第35話

古式ゆかしい木造建築の建物の一室。


「ツキ、そろそろスサを解放してね。やらせることがあるから」

「アマ姉様・・・何をさせるんですか?」


「スサの嫌いな調べ物」

「あらっ、それは良いですね」


罰って意味だけじゃないんだけど・・・


「だから、スサを連れて来てね」

「ええ、勿論ですとも!」


ツクヨミが部屋を出て行く気配を感じながら、自らは目の前の御盆を見つめる。

その御盆には薄く水が張られていて、そこには何処かの景色が浮かんでいるようだった。


「そろそろ、秘密を秘密として隠しておくのも難しくなってきてるようね・・・」


私達が地上の出来事に介入することはできないけれども、情報を教えてあげることぐらいはできるわ。

その情報を基に対策をしてくれれば、大事にはならなくてすむと思うのだけど。

関係する所が多いから、他にも通常業務をしながらだと調べるだけでも大変なのよね。


「う~ん、何か隠れてやってるって位の認識だけど、調べて情報が行ってしまうと一気に大事に発展しそうね」


まあ人間なんて所詮は自分の利益が優先するのだから、利権を手放したりしないだろうし、その利権に被害が出そうならチョッカイを掛けるでしょうね。


「今怪しいのは三ヶ所よね。同盟国と敵対国と自国内・・・自国の中で足を引っ張るって馬鹿よねぇ」


アマテラスは深く溜息を吐いた。



「連れてきました!」

「ツキ姉ぇ、耳!耳が捥げる!」


耳を鷲掴みされたスサノウを連れたツクヨミが部屋に戻ってきたのだ。


「ツキ、離してあげて。スサ、仕事をして」

「アマ姉ぇ、何をしろって言うんだ?」


スサノウは耳を痛そうに押さえながら聞いた。


「この二ヶ国の動向調査ね。この二ヶ国、彼の所にチョッカイを掛けそうなのよ」

「調査ぁ!よりにもよって一番苦手な仕事を振るとか、勘弁してくれよ」


「ダメ!罰でもあるけど、これ下手をすると本当に戦争になりかねないのよ。直接手は出せないけど集めれるだけ情報を集めて、彼にその情報を送るのよ!」

「・・・戦争にならないように、大事になる前に対処させるのか?」


スサなら、そう言う暴力的な思考のヤツの情報を集中的に集められそうだもの・・・


「できることって、それぐらいしか無いでしょう?」

「・・・・・・分かった、やるよ」


あらっ?気付いたのかしら?


「ツキにもお願いがあるのよ」

「何ですか?」


「あなたは国内の不穏分子の情報をお願いできるかしら?」

「それは良いですけど・・・」


「それとは別にもう一つあってね、面倒な交渉事のサポートをお願いしたいの」

「交渉事って?」


そう、本当に面倒な交渉事があるのよねぇ。


「彼が行ってた世界の神との交渉よ」

「えっ!」


「ドラゴン連れて来ちゃったでしょ、それを・・・ね」

「あっ!それって結構な大事おおごと・・・」


そうなのよ。

ドラゴンって、世界の成り立ちによっては神の代行者になれるぐらい高位の存在なのよねぇ。

彼の行ってた世界は、そっちじゃ無かったみたいだけど・・・それでもドラゴンと言う高位の存在自体が消えるのは、世界にとっての大きな損失なのだ。

それを知っていて何もしないなど、あってはならない。

それこそ神のルールに抵触する可能性があるかもだし・・・


状況によっては世界のバランス調整にも影響を与えている可能性もあるし・・・


「・・・でね、交渉前に向こうの世界の情報が欲しいのよ」

「そうですよね。でも、情報を集めていることが知られてはいけないんですよね?」


「そう言うことなの、だからツキにお願いしてるのよ」

「ええ、御任せあれ!」

「お願いね。私は交渉前に、上に報告しないといけないから・・・」


さてと、上手く話を纏めないと・・・



*** *** *** *** *** ***



「これ、本当に魔法が使えるようになる道具なんですか?」


御戸部は掌に乗せた皮製の腕輪をしげしげと見つめていた。


「そうですけど、本体と言うか重要なのはその金属部分らしいです」


俺はその疑問に答えた。


「・・・そうですか・・・ところで、試したりは?」

「無理ですね。塔の中で人も道具も魔素に慣らさないと使えないって言ってましたよ」


お決まりの否定をする。


と言うか、ゲーム的に説明すると〈〉が足りて無いってことなんだよな。

通常モンスターと戦えば、モンスターの魔素を少しだが吸収でき、それによって体内の魔力保有量が増える。

順調に増えれば、それだけ大きな魔力を消費する魔法が使えるってことなんだけど、地球人は魔力を使えない。

だから、後付の魔道具を用意した訳だ。


本来は体内で取り込んだ魔素を魔力に変換して魔法を使うのだが、体内で魔力に変換できない地球人のために腕輪で魔力変換と魔法発動の二つを行うようにしている。

そんな面倒なことをするために、希少なミスリルを使うことになった訳。


そして地球人は余分な魔素を体に取り込むことにも慣れていない。

だって使えない魔素を取り込む必要が無いから、通常体に存在している魔素の量しか知らないのだ。

だから、体に余分な魔素を取り込んで、それを腕輪から外に出す感覚に慣れないと、上手く魔法を使えないと思う。


魔道具の方も、人の体を通り抜けた魔素に慣らさないと上手く動かせない可能性がある。


まあ、それが「人も道具も魔素に慣らさないと使えない」って言葉の意味である。



「・・・魔素・・・ですか・・・それって、どんな物質なんでしょう?」

「知りませんねぇ」


これは本当に知らない。

だって、目に見え・・・俺は〈魔力〉は色付きの水蒸気みたいに見えるけど〈魔素〉は見えないのだ。


まあ魔素ってのは、空気みたいな感じだと思ってる。

だって、空気中の酸素や窒素が見えるか?って聞かれても「見えません」って答えるだろ。

それと一緒じゃないかな。


つまり見たことが無いから、知らないってことである。


「そんなぁ、涼木さんは気にならないんですか?」

「前にも言ったと思うんですけど、魔法が使えないんで気にしないことにしてるんですよ」


「でも、この道具で使えるようになるんでしょう?」

「ええ。でも、使うためには戦う必要があるんですよ?俺は遠慮しておきます。戦うなんて・・・ねぇ」


戦えるし、魔法も使えるけど、人に見せる訳にはいかないからね。

戦うのは好きじゃ無いってことにしておこう。


「すみませんでした。皆が皆戦いたい訳じゃ無いのに、本当に不躾なことを言いました」

「いえ、そこまで謝られるほどのことではないですし」


「押し付けはいけませんでした」

「俺は好きじゃ無いだけで、イザとなれば戦うことはできますから」


「何か、嫌なことでも?」

「特に。ただ、痛いのが嫌だなぁと・・・」


「確かに!痛いのは私も嫌ですな!」


御戸部さんの言葉に、つい皆で笑ってしまった。

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