第36話 その名は、翼竜

「……隊長、あれってもしかしてさ。さっきのヤバそうな女が指笛で呼んだヤツかな?」


 イルミナが手でひさしを作って、向こうの空を眺めている。


「えーと……たぶん」


 その正体に気付いたレオナのこめかみに冷や汗が伝う。


 訓練所の外から飛来したそれらは、あっという間にレオナたちの頭上へ到達した。

 翼を羽ばたかせながら、群れとなって上空を旋回しているのは。


 ――翼竜ワイバーンだった。


 鱗に覆われたその巨体は、その前腕の羽ばたきで飛んでいられるはずもないほど、人間を押し潰すに充分な質量を持つ。

 その爪は鉄の盾を引き裂き、牙は金属鎧ごと人間を噛み砕く。


 実際、縄張りに立ち入ってしまった冒険者たちが為す術なく倒され、後日の捜索で餌として運び去られずに無残な死体として発見される事例も後を絶たない。


 それが、五体。

 今回のような準備なしの不意打ちだと、軍でも混乱からの敗走は必至だ。


「これはちょっと、見逃してくれそうにないね~……」


 頬をいて苦笑いを浮かべるイルミナの言葉を、レオナは否定しない。

 いや、できない。


 ここにいる者達は全員、高い知能を誇る翼竜達に標的ターゲットとして認識されてしまっている。

 である以上、背を見せても隙を作ってしまうだけだ。


「空を飛ばれていると面倒ですね……地上に降り立ってくれれば、倒すのも楽なのですが」

「えーと……サイカ、あれ倒せるの?」

「はい。空から一撃離脱ヒット&アウェイを繰り返されると、時間が掛かってしまいますが」


 レオナの問いに、サイカは何でもないように答える。

 これまでのサイカの戦闘を思い返し、レオナは「ま、まあ、そうかも……」と自分を納得させた。

 だが、そこで終わらない。


「まあ五匹だし。たしかに手が届くところにさえ来たら、何とかなるかなー」


 隣のイルミナの言葉は、サイカより信じがたかった。


「えーと……素手で?」


 イルミナは武闘家モンクだ。

 ここへ来た時も、拳と蹴りで敵を倒していた。

 ……翼竜も?

 鎧噛み砕くよ?


「届きさえすれば、意外と何とかなるよ? いざとなったら、強引に骨砕けば済むし――手が痛いけど」

「はは……」


 拳を握りしめてなんか怖いことを言ってるイルミナに、レオナは引きった笑みを返した。

 この隊、みんなおかしい。


「隊長なら、飛んでいる翼竜を引きずり落として、全部倒せるんじゃないですか?」


 サイカが真顔で聞いてくる。

 その瞳に、冗談の色は一切混じっていない。


 はっきり言って、ここまで超人的な戦闘力のサイカができないことを、当たり前のように「できるでしょ?」と聞かれると、自分の評価ってどうなってるんだと、レオナは心配になってくる。


「さすがに、わたしの魔法を使っても、あのサイズを落とすのは無理……あれを落とせる威力の魔法って言ったら――ルックアかな?」

それ威力には同意しますが、残念ながら彼女のいる見張り台からは射程外ですね。ここもそれなりに広いですから」

「かといって見張り台を降りて近づいても、建物が射線を邪魔する……か」

「魔法も万能というわけにはいきませんね」

「思っただけでなんでも実現するなら、それはもう人間の理から外れてるよ――この場は、ここにいるわたしたち人間の手で、なんとかするしかないかな」


 上空の翼竜達を見上げながら、レオナは両手に持つ剣を構え直す。


「あー大丈夫。頼りになるのが間に合ったみたい」


 イルミナが、そう言って戦いの構えを解いた。


「え?」


 レオナが思わずイルミナの方を向いてしまった瞬間を狙ったかのように。


『クアアアアァァッ!!』


 上空を旋回していた一匹が突然甲高い声を上げ、レオナたちに向かって急降下を始めた。

 重力をも味方につけた勢いで、レオナたちに向かって一直線に突っ込んでくる。

 あれだけダンプカー並みの質量を正面から受けたら、人間などひとたまりもない。レオナに二度目の転生が待っているレベルだ。

 だが、それは実現しなかった。


 ズドォンッ!


 レオナたちの目の前に、光の柱が立った。

 降下していた翼竜の進入角度が突然変わり、まるで光の柱に押し潰されたかのように、ほぼ真下へ落ちる勢いで、レオナたちの手前の地面に叩きつけられたのだ。


 立ち上る土煙の向こうで、さらに、ズズンッと地面への大きな激突音が続いた。


「おっそーい」


 イルミナが口を尖らせ、頭の後ろで手を組んで文句を言う。


「ごめん……ね?」


 翼竜が地面に激突した衝撃で巻き上がった土煙――その中から澄んだ声が聞こえた。

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