第35話 赤髪の女
次の瞬間。
「グッ!!」
ゲルダは間違いなく、間合いの外にいたはずだった。
だが剣先が届くどころか、サイカは今、地面に座り込んで呆然とするゲルダの背後に立ち、刀をゆっくりと鞘に収めていた。
「なん、だと?」
サイカが刀を一振りすると首が落ちる位置にいるゲルダは、しかし立ち上がることすらできない。
「
間合いの外から一気に飛び込み、ゲルダに認識する余地すら与えず、両手両足の四カ所を切ったらしい。
離れた所で見ていたレオナでさえ驚愕するような凄まじい技だった。
「こちらは仕事です。本当に情報源を殺してしまっては、隊長に怒られます」
「ちっ、
「駆け引きも戦いの内です」
「ケケッ、駆け引きだぁ? ……ねーちゃんさー、さっきからずっと思ってたんだけどよ――アタシと同類だろ?」
「…………」
「強い相手いたぶ
「…………」
「ホンキで殺す気だったよな? なのにまずは余計な手間ぁかけて、殺さずに逃げられないようにしたよな? なあ――ねーちゃんは今もホンキで、『動けなくしてから
「嬲る気などありません。
「クックッ……それ、ホンキで言ってるのが伝わってくるわ。人間、逆鱗がどこにあるか分かったもんじゃねーな」
ゲルダは、笑いながら立ち上がる。
同時に、ノーモーションの前蹴りが、サイカの腹部に突き刺さっていた。
「アグッ!?」
身体がくの字に折れ曲がるサイカの顔は、苦悶ではなく驚愕の表情が浮かぶ。
これを油断と言っていいのだろうか。
たしかに――たしかに両手足の腱を切断したのだ。
だが、サイカに切られた手首足首には血の跡があるものの、すでに
「おっと」
それでも瞬時に刀を抜き放ったのは、さすがサイカだった。
しかし、ゲルダもそれは予測済みだったのだろう。
髪先を
「同類なんて言って悪かったよ。アタシなんかより、よっぽどイカレてんぜ、ねーちゃん♪」
驚きを隠せないサイカを
そして、両手で下から自分の大きな胸を大仰に持ち上げて見せる。
「悪いけど
「くっ、逃げるなっ!」
「逃げるに決まってんだろ。そっちの援軍も来ちまったようだしな。さすがにねーちゃんも、もうマトモに
そう言ってゲルダは
そこへ、矢が刺さった。
掌を動かすと、さらに二本、突き刺さる。
ゲルダは、矢の飛んできた方――建物の開いた窓越しに次の矢を
「
掌を突き抜けた
次に、反対側の矢羽根をまとめて握り、三本まとめて一気に引き抜いた。
グローブに派手な穴は開いているが、そこから血が流れ出る様子はない。
「じゃあな。次は期待しとけよ。いつも新月ばかりとは限らねーからな!」
ゲルダは
彼女の一見不合理な移動経路の理由は、彼女が不自然に避けた地面や壁へ直後に次々と突き刺さっていく矢が、雄弁に物語っていた。
結果を見れば、まるで背後が見えているかのように、一切無駄なく矢を避けていることが判る。
「くそっ!」
腹を押さえて表情を歪めたサイカが、普段からは想像できない雑な一言を吐き捨てた。
直後に一撃を返しはしたものの、すぐに後を追えるほど軽いダメージではなかったらしい。
「ねぇ隊長。追いかけるなら、ボクが行こうか?」
ドガガガガッ、と。
横合いからいきなり飛び込んできて、レオナに襲い掛かっていた残敵の隙を突き、拳と蹴りの連撃でまとめて叩き伏せた
ゲルダに矢を射かけた狐人のカナンと同じく、マリアが送って来た
「いや、イルミナ。追わなくていいよ」
双剣を持つ両手を一旦下ろして一息ついたレオナは、即答。
とくに正面戦闘でなくなった今、姿を消した彼女が、戦闘ではなく「狩り」に切り替えてくる予感があった。
それになにより。
「……あれを先になんとかしないと」
レオナは訓練所の外、空の一点を見つめる。
遠くからこちらへ向かって、何かが近づいてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます