第4話 ログハウスに似合う暮らし
以前から欲しいと思っていた造り付けの食器棚を、この家を造ってもらった大工さんに無理を言って造ってもらうことにした。忙しいおじさんは隠居仕事とはいえ、引く手数多。すぐには取りかかれなくて私は首を長くして順番がくるのを待っていた。
まったくのお任せで造ってもらったこの家は、地元の杉材で造ったログハウス。かなり良い雰囲気。黒光りする材木に合う家具はなかなか見つけられなくて安直な考えながら、このおじさんに頼めば、きっとそれらしいのを造ってくれるんじゃないかと頼むことにした。
待つこと一年。ようやく尋ねてくれたおじさんにイメージを伝えると、ふんふんと半分眠ったような顔をしていい加減に聞いていたが、それから何日かして出来上がってきたものは私の満足以上の素敵なものだった。
家も造れる。家具も造れる。魔法使いのようなこのおじさんは私の宝物と言ってしまいたい。魔法を持たない私は何とか稼ぎ出したお金でおじさんの魔力を手にいれる。
よく思ったものだ。沢山の小人がいて、寝ている間に台所の後片づけをしてくれたり、作りかけのセーターを編んでくれたり、そう言う小人が何人か欲しいと。おじさんは言わばそんな小人の親分。私の願いをいともたやすくかなえてしまう。
虫のいい話をちりばめたこの家に、また一つ、気に入りの虫の良い場所を手に入れた。おじさんの許しを得て食器を並べ始める。何も無い家だけど台所だけは気持ちの上で充実させておきたい。薄暗い照明、漆喰の白、思いっきり簡単な薪ストーブ、これが友達の間でしょっちゅう話題になる。本体は安い。周りの耐火煉瓦のほうが値が張る。それでも煮炊きができて小さくても働き者。私の美意識に合っている。何か機能がついてないと存在だけでは気がすまない。そう言う欲張りな要求に黙って答えてくれる。
勝手口にある小さな食品保存庫には缶詰と自家製の野菜が蓄えてある。最近懲り始めたイタリア料理はこの点でも適っている。
豆、じゃが芋、缶詰、パスタ。この保存庫にくれば大抵のものが揃っている。野菜庫には小さな椅子と机も置いてある。たまたまリサイクルショップの道端で見つけた、自由にお持ち下さいとラベルのついた処分品を手に入れたもの。家具の雰囲気に合わせておじさんから分けてもらったオイルステンが塗ってある。
豆をさやから出したり、らっきょうの掃除をしたり時間のかかる作業は腰を落ち着けてすることにしている。ここに座るとホッとする。
ペンを手にすると頭をいっぱいにして、言葉を紡ぎ出すことだけに考えを集中しないことには文章にならないから。ばかばかしいことを考えたり鼻歌を歌ったりしたら一行も進まない。それだけは大げさだけど、文を書くということの偉大さを思う。
その反動か豆をむいたり、台所の単純作業を繰り返すうち、いろんなことが頭を駆け巡る。豆に関係あることないこと、昔のことから未来のことまで。
思えば心が自由に駆け回っていると言うことだろう。そういう時間がとても楽しい。ばかばかしいと笑えることもそのままに出来なくて、いつしか例の手帳に書き込んでいる。
豆をむきながら作った小説なんて、なんと豊かなのだろう、と自惚れする。そういう香りのするものを書きたいと日々願っているのだから、この部屋はアイデアまで保存してあると言える。右を見ても左を見てもそんな物語のうずくまっている家に住みたかったのだ。
おじさんの棚に飾るものを吟味しようと封印してあった物入れの戸を開けた。いつか陽に当たる時もくるだろうとしまっておいた海外の土産や、自分で買い込んだ蚤の市のガラクタの数々。よく見もしないで仕舞い込んだ引き出物類。
改めて開いてみるとこんなの始めて見たというような掘り出し物が出てきたりする。思い出も一緒に顔を覗かせるのが珠に傷だけれど、それも大目に見て出てくるものは受け入れて暮らしていきましょうと苦笑いする。
そのうち私が昔描いた何枚かの絵が出てきた。懐かしい。薄暗いこの台所なら少しくらい飾ってみても邪魔にはならないかも知れない。私はさっそく、らしい額縁を捜し出しきて壁に飾った。棚の横に三点。
夫は私の絵を批評しない人だった。張り合いが無いと言えば張り合いが無い。私が何をしていてもこれといった関心も示さない。しかし、淋しいがり屋だということは理解してくれていたからいつもそばで黙って何かをしていた。
詩を書いた時も反応は無かったけれど、小説だけは、
「すごいなあ」
と言ってくれた。書く枚数が多いというのだけが評価の対象のようだったけど、それでも褒められた?というのは面映ゆいものがあった。私はあの言葉に励まされて小説を書き続けてこれたのだろう。この絵を見てそんな夫を思い出そうと壁に飾った。子供にもずっと気丈にして隠してきた恥ずかしいような甘い気持ち。人生の道を折り返した、私の懺悔に似たような気持ちだった。
ログハウスの深い壁の色にいろんな物が吸い込まれていく。心の傷とまで大げさに言わないまでも辛く悲しいことは長い人生には沢山ある。そんな自分を慰めながら生きているのが精一杯なんだ。とそう思った。
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