第55話

その日は朝から大変な日になった。

一日に発着する飛行機も両手で数えられるほどしか無い、ただの地方空港は夜明け前から特別機の発着ラッシュに見舞われていた。

それは飛行機だけでは無く、ヘリやバス、タクシーにトラックにも及んでいた。


それもそうだろう。

人が物が到着すれば、何かしらの方法で出て行くことになるからだ。

ちなみに空港が忙しく見えるのは日頃の発着数が少ないからで、実は駅やバスターミナルも帰省ラッシュ並みにはなっていた。


それら公共交通機関以外にも、チャーターバスやトラックなども二日ほど前から増えており、自衛隊の車輌などは百台単位で皆同じ場所に向かっていた。


それらが向かった場所は・・・賢者の塔ダンジョン・・・そう、明日から始まるダンジョン解放に向けて二日ほど前から人が集まり始めていたのだ。


勿論、影響は交通関係だけでは無い。

宿泊施設やアパート、賃貸物件など軒並み契約希望者が殺到し、価格高騰が始まり掛けている。

他にも、田んぼや畑を潰してアパートを建てる人も出始めた。

空き地や空き家の売買も加速しているし、大手飲食チェーン店の出店なども増え始めている。

人が大量に集まることが決定している場所だけに、情報が出回れば企業などの動きは速いってことだろう。


そんな訳で、ただの地方都市は現在人も物も大量に流入するフィーバー状態になっているのだ。

だから何もかもが足りない状態で、特に住居や宿泊施設関係は逼迫しているのだ。


そんな状況を見ながら話す二人の男性がいた。


「いよいよだな」

「クソッ!何もかも準備が足りないっ!」


「無理に押し切られた以上、分かってたことだろう?」

「そうは言うが、苦情が殺到して困ってるんだ!」


「諦めろ。なるようにしかならないんだ」

「・・・分かってる。が、納得するのは難しいんだ」



*** *** *** *** *** ***



「少尉、失礼します」

「軍曹か?どうした?」


「はっ!野営地の設営が終了しました。これより武器の引き取りに向かいます、サー!」

「ああ、そうか。分かった。私も同行しよう」


将官用のテントを出る二人。


「軍曹は、今回のミッション、どう思う?」

「はっ!今後のことを考えるなら、重要な任務であるかと」


「うむ。それは新しいエネルギーとしての意見だろう?私が言っているのは、最上階への到達についてだ。行けると思うか?」

「・・・少尉、失礼を承知で言うなら・・・無理かと・・・」


「なるほど。軍曹は私と同じ意見と言うことか」

「少尉もですか?」


「ああ、上層部の御老人達は現場の意見など聞かんからな。戦闘方法を銃器に頼らない方法に変更するだけでも数年は必要だろう。ましてや、相手が人間以上の存在となれば、時間が足りないくらいだろう。それが上に上がる度に強くなるとなると・・・どれほどの時間と人員が必要になることか?」

「最初は馬鹿らしいと思いましたが、日本から提供された映像を見た後だと、日本のアニメやマンガが現実のように思えました」


「そうだろうな。モンスター・・・まさかファンタジーを実際に命懸けで体感する日が来るとはな」

「確かに。ですが、明日のチュートリアルは動物型だと聞きました」


「ああ、その通り。本番は十一階層以降だと言うことだ」

「そこからは、あの〈ゴブリン〉が出るんですね」


「ああ。リトル・グリーン・デビルだ!思い出すだけで吐き気がしそうだ」

「・・・あの映像を思い出すと・・・ウッ・・・」


「すまん。嫌なことを思い出させたな」

「いえ。ただ、あの映像は衝撃的なグロさでしたので」


「その話は止めよう。早く武器を受け取らなければならないからな」

「そうでした。では少尉、こちらです」



*** *** *** *** *** ***



「師匠、集ってきたぞ」

「のようじゃな」


「で、やるのか?」

「モリトが「やれっ!」と言ったんじゃろうが!」


いやいや、本気でやるとは思って無かったんだけど・・・今更言えないよな。


「この世界で、賢者の姿は誰も見たことが無いだろ?ここら辺で知ってもらっておくべきだと思うぞ」

「儂は、そういうのが苦手なんじゃが・・・」


「諦めろよ。もう連絡済で変更なんかできないんだし」

「恨むぞ、モリトよ・・・」


実は、明日初めて師匠が映像越しだが世間に姿を見せることなっている。

勿論、それを知っているのは極一部の者達だけで、ダンジョン解放式典の進行表には「来賓の御挨拶」となっている。

これは、いくつかの国から「本当に異世界の賢者は存在するのか?」と言った疑問が寄せられたからである。


つまり、日本政府の自作自演を疑われた訳だ。


その証拠として、師匠が巨大な立体映像として登場するの、塔の幻影魔法を解除することが予定されている。

まあ、賢者の塔の姿を見れば、現代科学で建造できるような建物では無いと理解できるはずだから、異世界の技術だと納得するしかないはずだ。


世界最高峰のエベレストを越える高さの建造物なんて普通に考えたら有り得ないからな。


で、その姿を見せた時に少々演説っぽいものをして欲しいと頼まれたので、師匠を上手く焚き付けて了承させたのだが、今頃になって「嫌だ」とか言ってる訳だ。

俺はその愚痴を聞かされてるって状況なんだが・・・正直、面倒である。


明日のダンジョン解放に向けて、日本政府は忙しくしている。

今更、賢者の御披露目を止めるなどと言える訳が無い。


つまり、いくら愚痴られても無理な物は無理なのだ。


「・・・なあ、三人も師匠の映像を見るって言ってたけど、本気で止めたいのか?ガッカリさせるぞ」

「なっ!言ったのか?」


「勿論、黙ってる訳にいかないだろ?後で文句を言われるって分かるだろ」

「・・・何と言うことじゃ、それでは逃げ道が無いではないか!」


そりゃあ、止めてもらっちゃあ困るからな。

保険は用意しとかないとね。


今だグチグチと言ってる師匠を宥めつつ、早く式典が終わって欲しいと思う俺は薄情では無いだろう。

ただただ面倒に思ってるだけだから・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る