第13話 戦うオーガとメイド服

 レオナたちが集落跡へ辿り着いた時、敷地の奥では、想定していた中で一番面倒なパターンに陥っていた。


「……一対一で抑えられるわけがないだろうが。愚か者どもめ」


 敷地内の奥へ向かって駆けるマリアが、思わず毒づいてしまうのも無理はない。

 側近たちはヨークを連れ出し、逃げようとしていた。

 薬か何かで眠らされているのか、ヨークは乱暴に運ばれても目を覚ます気配もなく脱力したままだ。


 そんなヨークを建物内から運び出し、あるいは馬に鞍を置いたりと、慌てて出立の準備をしているのが計五人。

 残りが、オーガ五体に一人ずつ当たって時間を稼ごうとしているようだった。


「オーガに当たっている五人は、完全に捨て石ですね」


 サイカの見解は正しいとレオナも思う。

 オーガを倒すのではなく、全員注意ヘイトを自分に引き付けることに専念しているように見える。


 しかし、オーガを人間が同数で抑え込むなど、どだい無理な話だ。

 オーガは巨体だが、決して鈍重ではない。

 攻城兵器ばりに岩を投擲できるとんでもない筋力に物を言わせ、俊敏さは人間と遜色ないと言える。

 物理的に考えて、驚異という他ない。


 リーチの差、一撃の破壊力――その他どれをとっても、人間の身体能力ではかなわないというのが、世間一般の常識だ。

 側近達も、もちろん承知のようだが、それでもまだまだ見積もりが甘い。


「時間稼ぎをするにしても、装備など捨てて、とにかく逃げ出していれば何とかなったかもしれませんが、これでは……」

「パニックになると、冷静な判断は無理というものだ」


 戦闘の場へ向かって駆け続けるレオナとマリアの間に、サイカが割り込む。


「二人とも、話は後にしませんか。かなりまずい状況です」

「ああ、たしかにそうだな」


 とはいえ、剣が届く距離まで詰めなければ、できることはただ走るのみだ。

 もちろん、その間にも状況は悪化していく。


「ぐあッ!」


 オーガを切りつけ、しかしその強靭な皮膚に弾かれて体勢を崩してしまった者が一人、相対するオーガの棍棒に捉えられ、地面に叩きつけられた。

 オーガを多数で囲み、弓で牽制し、槍や騎槍ランスで集中攻撃しなければ勝負にすらならない理由の一つがここにある。

 人間が振るえる程度の金属の塊武器では、オーガを傷つけること自体が難しいのだ。


 兵士たちが使う剣は、刃こそ多少ついているものの基本的に戦場では金属棒で相手を殴りつけるような戦い方が想定されている。

 どんな切れ味鋭い刃を備えても一度防具を斬りつければ潰れるし、生身を斬れば血糊で鈍るからだ。

 だから「刃はあくまで触れる面積を最小にして、力を狭い範囲に集中させるためのもの」と割り切って使われる。


 しかし、オーガの強靭な皮膚と筋肉は、そんなものなど余裕ではじき返してしまうのだ。


「うわあぁっ!」


 目の前の敵を戦闘不能にしたオーガは、即座に隣のオーガに手を貸すと、あっという間にもう一人の従者も倒される。

 一対一サシでも捨て石でしかないのに、二対一では戦闘ですらなく、ただのオーガによる人間狩りにしかならない。


(まずい!)


 手の空いたオーガの一体が、ようやく馬にまたがり始めた逃走組に向かって棍棒を振りかぶったのを見て、マリアは歯噛みした。


 彼らの目的が食料であれば、逃げ出そうとする馬と人間を逃がすはずもない。

 問題は、戦闘中に眼前の敵との戦力差を判断し、それよりも優先順位を上と判断できる知恵と視野――その時、マリアはたしかに意表を突かれた。

 だが、それへレオナが反応する。


    美しき緑の髪    逃れ得ぬ束縛を


 レオナがつぶやくと、オーガの腕にレオナだけに見えているつたがまとわりつき――だが、一瞬の後に為す術なくちぎれ飛んだ。

 オーガがわずかに不思議そうな顔をするが、考えるより獲物を優先したのか、すぐに棍棒を振りかぶり直す。

 だがそこで生まれた時間で、レオナは次の呟きを紡ぎ出す。 


    疾風の赤き兎    我が脚に


 一気に走る速度を上げてマリアだけでなく、前を走るサイカさえも追い抜いた。

 追い抜きざまに、サイカに声をかける。


「サイカ様は、指揮官様人質の確保を」


 サイカがイエスを返す間もなく。

 そのままサイカを引き離し、レオナはオーガとの距離をあっという間に詰めていった。


    鎌鼬のつむじ風    双剣に宿れ


 双剣を両手でそれぞれ抜き放ちつつ、レオナがさらに魔法を重ねる。

 次の瞬間、地面を蹴ったレオナは、メイド服のスカートをひるがえして一気にオーガとの距離を縮めた。


    笑う人形使い    戦士の技で我を繰れ


 そして、一閃。


「グオオアガァァッ!」


 棍棒を投げる瞬間に足を切りつけられ、オーガはバランスを崩した。

 手から離れた棍棒は狙いを外し、逃げようとする集団の鼻先へと落下。


「うわあぁぁっ!」


 恐怖で棹立さおだちとなった馬から放り出され、逃走組全員が地面へと落とされる。

 指揮官ヨークも、縛り上げられたまま同じ運命を辿っていた。


 ヨークの側近たちが体勢を立て直す前にと、サイカはオーガの間をすり抜け、そちらへと向かっていく。


(ティア様……貴方の話だけでは、全然足りませんよ……)


 マリアがようやく辿り着いた頃には、レオナは熟練の戦士もかくやという動きでオーガ達を翻弄していた。

 髪やスカートのすそが追い付かないほどの激しい動きに、オーガは明らかについていけていない。


 レオナは、目標レオナかわされて地面に叩きつけられた棍棒、そしてそれを持つ腕を駆け上がり、オーガの目を切りつけた。


「グオオオォォッ!!」


 オーガの顔の高さから落下したレオナは、難なく着地。

 そのまま一回転するほどの勢いで、膝を落としたオーガの腹へ剣を叩きこむ。


(放っておくと、私の出番がなくなるな)


 レオナに遅れてオーガまであとわずかに迫ったマリアが、鞘から剣を抜き放った。


<<デア・タイラ分かつもの>>


 武技アーツ発動と共にマリアの腕は淡く白い光をまとい、それは手から剣へと伸びていく。

 マリアは、剣先まで光に包まれた剣を振り上げ、大きく地面を蹴ると、オーガをその間合いへと納めた。


「セアッ!」


 レオナが切り付けて一瞬動きの止まったオーガを、マリアが順に無力化していく。

 マリアの剣は、オーガの強靭な肉体――見れば骨まで――を、まるでバターに熱したナイフを入れるかように、何の抵抗も感じさせず切り裂いていった。


 一体、二体――マリアの剣を受けた敵が、次々と倒れていく。


 そして、間もなく戦闘が終わった。


「……ま、こんなものか」


 倒れ伏す敵のど真ん中に、マリアは息ひとつ切らすことなく立っている。

 少し離れた所に立つレオナが、呆然とした表情でマリアに向かってポツリと言った。


「……マリア様の剣、ちょっと非常識過ぎませんか?」


 マリアは剣を振って付いた血を払うと、苦笑いを浮かべる。

 そして、言った。


「お前が言うな」

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