第14話 続・使者様は、メイドがお好き

 戦闘は終わった。


 指揮官ヨークも、周りの側近たちをあっさり仕留めたサイカが無事確保。

 レオナたちの元へ、意識がないままの指揮官殿の襟を掴み、ズルズルと引きずってくる。

 さらには。


 「ハァッ、ハァッ……!」


 反対側からも、荒い息とともに、重い足取りが近づいてきた。

 マリアがそちらに声をかける。


「ああ、グエン殿。指揮官殿はあの通り無事だ」

「…………ありがとう……ございます……(ゼェ)……お役に……(ゼェ)……立てず…………」


 別にグエンは、重装備ではない。

 今回の目的を鑑みて、急所をカバーする程度の軽防具しか身に着けていない。


 別にグエンは、鍛えていないわけではない。

 戦場に出る武官として不足ないほどには、日々鍛えている自信があった。


 目の前の彼女たちが、非常識なだけだ。

 ――グエンは、悪くない。(たぶん)


「では野営地に戻ろう」


 マリアが、全員に声をかける。


「あちらに馬車があります。近くに馬も繋がれているようですし、指揮官殿の搬送には、それを使いましょう」


 サイカが陰に馬車を止めてある建物の方を指差す。(もちろん、ヨークの襟を掴んでいない方の手で)

 側近たちがヨークを運ぶために準備していた幌馬車らしく、軍の物ではないわけだが、まあヨークを野営地へ運ぶために使ってもバチは当たらないだろう。(持ち主はいなくなったし)


「では……自分が、準備……してき、ましょう…………」


 まだ息が整わないのだが、グエンはフラフラと馬車に向かって歩き出す。

 せめてそれぐらいはやらないと、立つ瀬がなかった。




   ■■■




「遠慮はいりません。さあ」

「いえ、でも、さすがにそれは……」


 無事、指揮官殿ヨークを野営地まで送り届け、州都レージュへ帰還する馬車の中。

 サイカとレオナが押し問答を繰り返していた。


 集落跡から野営地まで指揮官殿を乗せた幌馬車とは違い、来るときにも乗っていた箱馬車だ。

 窓を閉めれば、外からは中の様子を窺うことができない。


 なのでサイカ(とマリア)は使者としての仮面をさっさと脱ぎ捨て、すでにもう、来るときと同じ表情かおであった。


「一番の功労者が、遠慮するものではありません。ほら」

「いや、でもですね……」


 野営地に指揮官を送り届けるまではなんとかなった。

 しかし「せめて宴を」と、メイド長の件を冗談としか受け取っていなかったグエンの誘いを断って三人が帰路に就いたところで、レオナに限界が訪れたのだ。


 それは、全身の激痛。

 魔法妖精の力で無理やり走る速度を上げ、熟練の戦士並みの動きをした反動だった。

 馬車に乗り込んだとたん指一本動かすにも身体が悲鳴を上げる状態に陥ったそんなレオナに、サイカが提案してきたのが――これ。


「いいですから。大人しく使ください」


 サイカが隣に座るレオナの頭に手を掛け、そのまま自分の膝へ押し付ける。


「ふぎっ」


 全身の筋肉が悲鳴を上げる中、レオナはジタバタと藻掻もがこうとする。

 しかし、優しく身体に添えられたサイカの手によって不思議なほど無力化され、なぜかまったく起き上がることができない。


「そんなにサイカの膝枕が嫌なら、こっちの膝を使ってもいいんだぞ?」

「嫌なんですか、レオナっ!?」

「い、いえ……そういうわけではないんですが…………」


 本音を言えば、この柔らかい感触から離れがたいのも事実。

 ただ若干の気恥ずかしさが、なんとなく邪魔してしまっているだけなのだ。


「よかった。では、レージュ州都に着くまで、こうしていましょうね」

「サイカ。それはズルくないか? 途中で交代のはずだろう?」

「全身の筋肉が悲鳴を上げてるのに、そちらへ移動させるなんて非道なことできませんよ――ねえ、レオナ?」

「え、えと……」

「では、こっちへ来れるくらいにはしてやろう」


 なんと答えればいいのか判らず戸惑うレオナの両足を、マリアが掴んで自分の元へ引き寄せた。

 向かい合わせの座席を橋渡しするように、レオナの細い足が伸ばされる。


いたたっ――え、えっと、なにを……?」

「少しがまんしろ」


 マリアは答えず、そのままふくらはぎを軽く握った。


「痛ーっ!」

「すぐに楽になる」

「楽って――痛いんですけどーーーーっ!!」


 痛みにけ反るレオナ。

 だが、マリアの手から逃れることはできなかった。

 今は、逃げる動きすらも、痛い。


「じゃあわたくしは、こっちを」


 サイカが、レオナの腕を取る。


「ひーーーーっ!」


 上下から襲ってくる激痛にレオナは悲鳴を上げるが、マリアもサイカもニコニコしたまま、手を止めてくれなかった。


 だが、しばらくすると。

 苦悶に満ちたレオナの表情が、不思議そうな表情に変わる。


(……あれ?)


 足先から膝にかけて、マリアの手が動いていくに従い、筋肉の痛みが薄れていく。

 腕の方も、サイカに動かされても、痛みが出なくなってきた。

 マリアの言った通り、楽になっている。


「どうですか? マリアもわたくしも、こういうのは得意なんですよ」

「すごいです。お二人とも、なにか専門の技術を習得されているんですか?」

「うーん……専門と言えば、専門でしょうか」

「ああ。人の身体を効率よく壊すには、その構造をよく知る必要があるからな」

「……なんだか、すごく物騒な内容が聞こえたんですが、今」


 話している間にも、指一本動かすだけで全身を駆け巡っていた激痛が、徐々に和らいでいく。


「どの部分も最初は触られるだけで痛いのに、どんどん楽になっていきます」

「そうだろう? 全身をほぐしてやれば、州都につく頃には自分で歩けるようになるぞ」

「えと――全身、って……?」


 嫌な予感はしていた。

 レオナは、激痛にさいなまれている。

 手足だけで、それが楽になるはずもないのだ。

 そうなると。


「ん? 当然だろう?」

「大丈夫、痛いのは初めだけですよ。天井でも見ていれば、すぐに終わります。最初だけちょっと我慢したら、あとは気持ちよくなりますからね♡」


 今やマリアの手は膝を越え、スカートの中へと侵入している。

 今やサイカの手は腕を越え、肩の辺り、そしてその先へ――。


「~~~~~~~~~~っ!!」


 州都に到着するまでの間、馬車の中から聞こえてきたレオナの悲鳴、

 中で、いったい何があったのか。


 御者と馬車を護衛する周りの兵は、それを生涯知ることはなかった。

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