第3話 美女の着替えは、食事の後に

「では、こちらへ」


 食事が終われば、着替え。

 レオナは人形にするように、淡々と着替えさせていく。


 そう。

 身の回りの世話とは、着替えの手伝いまで含まれる。

 生まれた時から着替えさせてもらうのが当然な育ちの人なので、放っておいても着替えてくれないのだ。

 そして、着替えさせてもらうのが当然だと、生まれたままの姿を世話係メイドに見られるのも当然なので、着替え終わるまで何も隠さず堂々と突っ立っている。


 世話係として正規に定められている仕事なので仕方ないのだが、レオナとしては正直目のやり場に困っていたりするし、あちこち触れてしまうのも心臓に悪い。

 なまじ見たくないわけでも触りたくないわけでもないので、逆に苦行でしかなかったりするところが、さらにツラい。


 ということで、日課の抵抗をしてみる。


「朝晩の着替えの担当、アイシャと代えてもらえませんかね」

「却下だ」

「せめてアイシャと一緒にとか」

「不許可だ」


 抵抗終了。

 あまり見ないように触らないようにしながら、レオナは苦労して目の前の美女の服を脱がせていく。


 そして。


(当然、よね、そりゃ……)




   ■■■




 化粧も終わり、髪も綺麗にかして整えたら、ようやく朝の支度完了。

 道具を片づけながら、レオナはボソリと呟く。


「国でも有数の偉い人なんだから、もっと雇ってもいいと思うんだけどなー」

「朝と夜のプライベートな時間まで、大勢にワラワラと囲まれるのが嫌なだけだ。最近タダでさえ減っているプライベートの時間ぐらい、静かに癒されたいじゃないか」

「じゃあ、自分もいない方が静かでいいですね」

「だから、癒されたいんだってば」


 椅子から立ち上がったティアが、またレオナをぬいぐるみのように抱きしめる。

 引き剥がそうともがくと、ティアが耳元でポツリとつぶやいた。


「……暗殺の心配がなくなるまでは、頼む」

「…………」


 後の歴史家が間違いなく乱世と称するだろう今の時代、太守という存在は、敵対する相手だけではなく邪魔に思う配下からすら命を狙われる。


 事故や病気に見せかけて命を狙われたり、食事へ毒を仕込まれるなんて、権力者にとってはありふれた話。

 使用人の中に暗殺者が紛れ込んでいる可能性だってゼロにはならない。


 そんな生活の中で、信頼できる者だけをそばに置きたいというのは、ティアの我儘だろうか?


「って、あんたは能力スキルで、自分の危機を全部察知できるじゃないですか! 暗殺の心配なんて、最初からしてないでしょーがっ」


 ティアが、この国では珍しく女で太守をやれている理由の一つに、彼女の能力スキルがある。

 詳細は秘匿されているものの、彼女が自身の危機を事前に察知して回避することができる能力を有することは、周知の事実だった。


 近頃は州都レージュだけでなく近隣にも知れ渡り、彼女を暗殺しようなどと言う酔狂な敵は、ここしばらく現れていない。

 そもそもこの太守様、(一応変装はするものの)街中を一人でフラフラ歩き回るので有名だったりする。


「ちっ。やっぱり流されなかったか」

「んな杜撰ずさんなやり口で流されるかっ」


 ツッコむレオナの顔をじっと見たティアが、直後にフッと笑みをこぼした。

 レオナの頬へ両手を添え、じっと正面から見つめる。

 突然のそんな状況に赤面するレオナ。


「心安らぐ時間が欲しいのは事実なんだ。どの使用人であれ、近くにいるとどうしても太守としての仮面かおを外せなくてな。だがお前レオナといるときだけは、なぜか素顔に戻れるんだ」

「…………」


 一瞬後、ハッと我に返って後ろに一歩下がり、頬へ添えられた両手から逃れた。

 自分でもわかる。


「冗談はやめてください」


 自分レオナは今、耳の先まで真っ赤になっているだろう。

 そんなレオナの両肩を押さえ、ティアは顔を近づける。


「冗談なものか。私には、お前が必要なんだ」

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