第71話
センターの窓口に京極が訪れた。
「すみません。コレの件で来たんですが」
そう言って差し出された書類を見た職員は内容には触れずに答えた。
「今案内する者を呼びますので、お待ち下さい」
そう言われて静かに待つ京極は、これからダンジョンに入るのか?と思うような完全装備した姿だった。
待つこと数十秒で一人の男性職員が近寄って来る。
制服は警備部の物なので、職員と言っても実戦ができる警備職員だ。
「初めまして。私は御戸部と言います。これから案内する場所は現在は極秘ですので、当分の間秘密にしていただく必要があります。御理解いただけましたら、こちらの守秘義務契約書にサインをいただきたい。内容は単純で、守秘義務違反の場合は、今後該当施設を使用できなくなる、と言う内容です」
「・・・それは秘密を厳守できないと、今後は該当する武器を入手できなくなる、と言うことで当たってますか?」
「その通りです」
「・・・分かりました。サインします」
京極が書類にサインしたのを確認し、その書類を窓口に渡す。
「では、案内します」
京極は御戸部と名乗った男性と一緒にセンターを出て隣にある警察署に入って行った。
正面には窓口があるが、その右側を素通りしてそのまま奥へ進んで行く。
その通路の突き当たりにある階段を下に降り、正面にある部屋に入る。
そこには鉄格子が並んでいる。
どうやら留置所のようだが、御戸部は止まらずに一番奥まで進んで行った。
一番奥の鉄格子の中に入り、さらにその奥へ行くと何故だかそこにドアがある。
御戸部はポケットから取り出したカードを差し込んでドアを開ける。
ドアの向こうは、登り階段だった。
ここまでの行程を見て、京極は『随分と厳重な守りだな』と思っていた。
階段を上がるとまたドアがあり。
それを出ると、そこには・・・場違いな光景が見えた。
そこは屋外で、目の前には平屋の建物が一つ。
大きさは結構大きいが、外観から得る印象は・・・何処かの町工場を連想させていた。
「あの、もしかしてココが目的地ですか?」
「そうですよ。中に聞き取りの担当者がいます」
どうやら、この見た目町工場にしか見えない建物が目的地で間違い無いようだった。
京極は内心『随分と場違いな』と思ってはいたが、それは口にはしなかった。
「おはようございます。一人目の御客様を御連れしましたよ」
玄関を入った御戸部が中に声を掛けた。
「いらっしゃい。どうぞ入って下さい」
そう返事をして姿を現したのは随分と若い印象の男性だった。
「初めまして。私は涼木と言います。みなさんの武器についての聞き取りをする担当者です。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして。京極と言います」
相手の挨拶に、京極も挨拶で返す。
「御戸部さんは、どうされます?付き合いますか?」
「いいえ。控え室に戻ります。何かあったら、いつも通り連絡して下さい」
案内してくれた御戸部は、ここまでのようだった。
二人だけを残して、また警察署に帰って行った。
「さて、おかしな場所におかしな建物で驚いたでしょう?」
そんな素直な質問に、どう答えたものかと悩む。
「別に堅苦しく考えないで下さい。本当のことですからね」
「そうですか。確かに驚きはしましたが、おかしいとまでは・・・」
「話をしてても先に進みませんし、聞き取りを始めましょうか。まずは、この奥が広いので、そこでお持ちの武器を振って見せて下さい」
「振る?素振りですか?」
京極は、素振りで何か分かるのだろうか?と疑問に思う。
「モンスターを想定しても良いですし、ただの素振りでも良いですよ」
その言葉で、頭の中に疑問が浮かぶ。
それで俺の武器の扱いや良し悪しが理解できると言うなら、それは相当の腕前ではないだろうか?
だが、涼木と名乗った青年の持つ雰囲気は武術を修めた者のそれでは無いように感じた。
それが更に疑問として心に残る。
ただ、そんな疑問ばかりで何もしなければ、何時まで経っても聞き取りは終わらないと考え、素振りとモンスターを想定した動きの両方を見せることにした。
刀を構え、何度か振り下ろす。
その後は斬り、払い、突き、と複数のゴブリンを想定して刀を振った。
凡そ十分ほど動いたところで「そこまでで結構ですよ」と声が掛かる。
全力で動いた訳でも無いので汗を掻く間も無かった。
「あっちの机に置いて少し刀を見させてください」
どう聞いても素人が口にするような内容じゃ無い。
俺の動きを見て、そして武器を見る?それは玄人の行動だ。
この涼木って男は何者なんだ?
手元の手帳の中身が見てみたい衝動に襲われるな。
凄く書かれている内容が気になる。
「少し触っても?」
流石にダメとは言えないな。
「ええ、構いませんが、気を付けて」
俺の刀を持った彼は、それを構えてゆっくりとした一振りに五秒ほども掛かる素振りを始めた。
その姿に一切のブレは無く、まるで機械仕掛けのように同じ速度で同じ場所を寸分の狂い無く振られている。
それを認識した瞬間、京極の心の中に『恐ろしい』と言う感情が湧きあがった。
人間だろうが他のどんな生物だろうが、動きの中には遊びとか揺らぎが存在する。
それ故に、頭で思い描いた動作と完全に同じ動作をするには過酷で長い修行が必要になると知っていたからだ。
当然、素質があり、努力をしている彼でさえ、まだ完全にはできない。
つまり涼木と言う男は、少なくとも自分の体を完全にコントロールする、と言う一点だけは京極より優れていると言う証明だった。
「涼木さん。と言いましたね?あなたは何者なんですか?俺でもできない、その素振り・・・とても素人とは思えない」
「・・・素振り?できない?さっき素振りをしてましたよね?」
「そう言う意味じゃありません。全くズレの無い寸分の狂いも無い同じ素振りなんて俺にはまだできません。それができている時点で、あなたが素人なんてありえない。もしかして・・・」
京極の脳裏には、あるモノが浮かんだ。
「何のことですか?と惚けるべきなんでしょうが、私には誤魔化し切る自信が無い・・・参ったな。京極さんは、素質もあるし良い目を持っているようだ」
「やはり!説明ではゴーレムってことになっていましたが、あなたはアノ動画の人物ですね?」
京極の脳裏に浮かんでいたのはネット上のダンジョン動画だった。
「本当に参りました。ちなみに、それ公表されますか?」
「それは公表はされたくないってことですよね?何故です?アノ動画に細工がされていないのなら、あなたは俺なんかよりよほど強いでしょう?」
「私にも色々と事情があるんですよ」
「・・・分かりました。では秘密にしておきます」
「・・・それは、ありがたいですが・・・」
「まあ、タダと言う訳ではありません。交換条件として俺の練習相手になってくれませんか?」
京極としては、彼に師匠になって欲しいと思っていた。
本当にアノ動画の人物ならではあるが・・・可能性は高いだろ、これ。
ただ、良い返事が聞けるかは分からないけど・・・
「練習相手ですか?う~ん、秘密の訓練っぽい感じ?私そんなに強くないですよ」
「どう見ても、俺よりは強いと思うんだけど?」
「分かりました、一度やってみましょう。でも、それはこの聞き取りが全部終わって武器を引き渡してからになりますよ、仕事なので」
「勿論、それで構いません」
「となると、遅れないように仕事を終わらせないと、ですね。まずは、あなただ」
「ええ、何でも言って下さい」
「立場が逆ですよ。武器の希望を何でも言ってみて下さい」
「そうでした!」
何とか涼木さんと練習できそうだ。
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