第56話

俺は式典を映像で見ている。

表向きは関係者じゃ無いので式典には参加できないし、参加できたとしても出たくは無かったからだ。


「そろそろ師匠の出番だぞ」

「もう、か?」


「諦めろよ。別室で三人が見てるんだから」

「くっ!仕方無い・・・」


そう言って呪文を口にする師匠。


あれは幻影魔法の呪文だな。

顔を知られたくないってことで、ローブのフードで顔を暗くして見え辛くしてるのが悪者っぽいが、まあ俺の知ったこっちゃない。


リアルタイムの映像の中、御戸部さんが俺の見てるカメラの方に合図を出している。


「師匠出番だ。十、九、八・・・三、二、一」


ゼロのタイミングで師匠の魔法が発動した。



*** *** *** *** *** ***



俺は、式典会場の隅で式典の進行を見ていた。

涼木さんは賢者のサポートに行っているから、そこに合図を送るためだ。


「御戸部さん、そろそろですが・・・」と式典のスタッフから声を掛けられた。


いよいよだな。

涼木さん以外、姿を見た者はいない賢者。

その賢者が魔法の映像とは言え、姿を見せるのだ。


俺は司会者の進行する声を聞いて、合図を送った。


「それでは特別な来賓の方から御挨拶を賜ろうと思います。異世界の賢者様です、どうぞ」

「・・・三、二、一、ゼロ」


司会の「どうぞ」と俺の「ゼロ」が重なった、

その瞬間、突如目の前の青空が天の果てまで続くような石造りの塔に遮られた。

そしてその塔を背にするように空中に現れた人物の映像が「まずは挨拶から始めようかのう。日本の国民よ。初めましてじゃ、儂が〈賢者〉じゃ。儂が姿を見せるのは、一部の者を除けば、これが初めてじゃな」などと話し始めた。


これが異世界の賢者か!

顔は・・・フードの影が影響してはっきりは見えないが、ファンタジー映画に出てくる魔法使いそのままな感じだな。

背丈を越える長さの杖が魔法使いらしさを加速させてる。


そんなことを考えている間に賢者の話が変わり始めたことに気付いた。


「・・・と、自己紹介はここまでじゃな。では要件に移る。このダンジョン〈賢者の塔〉は250階層、内最下層部の10階層がチュートリアルじゃ。チュートリアルを攻略できん者は、それ以降の本物のダンジョンに挑戦することは不可能じゃ。そして一番の注意事項は、チュートリアルでは死なんが本物のダンジョンでは「死ぬ」と言うことじゃな。下層は弱く、上層は強く、階層を上げる度にモンスターは強くなってゆくんじゃが、一つ朗報があるんじゃ。塔の中で「」を見付けると塔の中だけでじゃが、魔法が使えるようになるのじゃ。50階層以降は魔法が無いと難しくなるんで、救済処置じゃな。儂は一人で攻略して所有権を得たが、そこまで厳しいことは言わん。最大で組めるパーティーは十八名までじゃが、共闘は可能じゃ。最後に絶対のルールとして、塔の中で他の人間を攻撃し、盗む、奪う、犯す、傷付ける、殺すことは禁止するのじゃ。破った者には制裁として・・・即時全装備品没収とするのじゃ。では、最上階で待っておるのじゃ」


そこまで言った賢者は、浮かび上がっていた映像を徐々に消していった。


・・・わおっ!ぶっちゃけたな、賢者・・・

良いのか?これ?

特に魔法が使えるアイテムって・・・まだ公開してない極秘情報だったんだぞ。

あぁあ~、上から文句を言われるよな、これ絶対。



この日、世界に激震が走った。

ダンジョン解放の式典での賢者の一言〈魔法〉。

地球上では使えないと言われていた〈魔法〉が、ダンジョン内だけとは言え使用できる可能性があり、それを使えなければ攻略できないと言う驚愕の情報だった。


この情報は世界中を巻き込む大きな流れを作り出すことになる。

しかし、この賢者の話で一番問題になったのは賢者の決めただった。


世界中が狙っている「ダンジョンの所有権」の最大の問題になり得るからである。

賢者の決めたルールでは、何処までがと判断されるかが未確定だったため、直接的な妨害工作ができない可能性が高いからだ。


これには所有権を狙っていた者達が、一部を除いて頭を抱えることになった。

一部とは、過激な方法を屁とも思わない者達で、頭の何処かで「ヤバそうなら戦争してでも奪えば良い」などと考えている狂った思考の持ち主達だ。


そして、そんな色々な思惑とは無関係に〈認定試験〉は進んでいた。

これから起こるであろうトラブルの種を抱えたまま、時は進んで行くのだった。



*** *** *** *** *** ***



「師匠、お疲れぇ!」

「だぁ~、疲れたんじゃ」


「そうか?上手くできてたと思うぞ」

「モリトは他人事じゃからな」


実際問題、その通りだから何も言うことは無い。


「良い感じに雰囲気が出てたし、三人にも受けは良さそうだけど?」

「それは・・・何よりじゃが。大勢の人前に出るのは好かんのじゃ」


ただの映像なのに、それはどうかと思うのは俺だけかな?

まあ、師匠が苦手ってだけなんだろうけど。


「少し休んだら、三人に感想を聞いてみたら良いだろ?変なことは言われないと思うぞ」

「そうじゃな。少々休むかのう」


「俺はちょっと外に出て、他の人達と話をしてくるよ」


師匠は返事もせずに手だけを振っている。

そんなに疲れるもんかねぇ?


さてと、御戸部さんに会ってくるかな。

特にトラブルは無さそうだけど、魔法のこととかぶっちゃけたから御小言はあるかもだし。


まあ、師匠がやったことで、俺がどうこう言えるもんじゃ無いし、御任せするしかないんだけど。

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