第30話 走るメイド服

「マリアに、一班四人こっちへ回してもらって!」


 外周の壁沿いを裏門へ向かって走りながら、レオナは見張り櫓にいるルックアへ(風の精霊経由で)指示する。

 正門の竜牙兵が片付いたとルックアから報告を受けてのものだ。


(みんな強いなー――ってか、強すぎなんだけど)


 ここへ来る前の馬車の中で資料で読んだ隊員たちの能力と、さっき実際に模擬戦で剣を交えた感触から、橋の向こうの竜牙兵五十体くらいなら、二班八人で充分抑えておけるとは思っていた。(もちろん不測の事態なんていつでもあり得るが、そこは割り切るしかない)


 念のためだが、竜牙兵五十体というのはとんでもない戦力だ。

 先日の、徴募された素人兵ばかりのゴブリン退治の軍などでは正直勝てない。

 それを、橋上とはいえ、隊を分けてもまだ勝算が立つほど強い隊員たちの方が正直異常なのだ。


 とはいえ、それでももう少し時間がかかると見込んでいたのだが、恐ろしいことに、まだ(嬉しい)計算違いがあったようだ。


(まずは、練度が思ってた以上っぽいところかな)


 新しく創設された部隊ということで、連携などはあまり期待できないと思っていたが、そうではなかったらしい。


 細かく命令せずマリアに任せてはいたが、レオナは一応、前衛にはマリアとカーラが着くだろうと踏んでいた。


 カーラは女戦士アマゾネスだ。

 種族の特性として、女戦士は人間より筋力が圧倒的に上だが、持久力がない。


(さっきの模擬戦を見る限り、カーラも女戦士らしく、すぐに息が上がってたもんね……)


 レオナは、あの中で一撃の攻撃力という観点では抜きんでたカーラが途中で下がり、中衛で槍を使うアルテアが交代してカーラの回復まで支え、その間は戦線が停滞すると見ていた。


 そんなレオナの予想を覆し、橋を渡り切った門のところで抑えるのではなく、橋の上まで押し進み、そしてカーラが前に早期決着したのだ。

 レオナは正門に配した隊員たちの戦力評価に誤りを今も感じていない――であれば。


(今日まで部隊としての連携を鍛えられてたってことだよね――マリアに)


 それを実現する訓練がどんなものか軽く想像し、レオナは一隊員として入隊しなくてよかったと心底思った。


(あとは――ルックアのおかげだよなぁ……)


 ルックアはエルフの魔術師ソーサラーであり、精霊使いエレメンタラーだ。

 事前に、魔術ソーサリーと精霊魔法を高いレベルで使いこなすことは、知識として知っていた。

 だが、ただ火力が高いだけであれば、今回は危なかったかもしれない。


 はっきり言って、彼女の精霊魔法風の伝言がいなければ、今回のようなギリギリの戦力分散は不可能だった。

 しかも。


(ほとんど、魔法で倒したって?)


 マリアたちが橋の上で竜牙兵を押しとどめた為、橋の手前で滞留していた数が多かったのもあるだろう。

 しかし、火球一発でそのほとんどを範囲に収めて倒し、ついでに敵の男を殺さず無力化するって。


(どれだけの威力で、精度なんだよって話なわけだけど……)


 ちなみに、男が門を兼ねた橋を攻撃して落としたのも同じ火球だ。

 あれはなかなかの威力だった。

 攻城戦では、下手な投石器より重宝されるレベルだ。


(でも、もしあの威力程度だったら、五~六発撃ち込む必要があったんだろーなー)


 期待以上の練度で乱戦に持ち込ませず支え、強力で精密な魔法で効率的に焼き払う――あっさり終わって当然ではある。

 問題は、当然として隊員たちの方だ。


(もしかしなくても、とんでもないもの隊長を引き受けちゃったんじゃ……?)


 隊の戦力を考えれば、そしてこの隊を創設したお偉いさんティアの立場を考えれば――。

 ティアは、軍や冒険者ギルドが動かないような事件に即応するための部隊だとか言っていたが――。


(街外れではぐれゴブリン退治だとか、ましてや街中で溝浚どぶさらいだとか――そんなことさせるためじゃないのはたしかだよね……どう考えても)

 こんな戦場に投入されるような戦力たちを投入するのは、やっぱり――。


「隊長、どうされました?」

「あ、なんでもない。大丈夫」


 並走するサイカから問われ、レオナは自分の表情に気づいて、慌ててそれを引き締める。

 目的の裏門は、目の前の建物を回り込めばすぐだ。


『隊長』


 そのタイミングで、風の精霊が運ぶルックアの声が耳元で聞こえてきた。


『建物の陰に入ると、この会話は切れるから注意』

「あ、そっか。たしか間に遮蔽物があるとダメなんだよね、その魔法って」


 高い見張り櫓に立つルックアからは、訓練所の外は全周良く見えている。

 ただ、どうしても壁の外側や建物の裏側などは視線が遮られて見えない。(本来、そこは対角にある見張り櫓で監視する設計)


 そういった遮蔽物などで視線を遮られた状態だと、風の精霊は音を相手に運べないのだ。


(言ってないのに……よく知ってる)


 ルックアは、内心感嘆していた。

 精霊魔法を知る人間などルックアの人生の中でいったい何人いただろうか、というほど、人間には馴染みのない魔法系統のはずだ。

 レオナはあの年齢としで、いつどこでどうやって精霊魔法の知識を得たのだろうか。


(まあ、いつか判るか)


 ルックアはこだわらず、あっさり疑問を先送りする。

 永遠の寿命を持つエルフであるルックアにとって、時間で解決できないことはない。

 無限大な寿命の人生において、どんなに極小でも「いつか」は必ず来るものなのだ。


 ルックアは疑問を頭の隅に追いやり、風の精霊に声を乗せる。

 風の精霊は、建物の陰に入らんとしているレオナまで、真っ直ぐルックアの声を運んで行った。


『そう。ここからだと建物の裏は見通せないから、援護もできない』

「わかった。わたしが戻るまでは、周囲を警戒してて。そっちでなにかあったら任せる」

『了かぃ……』


 最後がギリギリ聞き取れずに脳内補完でルックアの言葉を受け取ったレオナは、建物の横を走り抜けていく――。

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