目に映ったのは、美しい銀髪の少女がこちらへ歩いてくる姿だった。

 レオナよりさらに少し小柄で、抜けるように白い肌を持つ紅い瞳の可憐な少女は、だが誰よりも堂々とした態度と口調で、アルテアに文句を言っている。


 ここにいることからわかる通り、この一見少女も、もちろん隊員で子供ではない。

 名をシェラと言い、アルテアの班の一人だ。


「……四匹目を殴り飛ばしたら、折れ曲がってすっぽ抜けちゃって。そっちへ飛んでったんだ?」

「飛んで来たわっ! 危うく死ぬところじゃったぞ!!」

「……怪我しなかった?」

「したわっ! こんな柄がバッキバキに割れて、芯が折れ曲がった槍がブチ当たったんじゃぞ! 無傷でいられる人間などおるかっ! メッチャ痛かったわッ!!」


 突き出した手に握られていたのは、シェラの身長の倍はあろうかという槍だった。

 ただしシェラの言う通り、その型に折れ曲がっている。

 ちなみに、槍が真っ二つに折れずに曲がっているのは、芯として鉄が入っているからだ。

 なので、外側の木の部分は限界を超え、曲がった部分で割れて尖った先端が飛び出していた。


 こんなものが飛んできてら、大怪我確実だ。

 あれ? よく見たら柄の割れて尖った先端部分、色が……。

 ただその割には、シェラの白い肌にはかすり傷ひとつ見当たらない。

 もしかして、服で隠れている部分に怪我でもしているのだろうか。


(――と思っちゃうよね、普通)


 本人は隠してるつもりらしいので、レオナも言わずにいるつもりだが、で心配いらないことは、馬車の中で得た知識資料で知っている。

 たぶん、他の隊員もみんな気づいてるような気がする。


「……ごめんね?」

「おいっ! 今、語尾にハテナマークを付けたじゃろう!? なんで疑問形なんじゃ!」

「大丈夫だと思ったから?」

「大丈夫でも、痛いものは痛いんじゃ!」

「ていうかさー。ボクたちが戦ってるのに、後からのんびり来るからそんな目に合うんじゃない? 何してたのさ」

「馬鹿者。おまえらがイノシシみたいに真っ直ぐこっちへ向かっていく間に、五人ばかり雑魚ざこがすり抜けて中まで来ておったんじゃ。誰がそれを片づけたと思っておる」


 シェラの言葉はイルミナに向けたものだが、その内容はレオナに刺さった。

 その雑魚を抑えていたのは、レオナだったのだ。


「うっ、ゴメン。わたしが、漏らしちゃったんだね――もうちょっとちゃんと抑えられたらよかったんだけど……」

「隊長は悪くありません。わたくしが無駄乳を相手に手間取ってしまって、他を隊長一人にお任せすることになってしまったから……」

「ムダチチってなんじゃ?」

「無駄乳は無駄乳です。それ以上でも、それ以下でもない存在です」

「は?」

「あー、いつものサイカのビョーキだよ」

「なんじゃ、そうか」

「えッ? みんなそれで納得できるんだ!?」

「うん……隊の中では、もう有名」

「そうそう。エイルと初めて会った時の話とか、もう酒の席の定番だよな」

「そ、そうなんだ……」


 なんだかんだ言っても、初対面の凛々しいサイカの印象が残っているレオナは、ちょっとびっくりな表情で呆然と立ち尽くす。

 そんなレオナの肩を、イルミナが同情するようにポンと優しく叩いた。


「さ、敵もいなくなったことだし。とりあえず戻ろーよ、隊長」

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