第63話 草臥れた金欠男

随分と草臥れた感じの男が入塔管理センターに入って来た。

口の周りには無精髭、目の下には隈、使い古した装備で少し猫背気味に歩く姿、どこから誰が見ても「草臥れた」という言葉が似合う雰囲気だった。


「南条さん、ダンジョンの申請ですか?」

そんな感じで申請確認だったが、男が口にするのは必要最低限であり軽口の一つも無い。

受付では、非常に切羽詰った雰囲気で暗さの目立つ人物として有名であった。


「申請内容に問題ありませんので、IDの入力をお願いします」と惻隠から告げられていた。

男は「ありがとう」の一言も無く入力を終えると、軽く頭を下げただけで来た道を戻って行った。


「ねえ、さっきの人って・・・?」

「そうよ。凄く危なっかしい感じで、色んな人が話をしてたみたいだけど・・・結局、そういう性格なんだろうって。それに彼が、いつも行くのってアノ階層なんだって・・・」などと受付の二人が会話しているが、男が聞いていたとしても気にしないだろう。


ブツブツ呟く姿に、すれ違う人々などが訝しげに目線を逸らして通り過ぎて行く。

その内容は、どうやら金のことのようだった。


「五千万・・・残り四千七百十二万・・・数ヶ月で三百万弱の稼ぎは普通じゃあ考えられん金額だが・・・全然足りないんだ。もっと稼ぐには、もっとモンスターを斃すしかないんだろうが・・・その分危険もあるし色々と必要にもなる。と言って折角貯めた資金に手は付けたく無いんだが・・・」



何故?五千万もの資金が必要なのか?と言う疑問はあるが、真っ当に自分のできる方法で稼ごうとしていることには好感が持てるだろうか。

ただ、安全マージンが低い気がするのがマイナス点だろう。


最初の頃は、彼も他の人達と同じように複数人でチームを組んでダンジョンに入っていた。

しかしある階層を見付けたことで、それまでのチームを抜け一人でダンジョンに入るようになったのだ。


通常であれば、かなり戦闘ができる人間で無い限り一人でダンジョンに入るなど無謀どころか自殺志願者と言われるところだ。

ただ、彼はダンジョンでは運が良かった。

チュートリアルを除く十五階層ごとに設置されている転移陣があったことで、彼は一人でも二十六階層まで行き来できたのだった。


そんな彼が活動しているダンジョンの二十六階層は、昆虫系のモンスターが出る階層で、他の者からは嫌われていた。


何故なら、通常は昆虫と聞けば掌に乗る程度だと想像するだろう。

だが、モンスターになるとサイズが一気に大きくなる。

中でもこの階層で一番危険なのが、約二mに巨大化した蟷螂かまきり型モンスターだ。

体長にして二十倍以上、体積なら八千倍以上である。

嫌われる、いや、怖がられる理由としては充分だろう。


彼が、そんな場所で活動している理由の一つは、彼の前職が昆虫学者だったからだった。

ダンジョンに来る前、彼は生物学全般を得意とし、中でも昆虫を中心に研究していた研究者だった。

その経験が、ここでの活動の根底にある。

他の者から嫌われている階層であるからこそ、モンスターの数が多く更に対象の魔石の絶対数が少ない。

だから彼が集めてくる魔石は他の階層の物より高く買い取られる。

彼が必要としている資金を集めるためには、この階層での活動が必要不可欠であり、そして彼ほどの適任者はいなかった。


ちなみにモンスターの魔石に種類があると言われている。

強いモンスターの魔石ほど、内包するエネルギーが多いらしいのだ。

そのため、研究関連や新商品開発などのために色々なモンスターの魔石に対して収集依頼が出るのだ。

特に嫌われていて収集者が少ない昆虫モンスターの魔石は彼の専売状態になっていた。


翌日、予定表通りにダンジョンに向かった彼は、手元のタブレットで魔石の依頼を確認していた。

「今回の高額買取は・・・ああ~、よりによって一番危ない蟷螂か・・・」

片手に高額買取対象魔石を見て溜息を吐く。

と言うか、相手が相手だ。

それぐらいで済んでいるのが不思議なぐらいである。

これが俺以外の者なら、即効で別の階層に向かうだろう。


さて、この階層は通路以外が部屋になっていて、部屋の中は草むらや森になっていて見通しが悪い。

更に存在しているのが昆虫系モンスターばかりで異常にタフな上に外殻が硬いのが多い。

その辺がみんなから敬遠される理由でもある。


そんなみんなにとって救いなのは、通路と部屋でモンスターの生息区分があることだろう。

通路に出るのは、Gの付くヤツと蟻ぐらいで、総じて部屋のモンスターより小さくて弱いからだ。

なので態々部屋に入って面倒なモンスターと戦うより通り抜けて、戦い易い違う階層に行った方が効率が良いのだ。


「逆に俺にとっては、昆虫の生態を知っていることもあって攻略がし易いのだが・・・まあ、一般人向きの相手じゃないのかもな。クソ硬いし、クソ素速いし、クソしぶといからな~」

そんな呟きとともに何やら部屋の入口近くの地面を調べ始めた。

数十秒ほどゴソゴソと調べた結果「ここには、いないな」と別の部屋に歩き出す。

傍から見ていても、何をしているのか分からなければ、どう判断しているかも分からない。

しかし、彼が何かの根拠を持っていることだけは理解できた。


同じように数部屋を調べて目的の部屋を発見すると、何だかよく分からない道具や液体の入ったビンなどを用意し始めた。

予想では、何かの仕掛けをしているのだろうが、その内容も方法も理解が及ばなかった。

準備が終わったのか、次の部屋に向かう彼。

何部屋か毎に同様の作業を済ませ、最初の部屋に戻って行く。

そこには・・・巨大な昆虫系モンスターが何匹も倒れている光景があった。


「あー、いたな。けど、少し小さい固体かな?」と呟きながら、倒れている昆虫系モンスターの間を縫って歩いて行く。


何故、モンスターが倒れているのか?

どうして、この状況になったのか?

原因も理由も不明だが、現実として目の前に拡がる光景が全てだった。


「目が覚める前に手早く始末しようか」と何でも無い様に目的の蟷螂型モンスターに近寄り甲殻の隙間に大型のナイフを刺し込む。

両手、胴体とナイフを刺し込み、最後に頭部の根元に刺し込むとモンスターがビクッとする。

たぶん、今の方法でモンスターを殺したのだろう。

その後は腹の柔らかい部分にナイフを入れて、魔石を取り出す。


「コレで一個。残り二個か・・・」と次の目的地に歩き出した。



翌日、彼は入塔管理センターの買取窓口で素材を売却すると、いつも通りとある場所に向かった。

到着したのは、某総合病院の駐車場であった。


「南条さん、奥様の手術費用の方は、どうにかなりそうですか?」と言うのは主治医だった。


「すいません、まだ準備は・・・」と答える。

「そうですか・・・確かに保険適用外の治療ですし高額なので直ぐに用意はできないでしょうが、現状の処置では症状の進行を遅らせることしかできません。根本的治療にはどうしても・・・」


「分かっています。何とか準備しようとは思っているんですが、金額が金額なのでなかなか難しくて」

「ええ、そうでしょう。今は、症状は落ち着いていますが、完全とは言えません。なるべく早くお願いします」

主治医との話を終え、妻の見舞いに行く。

どうやら眠っているようで、その姿を数分だけ見て部屋を出て行った。


どうやら彼が五千万もの金銭を必要としているのは、彼の妻の治療のためらしい。

保険適用外の治療となれば、高額なのも頷ける。

病気の進行が抑えられている間に治療費の目処を付けようと考えるのなら、彼の行動にも納得ができた。


トボトボと車に向かう背中には、何とも言えない暗い雰囲気が纏わり付いていた。



二日後・・・彼の姿はダンジョンにあった。

またダンジョンに向かうようだ。


「一昨日も入っておられますよね?通常は休息を挿まれるのが「そんな規定もルールも無い。手続きをしてくれ」・・・確かにありませんが「誰か別の受付に変わってくれ。時間が惜しい」・・・分かりました」


南条は背中に切羽詰ったモノを漂わせながら、やはりダンジョンへの道を歩いて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る