第85話

環境省、緊急対策本部。

そこには昨日届けられたある資料によって大勢の人間が集められていた。


「これより緊急の極秘会議を始める。まず最初に言っておく。今回の会議の内容はここにいる者以外に一切漏らすことは許さん!肝に命じろ。もし漏らしたら最悪・・・死ぬ、ことになるかもしれん。良いか社会的に死ぬんじゃ無いぞ。本当に命が無くなると思え。それが納得できない者は、直ぐに部屋を退出するように!

・・・・・・・・・誰も退出しないんだな?分かった。では資料を配るが、驚いたとしても大きな声を出したり騒いだりするな!」


初っ端から普通ではあり得ない脅し文句を聞かされ、全員の顔色が悪くなった。

そうして配布された資料の表題を見た者達は息を飲むことになったと同時に先ほどの脅しが嘘では無いと知ることになった。


【異世界の魔法技術による現在の地球の状況とその考察から予測される地球滅亡回避のために必要なこととその方針及び提案事項】


分室に届けられた資料をメンバーが日本人、いや、地球人に理解し易くするために、できる限り補完し直した資料であり、余りにストレートだった表題にもそれが反映された物だった。

とは言っても、主題である「地球滅亡」を除くことはできず、それ故に見た者に与えるインパクトは大きくは変わっていなかったのだ。


その資料を見た者はほとんどが身動きもできずに固まっていたが、中に数名すぐさま手を挙げる者がいた。

だが、前に立つ上司はそれを気にはしなかった。

逆に心の中で「いきなり主張しようとする者は、使えるやつか使えないやつのどちらかなのだが?」などと思っていた。


それもそのはず、資料の中身を読みもしないで今のタイミングで、何を聞きたいのか?または何を言いたいのか?と考えるのは当然だろう。

まだ「聞く」方ならば救いもあるが、「言う」方なら上司にとってはいらない存在だったのだ。


「まずは資料を読んでくれ。その後、資料の中で不明点があるようなら質問をするように。あと無いとは思うが、余計な口は開くなよ」


それからは全員が、約四十枚ほどの資料を読み込むための時間が過ぎていった。

その間所々で「えっ!」とか「うっ!」とか「おっ!」とか「けっ!」とか「ドッ!」とか言葉にならない驚きが漏れていた。

だがそれ以上の言葉は続かず、あっても「う~ん」と唸るような声だけだった。


「さて、そろそろ全員が読み終わったか?」


そう言って上司である彼は周囲を見回した。

その顔はある意味で、どこか覚悟の決まった決意が見て取れたが、それに気付く者はいなかった。


「それでは資料を元に、これからの話を始める。まずはこの資料のメインである「地球滅亡」についてからだ」


その台詞に、室内の全員が息を飲んだ。


「先に一つだけ言っておく。この件を証明することは難しい。何故なら俺達には魔法と言う物が理解できないからだ。科学的に検証することもできない不可思議な力が、今回の件の鍵になっているが、だからと言ってそれで諦めることはできない。魔法以外の方法でこの件を証明できないか?それが俺達がやるべきことだ。環境を扱うこの場所にいる以上、事、環境に関することで泣き言や弱音を言うことは許さん。何としても世界が納得できる答えを魔法無しで構築するぞ。良いな?」


上司の無謀とも言える言葉に、半数以上の者が頷いていた。



*** *** *** *** *** ***



「今の彼は?」

「彼は環境省のエースですな。九重君と言います。何でも先の世界環境会議の日本側の主動をしたのが彼だそうで、総理が直接指名したとか」


「なるほど。で、勿論情報封鎖は?」

「ええ、今回の件は通常の機密とは訳が違いますからな。誓約書などの通常手続きは勿論、貸与されているまたは所有している全ての通信機器の監視への同意、手首に着脱不可のGPSの装着、家族との接触禁止、指定宿泊場所での生活など考えられる全ての情報封鎖処置を行っております」


会話中の二人がいるのは小さな会議室で、そこには環境省の会議の映像が映されていた。


「それで、環境省の者達で上手い説明を後付けできそうかね?」

「それはこれからの会議の進み具合によるでしょう」


「そうだな。だが、ここで科学的な理由を後付けできないとなると、賢者の出してきた魔法的な理由だけで世界に説明することになる。それが如何に難しいか理解しているね?」

「勿論です。人は誰しも理解の及ばない話は信用しない物です。与太話と言われるのが落ちでしょう」


「だが現に今ダンジョンなんてとんでもない物も存在してるんだ。そのダンジョンの主である賢者の言葉なら聞くんじゃないか?とも思うんだが?それは流石に希望が過ぎるのだろな」

「そうとも言い切れませんが、しかし何事も最悪は想定しませんと・・・」


「うむ、分室にも引き続きよろしく頼むよ、室長」

「はい、麻生田大臣の要請、確かにお聞きしました」



*** *** *** *** *** ***



国土交通省、航空局。

環境省と同じ時刻に始まった緊急の極秘会議は混迷を極めていた。


「ドッ、ラゴンって本当なんですか?」


大きな声で質問し掛けて一瞬息を飲み、勤めて普通の声になるように質問された内容に正面に立った男性は答える。


「現状細かな情報は無いが、ほぼ間違い無いそうだ。大きさについては凡そだが、ボー○ング777と同じかそれ以上だと聞いている。正確な数値は後程連絡がくることにはなっている」

「大型旅客機よりも大きいって!」


聞いた者が絶句するのも当たり前だろう。

地球上で最大の生物は、シロナガスクジラだが、それだって空中を飛んだりしないのだ。

それが大型旅客機よりも大きな生物が空を飛ぶと言うのだ。

それもこの世界で最強である幻想生物である。

驚きや戸惑い、様々な感情があって当たり前である。


「本気でソレが空を飛んで海外の国々を回るって・・・」

「そう言っているらしい。速度は推定で時速四万キロ、一時間で地球を一周できるそうだ」


「あり得ない。そんなの物理法則を無視してる」

「その通り。相手は魔法が当たり前に使える存在だからな。魔法で物理法則を捻じ曲げてくる」


「相手は航空法とか完全に無視した存在ってことですよね?そんなのどう対処したら・・・」

「だからと言って何もしないのか?できること、できないこと、まずはそれを調べなければならないと思うが?」


「・・・ドラゴンは意思疎通が可能なのですか?」

「何故だ?」


「可能ならば、話ができるってことですよね。この世界のことを理解してもらって、守るべき法があると知ってもらえれば、色々と話が進むかと」

「うん、それが可能なら随分と色々なことが簡単になる可能性があるな。直ぐに確認してもらうように要望しよう」


「では、こうすればどうでしょうか?現状、ドラゴンが意思疎通可能か?不可能か?判断できないので、両方の場合を想定して対処を考えるんです。意思疎通が可能な場合でも、こちらの話を聞いてくれるとは限りませんし、その場合は意思疎通ができなかった時の対処方法が流用可能になると思います」

「こういうことか?まず意思疎通ができる?できない?次に意思疎通ができても話を聞く?聞かない?聞かない場合は、意思疎通ができないのと同じとして扱う。そう言うことかな?」


「ええ、そうです」

「うん、無駄は無いように思うが、皆はそれで進めても良いか?」


その問いに、ほぼ全員が賛成の意思を示した。


「では、その方針で進めよう。勿論その中には対外的な問題も含めること!進行は・・・今のアイデアを出した今野、お前がやれ」

「分かりました。では、まずは一番面倒な意思疎通が不可能だった場合から考えよう」


「何故面倒な方から?」

「面倒な方で想定すると、楽な方でも想定がし易くなると思う。特に今回の件は、いくら想定しても想定し切れない可能性もあるし、それだけ想定する内容が多岐に亘るだろう。そう言う場合に楽だと思う方で想定すると、想定が甘くなる可能性があると思うんだ。先に、どう考えても厳しい方を想定すれば、楽な方でも甘くならないんじゃないか?そう考えた」


「そうだな甘く考えるのは不味い」

「じゃあ、面倒事から片付けよう!」



*** *** *** *** *** ***



「こちらは思ったよりも話が進み始めてますね」

「良い傾向なのか?それとも実感が伴ってないのか?判断は難しいところだが・・・」


「ところで総理、環境省も今日が会議だったのでは?」

「ああ、あちらは麻生田君にお願いしてるから大丈夫だよ。何せ、問題の大きさで言えばあっちが上だからね」


「そうですか、確かにうちのドラゴンの案件よりも、地球滅亡は比べもんになりませんから・・・」

「いやいや、確かに世界に与える影響としてはあっちの方が大きいかもしれんが、こっちのドラゴンも相当なものだよ。彼等は実感できていないようだが、核爆弾を搭載した難攻不落の要塞が空を飛んでやって来るのと変わらないんだ。そこを調整するって意味では、国土交通省の航空局には外務省と上手く連携して対処をしてもらわないとね」


総理の言葉を聞いて、ただ大きな生物が空を飛ぶだけでは無いことを改めて認識したようだった。


「ええ、そう言う意味でも彼等には頑張ってもらいませんと」

「上手く手綱を取ってくれたまえ」



賢者の超大型特級爆弾の連続投下に対して、日本政府も本格的に動き出したようだった。

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