第58話 閑話 少し先の未来・・・

これはダンジョンが解放されて3年経った少し未来の話である。



最初の認定試験と呼ばれる試験運用開始時、賢者によって定められたルールは世界に少なからず影響を与えた。

それは特に所有権を狙っていた者達にとって、色々と制限が掛かるためであった。


しかしそれも短い間で終息し、そこからは地道な活動が始まったのだ。

そこでダンジョンに挑戦する者の目的が別れていった。


・魔石を収集する者、収集者。


・何かしらの夢を追う者、探求者。


・ダンジョンを楽しむ者、探索者。


・所有権を狙う者、攻略者。


一番人数が多いのは収集者だろう。

世界のエネルギーを賄うためには、莫大な魔石が必要だから当たり前ではある。


次に多いのが攻略者だろう。

どこの国も税金を使って装備やバックアップ体制をを整え、何処よりも早く最上階に到達することを狙っている最前線で戦う者達だ。


そして最後に、探求者と探索者。

彼等はまとめて「エンジョイ勢」とも呼ばれる、ダンジョンを楽しむ者達である。

探求者の多くは〈魔法〉を使いたい者や研究したい者が多く、探索者の方は命懸けでスリルを楽しむ者達が多い。


攻略者以外は、だいたいが50階層程度までを活動領域にしている場合が多いのも目的が違う証拠だろう。


その中でも面白いのが探求者と探索者だった。

彼等はダンジョンでの活動に一番貢献したと言っても過言ではないだろう。


その理由の一番が〈魔法〉だった。

探求者と探索者は最終的な目的は違うのだが、共通するのが〈魔法〉が使いたいと言う点だった。

所謂いわゆる魔法オタク的な感覚である。


塔限定でしか使えない〈魔法〉ではあるが、使えるなら使ってみたいと思う者は多いだろう。

その欲求が非常に強い者達が探求者と探索者には多かったのだ。

その情熱は凄くて、何も分かっていなかった〈魔法〉を使用するためのアイテムの効率的な使用方法や、特殊な使い方、その後の強化方法や複数のアイテムによる複合魔法の可能性など様々なことを発見したのだ。


勿論この情報は最前線で戦う攻略者達ににも受け入れられ、攻略に役立てられている。

結果、有用な情報に懸賞金や報酬が与えられることが決まったりして、なかなかに大きな金額が動いたりしている。

通常の収集者にも影響を与えていて、効率的な魔石の収集に寄与したとして表彰された者もいたりする。



さて、3年経った現在。

ダンジョンは特に大きな問題は発生していない。

勿論それは表面的なことかもしれないが、水面下で誰にも知られず動いていることなど知りようも無いので致し方無いだろう。


だが、それは解放直後から順調だったと言う意味では無い。

モリトや政府が危惧していた通り、やはり生物を殺すことのできない人間や殺せても、その後に影響が出る者が多かったのだ。

楽観的に参加したダンジョンで心に傷を負い心を病んでしまった者も多く、その後の生活にまで影響を残してしまったりしている。

起こるであろうと予想はしていたが、平和ボケが激しい日本人には厳し過ぎたようだった。


結果、日本人で初期にチュートリアルを通過できたのは参加者七百名以上で五十名ほどであった。

他は全て外国人であり、特にメンタル的に強かったのは発展途上国の人間だった。

日常生活の中に動物の命を奪うことがある彼等には、特に気にすることも無かったようである。


流石に軍人を投入してしてきた先進国はそう言う問題はあっても大きくはならず、簡単にチュートリアルを通過したようだった。

だが、銃火器の弾薬などの補充が厳しくて、なかなか階層を進めることができないと言う問題が浮上することになる。


どうしても物資は誰かが運ばなければならないダンジョンで、消費の激しい銃火器は運搬する物を圧迫する。

結果、食糧などを減らすことになるため、長くダンジョンに滞在できないと言うことになったのだ。


が、それは初期の段階での話であり、現在は銃器以外の武器などで攻略が進められている。

当初からモリト達が準備していた、剣や槍などの近接戦闘用の武器だ。


重いが壊れなくて頑丈な武器にしたことと、それを扱う訓練をしたことで基本的な体力が上がり、物資の量が確保できるようになった。

それに比例してダンジョンで過ごす時間も増え、階層を更新していけるようになったのだ。


世界の動きも、もっと激動するかと思っていたのだが、意外と変化は緩やかだった。

まあ変化しようにも魔石の供給が不足していて、変化できないってのが正直なところなのだったが。

だから今現在は、色々な所で魔石による新エネルギーと従来のエネルギーが共存している状況だったりする。


その中で一番動きが活発だったのは家電業界だろう。

基本的に家庭用電源は家電製品の内部で直流に変換されることが多く、新エネルギーの魔石システムを製品内に組み込めばそのまま製品化が可能だったのが原因だろう。

ただ、既に従来の家電製品が普及している中で買い換える需要は少なかった。

そのため一番に商品化されたのは災害時に使える非常用の家電製品で、災害時用暖房器具や災害時用浄水器、運搬可能な調理器具などだった。

停電時でも問題無く使用できる独立した災害時用の家電は受け入れられるのも早かった。

特に地震大国日本では、その需要は高くて各自治体や国が災害用の設備として採用したのも大きな影響を与えたのだった。


次に素早く行動していたのはEV化に力を入れ始めていた自動車関連だろう。

電池部分を新エネルギーに切り換えてEV車の試作を進めていて、どこだかの自動車ショーに出品していたとニュースになっていた。

この時になると「今まで「脱炭素」と言っていたがそれは表面上だった」と色々な記事などが出始めた。

その内容としては、まず元になっている電気が火力発電を主流にしていることだった。

電気の使用量が増えれば、発電量が増える。

つまり火力発電で燃やされる石油が増えて二酸化炭素の排出も増えるのだ。

自動車がEVになって、自動車の脱炭素が進んでも、火力発電で排出される二酸化炭素の量が増えれば意味が無いのである。

他にもEVの肝は電池であるが、その製造時排出される二酸化炭素はとても多かったりするのだ。

そんな訳で「本格的な「脱炭素」は新エネルギーにオマカセ!」みたいなキャッチフレーズで新型EVの製造に向けて動きが加速している。


そんな状況なので、収集者の中には企業の専属収集者がいたりする。

彼等はダンジョンで魔石を収集して一部を税金として納めた後、それを所属企業に持ち帰り製品にしたり、製品化の試験に使用したりするのだ。

市場に充分な量の魔石が流通していないために苦肉の策として採用された「収集隊」と呼ばれる新部署だった。

いち早く着手したのは自動車メーカーで、それを皮切りに様々な企業が自社の「収集隊」を運用し始めたのだ。


何処かの研究者は「魔石の収集具合に左右されるが、早ければ十年程度で従来のエネルギーから新エネルギーにシフトするのではないか」と言っているらしい。

それに伴って、原油価格が少しだけ下降傾向にあるらしい。

まあ、原油はエネルギーだけじゃなく様々な物に使用されているので、全く使用されなくなると言うことは有り得ない。

プラスチック製品なんかが良い例だろう。


ただ、徐々に色々な火種が燻りだすのは間違い無い。


どこから火の手が上がるのが早いのだろうか・・・・・・

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