第4話 これもメイドのお仕事(?)


 真面目な顔で返され、その視線とまた近づいてきた顔にウッと詰まってしまうレオナ。

 そんなレオナを見て優しい笑顔を浮かべたまま、ティアはポンポンとレオナの頭を軽く叩いた。


「さて。プライベートな時間はここまでにして、午前の会議までに情報を整理しておくぞ。準備してくれ」

「はいはい……」


 ドキドキと跳ねる心臓をなだめながら、言われた通り書棚まで行って資料の束を手にする。

 もちろん、執務室もあるのに、わざわざティアの私室へ仕事の書類を運び込んでいるのには、わけがある。


(その「わけ」のおかげで、苦労してるんだよなー……)


 書類の山を取り出すと、小柄なレオナの細腕にずっしりとした書類の重みが伝わってくる。


 そこでレオナはふと気づいた。

 今まで忙しさにかまけてあまり気にしていなかったが、そういえば昨日、書類の束を抱えて執務室からここへ運んだ回数は何回だったか。


 恐る恐る振り返ってティアに尋ねた。


「なんか、ここのところ、ここで処理する書類が日増しに増えてってる気がするんですけど……」

「よく気付いたな。お前に手伝ってもらうようになる前、処理しきれずに仕方なく保留にしていた案件を動かし始めたからな。これから徐々に増えてくぞ」


 じつは、最近レオナはこのティアの私室で、書類仕事を手伝わされてたりするのだ。


 以前、執務中のティアが机から落とした書類を拾い上げる際に内容がチラッと見えてしまったことがあった。

 そのときティアに何気なく意見を聞かれ、何も考えずに素直に誤りを指摘し、さらには誤りが記載されている意図について私見を述べたのがまずかった。


 次の日から朝晩の世話係がレオナ一人だけになり、このティアの私室にレオナ専用の机と椅子が運び込まれたのである。


「……まさか、これ全部自分にやらせるつもりじゃないですよね?」

「やらせるつもりだが? なんのために、朝晩お前だけをこの部屋に出入りさせることにしたと思っている。何度も言わせないでくれ――私には、お前が必要なんだ」

「それが理由ですかっ! さっき照れて損したっ」


 レオナは頬を膨らませ、抱き着こうとしていたティアを避けて背を向けた。


 ティアのクスクスと笑う声の中、顔の火照りが収まらないままのレオナは書類の山を机に築き、椅子に座ってペンを手に取る。


 書類を左の山から取って正面で処理し、新しく作成した書類と共に右へ山を築いていくのが、今の時間のレオナの仕事だ。(これにソファでくつろぐティアがサインを入れれば完成)


 ちなみにレオナが扱っている書類は、植物の繊維をいて作られた『紙』だ。

 漂白された滑らかで上質な紙を(前世の記憶で)知っているレオナから見ればまだまだだが、こういう場でよく使われている獣皮紙とは使い勝手が雲泥の差な希少品である。


 この紙もまた、ティアにより、ドワーフから試験的に導入したもののひとつだったりする。(なんかもう、ドワーフ様様)


「こんな大事な仕事、メイドじゃなくて専門の文官にやらせましょうよ……」


 ホワイトブリムを頭にのっけた、まだ今年成人の儀を済ませたばかりな年齢としのメイドが、執務机に向かってひーこらペンを走らせる。

 そして書き上げた書類を太守ティアに渡すと、それだけで今年の税率が変わってしまったりするのだ。

 いったいなんの冗談だと、レオナは心の中でひたすらぼやいていた。


「その辺の文官以上に仕事ができるやつを遊ばせておくほど、うちアザリア州は余裕がない。というか、人がいない」

「だからって隠れてこそこそメイドにやらせなくても……」


 紆余曲折あって、メイドとして気楽な人生を送る気でいたのに。

 なぜかあのスキル統治者が活きるお仕事をこっそりやらされているというのが、未だにどうにもるレオナである。


「官僚に任命したいのはやまやまだが、女を登用するなど誰も許さんからな。無理やり押し通しても、レオナが有形無形の攻撃妨害嫌がらせその他諸々にさらされるだけだから、しかたなくこうやって人目に付かないところでやっているんだ」


 太守に若い女のティアが就いていること自体も、正直異常なのだ。

 あくまでも、いくつもの偶然と、偶然を利用する才能を持った人物の暗躍と、ティアの特異な能力レア・スキルによって生まれた奇跡のようなものでしかない。


 なので、ティアが女と言うだけで「下に付けるか!」と反発して去ったり敵に回ったり利用しようとしたりする者も多く、その結果、太守就任からこっち、ティアが信を置くに足る人材が慢性的に不足しているのは、たしかだった。


 使用人メイドであっても、使えるものは使い倒すしかないのが今のこのアザリア州、そしてその太守の状況だというのが、ティア本人の言である。


 まあだからと言って、その皺寄せを受けているレオナが納得できるかは別なわけで。

 そしてもちろん、納得できるわけなどないのであった。


「この分まで給金を積んでやったんだから文句を言わずにやれ。そこらの官吏より高給取りな使用人メイドなど、この世に二人といないぞ」

「その給金を使う暇がないんですけど」

「嫌ならもっと頑張って暇を作れ」

「これ以上に酷使するつもりかいっ……ってか、ティア様雇い主からはくれないんですね、暇」

「私からか? 無理だな。だが代わりに、暇ができたら新しい仕事をやるぞ」

「頑張って作った暇を、そっこーでなくしてどーする」

「それだけお前の才能を買っているということだ。お前の才能をそこまで育てた親に感謝しろよ」

「……今、ちょっと恨みそうになりました」

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