第10話 山の地図
画家の吉住さんに会いに行った。前に安田さんからこの山に水墨画の流れから美しい水彩画を描く人がいると知らされていた。文章しか書けない私にとっていく色もの色を自由に操って心の景色を写し取れる水彩画の先生は魔術師のような気さえする。
昔は自分の偉大さも解らない代わり、人の作品にも心の中でけちばかり付けてろくに見もしないで否定しているところがあった。もちろんあからさまに口に出したことは一度も無いけれど…
今でも自分の事はまだまだ否定しているものの、自分の生み出した作品はどれも気に入っている。長い自分の人生を振り返ったとき所々で輝いている一つ一つの作品になかなかの愛情を感じている。もう二度と同じものは書けないと思うとあまりの健気さに嬉しくなる。自分が生み出したとはいえ、その作品は自分とは違う次元にいるとそう思う。
作品に対してそう言う気持ちがもてるようになったのは何故だろう。よくは解らない。でも、どれも素晴らしいと思うのだから不思議だ。
自分の作品のことをそう思えるようになってから楽に人の家にも上がれるような気がした。私はこの山の地図の構想を抱えて吉住さんの家の前に立っていた。呼び鈴の音は不思議なオルゴールの音。どうやって作ったのかボタンを押すと同時に辺りに鳴り響いた。
「はーい、お待ちください」
それは幼い少女の声だった。
「なにかご用ですか?」
「吉住さんに会いたくて来ました」
吉住さんの家の前に立って、そうに決まっているのにどう説明したらいいのか丁度良い言葉が頭に浮かばなかった。
「お父さんかしら、おじい様かしら、あの、絵のことでお話があって」
そう言うと少女は一旦奥に入っていった。私のことを伝えてくれたのだろう、次に玄関口に出てきたのは髭を生やした小柄な人の良さそうな老人だった。
「あの、私この先に住んでいます。本木と言います。ちょっとご相談したいことがあってお伺いしました」
「本木?」
「はい、この山の地図を作りたいと思っているんです。それで絵をお願いできたらと思って」
「地図?地図ですか」
頭を傾げる老人にこれは駄目かと半分引き気味になった。
「まあ、一度中へお入りください」
老人の横で少女がくりくりと大きな目を動かしていた。
通されたリビングはさすが作家のお屋敷と言う感じで、まさかの私の家とは比べものにもならない。山の地図…そんなという感じだった。地図を描いてもらおうなどとこうして飛び込んできた自分の向こう見ずさに情けなくなった。
「本木さんは作家さん?」
「はい、児童小説を書いています」
「児童小説、めずらしいね」
「そうですか?それが一番あってるみたいです。近代文明前の世代ですから」
「近代文明か、それはいいな。見せてもらってもいいかな」
「え?ああ地図ですか」
私は持ってきた地図を机の上に広げた。
「もっとワクワクするのにしたいね。せっかくだから」
「え?」
優しい吉住先生の言葉に頬がほころびた。
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