未松美麗の場合
「あんな、うち、二人に報告があるねん」と言うと、美麗はこほんと咳ばらいをした。
「なに?」と言ったのは、
「この教室を無断で使っているのがバレた?」と言ったのは、
「ちゃうちゃう。もっと、大事な報告や」
「大事な報告って?」
「もしかして、彼氏できたとか?」
「ま、似たようなもんかな」
青白い稲光が教室の中まで入り込み、美麗の顔を浮かび上がらせた。口角をあげて、得意げな表情をしている。
「…………、今朝の話なんやけど、うち、スーパーサワイのサワイ特製焼きそば入りカレーコロッケ&からあげコッペパンを買おうと、レジに並んでたんや」
「焼きそば入りカレーコロッケ&からあげコッペパン?」と明佳が聞き返す。
「ハルは知らんの? サワイ特製焼きそば入りコッペパンっていうのは、コッペパンにキャベツと焼きそばが挟まり、さらにその上にカレーコロッケが二つ、から揚げ一つ並んでいる総菜パン。うちの大好物なんやで! 覚えとき」
「優柔不断な美麗にはお似合いだな」と綾音。
「優柔不断……って。あれは、サワイの店長に頼み込んで、うちの好きなものをぎゅぎゅっと詰め込んでもらった特製パンやねん。うちはまず、からあげから食べる派やな。からあげには焼きそばソースに絡ませたくないないからな。せやけど、しゃきしゃきキャベツにかかった焼きそばのあまいソースは、ほんま、天にも昇るような………「それで?」」
サワイ特製焼きそば入りコッペパンのすばらしさを語ろうとする美麗の言葉を、明佳の声が遮る。
「もう、ハルは、すぐにうちの言葉を遮る」
「この嵐の中、緊急会議だって旧校舎に招集をかけられたから、何事かと思って、こっちは身構えてるんだけど?」
「せやった。ごめん」と美麗は両手を合わせて謝った。
「……で、うちがコッペパンを買おうとレジに並んでおったら、こともあろうか、うちの後ろに並んでいた背が高くて、緑色の色の髪の男子高校生もうちと同じコッペパンを持っていたんや!」
緑色の髪と聞いて綾音が目をきらめかせる。
「眼鏡かけてた? 髪は長くて縛っていた? シャール様みたいだった?」
「うにゃ」と美麗が首をふると、「なあんだ。ただのグリーンヘッドか。まぎらわしい奴」と綾音。
「あのなぁ、髪の色の話ちゃうねん。もっと、重要なことやねん。その緑頭……もとい男子は、うちに惚れてしまったと思うねん」
「「はあ?」」
話の展開についていけなくて、明佳と綾音が首をかしげた。
「学校はちゃうから会えない時間がもどかしくて、お昼ごはんにうちと同じパンを食べて、せめて自分を構成している細胞も同じものにしたいって思ったに違いないねん」
「まあ、確かに、人間はおよそ60兆個、270種類の様々な細胞で構成されていて、これらの細胞は食べたものが分解されてでできている。……、同じものを食べると、信頼感や協調性が高まるという論文もある」
「それ、それな!」
美麗は嬉しそうに声をあげた。「しかし、それは、同じ場所で同じものを食べた場合であって……」という綾音の言葉は美麗には届かない。
「やっぱ、惚れられてしもうたんや。うちと信頼関係を作りたくて、おなじコッペパンを買ったんや。………考えてみたら、うちのことが好きすぎて、緑頭にしたのかもしれへんし……」
「みーちゃんに惚れたら、どうして、緑頭なの?」と明佳。
「ミレイとミドリって似てるやん? だから、うちのイメージカラーは緑やねん」
「初めて聞いた」
「ほら、アイドルグループだってイメージカラーがあるやろ? うちは緑で、ハルはピンク、アーヤは黄色」
「ボク、黄色? そんな話、聞いてないし」と綾音。
「アーヤには合っていると思うで。黄色。阪神タイガースの色やしな」
「それは遠慮する。せめて鬼滅とかにして」
「ほな、決まりな」
「イメージカラーの話はまた今度ね。それより、みーちゃん、その男子って、知り合いだったりする?」
「うにゃ。今朝、初めて見た顔やで。塾とかバイト先にもおらへんな。…………、も、も、もしかして、ストーカー???」
美麗が両手で肩を抑えた。「どないしよ」とつぶやいている美麗に、明佳が肩をぽんぽんと叩いた。明佳は「違う」と大きく頭を振ると、「その男子は、たまたま、みーちゃんと同じコッペパンを持って後ろに並んだだけ」と諭すような口調で話した。
「…………せやけど、あれは、恋する目やった。鼻を赤くして目を潤ませて、ソーシャルディスタンスマークを無視して、私のすぐ後ろに立って、貧乏ゆすりをしてたで。うん。あれは、ぜったいに、うちに惚れたと思うんやけど……」
美麗はだんだん自信がなくなってきて、声のトーンが小さくなる。追い打ちをかけるように明佳が質問をする。
「その男子、何校?」
「市立荻が丘高校の制服やっ
「みーちゃんがスーパーサワイでレジに並んでいた時間は?」
「8時くらい」
「じゃ、その男子、焼きそばパン以外に何を持ってた?」
「箱テッシュと2Lのお茶」
「とても残念だけど……、その男子は、やっぱり、たまたま、みーちゃんの後ろに並んだだけだわ。鼻を赤くしていたのはおそらく花粉症で、すぐ後ろで貧乏ゆすりをしていたのは時間が迫ってたからだと思う。8時にスーパーサワイだと市立荻が丘高校までどれだけ急いでも遅刻だもん」
「そんなぁぁぁぁぁ……」
美麗はがっくりと肩を落とした ――――。
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