第34話 裏門の攻防

「この気配……隊長、さすがですね」


 レオナの前を走るサイカが、目的地の何かに気付いたようだった。

 それは、レオナの予想が当たったことを意味する。


「先行します」

「うん、よろしく」


 サイカがさらに一段、走る速度を上げた。

 あっという間にレオナを引き離す。

 サイカは、瞬く間に建物の角を曲がろうとしていた。


(魔法もスキルもなしで、はっやいなー)


 魔法妖精を使えば速度を上げたサイカに追い付くこともできるが、敵の全容が見えていない今はまだ、後に響くような筋肉痛確定の身体強化系魔法を使うわけにもいかない。

 もっと鍛えないとダメかなー、などチラリと考えつつ、レオナは先行するサイカを必死で追いかけた。


 サイカから幾分遅れて建物の角を曲がる。


「あ~……予想が当たって嬉しいような嬉しくないような」


 視界に飛び込んできたのは、壁を乗り越えようとしている多数の敵だった。


 遅れた間に、サイカはもう数人を倒していたが、敵の勢いに衰えは見られない。

 顔まで隠し個性を極限まで削って統一したような服装といい、仲間がたおれても一切躊躇ちゅうちょを見せない行動といい――これは、数に任せた犠牲の力押しだ。


(うわー、これ一番なパターン……)


 少数精鋭の――言いかえれば、頭数の少ない――こちらの弱点を突かれたやり方だ。


 だがさすがはサイカというか、壁をよじ登って来た者は投擲武器で落とし、越えて地面に降り立った者は切り捨て、まだ敷地内での自由行動を一人たりとも許してはいない。


 これはもちろんサイカの奮戦もあるが、一カ所から集中して壁を越えてくる敵の侵入方法にも助けられている。


 前線ではなくなったこの地で訓練所としてしか使われていない今、見張り台に常駐の見張りなど置いているはずもない。

 敵はそれを判って建物で死角になっている所へ集中し、壁を越えてきていた。

 おかげで、侵入時点で限られた範囲に集まってくれるため、逆に迎撃はしやすい。


(たぶんこっち側の敵は、気付かれずに侵入するのが目的だったんだろーな。正門の陽動に乗じて中に侵入してから、今度はこの数で内部攪乱ってとこか――なら間違いなく狙いは誰かの命じゃなくて、ティア様の拉致だなー)


 レオナも走りこんだ勢いのまま双剣を抜いて参戦し、敷地内へ足を踏み入れることに成功した数人を逃さず相手取る。

 訓練用に刃を潰した双剣のままなので、切り裂くというよりは殴り倒す感じではあるものの、危なげなく対応していく。


(このままなら、二人でもなんとかなる――んだけどなー……)


 だがもちろん、このままであるはずもなかった。


(やっぱり敵も、ここ現場に指揮するヤツが来てるってことだね……)


 サイカとレオナによって侵入を抑えられた途端、タイミングを合わせるように状況が変わったのだ。

 その状況とは。


「よぉ~、シノビのねーちゃん。アタシと遊ぼうぜ♪」


 レオナが、そんな科白セリフの聞こえた方向を見た時にはもう、見知らぬ赤髪の女がサイカに殴りかかっていた。


 女の容姿は、一見して戦いとは無縁に思える。

 その顔を見れば、耳、目尻、鼻、唇、舌と、各所で光を反射してピアスが輝いている。

 服装も、ホットパンツと襟のあるノースリーブの丈の短いジャケットといった出で立ちで肌の露出が多い。


 だが、オープンフィンガーのグローブをめて殴りかかるその拳をサイカが刀で受け流す際、ギィンと金属のぶつかる音をさせている所を見ると、対象に接する部分に金属を嵌めこんだもので、その強烈な体術と合わせると、殺傷力は充分。


武闘家モンクか……)


 それも、武器相手に素手でかかっていくだけあって、かなりの実力のように見える。

 技術もかなりのものだが、とくにその身体能力が突出していた。

 典型的な、生まれ持った才能で戦う天才タイプだ。


 意表を突かれたとはいえ、あのサイカが守勢に回っている。

 助太刀して早々に決着をつけるか――レオナもそう考えてはみたが。


「おい、おめーら! そっちのガキを抑えとけ!」


 赤髪女の一言で、他の敵が一斉にレオナへと襲い掛かって来た。

 レオナは、その対応に忙殺される。

 レオナから見てさほど強いというわけではないが、相手は厄介なことに必ず三人一組で襲い掛かってくる。


(わー、面倒くさいっ……)


 一人を攻撃しようとすると別の一人が飛びかかってくるし、それをさばいている間に最後の一人が攻撃を仕掛けてくるのだ。

 そのため、どうしても無力化するのに、時間がかかってしまう。


 これだけの物量でやられると、レオナ一人では如何いかんともし難いのが実情だ。

 それどころか、このままではが出てしまうのも時間の問題。


(後続が来るまで、サイカに頑張ってもらうしかないかなー)


 赤髪女の攻撃は、レオナを抑えさせてサイカに集中できるようになったからか、さらに激しさを増していった。


 超人的なサイカの剣閃を無駄に動かず紙一重でかわし、懐へ入り込んでしまう技量。

 攻めも強烈な突きや蹴りだけでなく(サイカがかわしているものの)掴みにくることもあり、もはやどこからでも攻撃が繰り出され、そのすべてに必殺の匂いを感じさせる。


「ゲルダってんだ、よろしくな。ねーちゃんの名はなんてなんというんだい?」

「賊に名乗るような軽い名は持ち合わせていません」

「言うねー。でも、シノビが話に乗ってくれるなんて、それだけでも嬉しーや」

「そうですか」


 話に乗っていると言えるほど意味ある会話になっているか少々疑問ではあるが、ゲルダと名乗る赤髪の女は、その辺はどうでもいいようだった。

 サイカに向けて無数の拳を振るいながら、楽しそうに言葉を続ける。


「ねーちゃんさー。そんだけ美人なのに、なんで刀持って戦闘チャンバラなんてやってんの? やって色仕掛けで情報集めたりねや中で要人暗殺したりする方が人生楽だったんじゃない? あ、そっちもやるとか?」


 これだけ激しい戦いではあっても、ゲルダにとっては遊びの範疇なのか、まだのんびり喋る余裕があるようだった。


「ずいぶん詳しいようですね」

「まーねー。仕事柄、大陸中央より今回みたいに辺境へ行くことも多くてさぁ。中央にはいない珍しいタイプともけっこうってんだよねー」

「そうですか」


 会話だけで見れば互いにのんびりしたものだが、その間に刀と拳が何十合と打ち合っている。

 そんな中。


「あー、わかった!」


 胸板を貫かんと突き出された拳を、サイカが身体を捻って紙一重でかわすと、赤髪の女は距離を取りつつ、妙に納得したように声を上げた。


「こんなちょっと避けただけでかすりもしねーじゃ、を使った色仕掛けなんて無理だわなー……って、うわおぉっ!!!」


 レオナから見てもサイカの刀の間合い以上に離れていたはずだ。

 だが、ゲルダが慌てて首をすくめると、頭のあった位置を予想以上に踏み込んできたサイカの刀が薙いでいった。

 わずかに切られた赤髪が数本、ゆっくりと宙を舞う。


「あっぶねー」


 バク転を繰り返して再び距離を取った女が、サイカを見てニヤリと笑った。


「やっぱ、まだ本気を隠してたかよ」

「捕らえて情報を聞き出そうかと思っていましたが、そんなくだらない言葉しか吐けない下品な口なら、さっさとふさいだ方が世の為というもの」


 レオナはその時、サイカの全身から怒りの闘気オーラが立ち上っているのを、たしかに見た。


「死になさい」

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