第11話

警視庁公安部の御戸部みとべは、羽田発の飛行機で目的の街に到着したところだった。


「御戸部さん、本当にアチラさんの情報は正しいんですかね?」

「お前も空自の報告書を読んだだろう?」


「あの未確認超超高層建築物の件ですよね」

「他にあるか?提供された情報と報告された情報、それを元に我々が調査した情報、そのどれもが同じ内容を示している以上、確認に行くのは当たり前だろう」


「でも、行き先が廃業寸前の弱電会社社長の持ち山って、どうなんです?」

「山元、私がそれに答えられると思ってるのか?」


「ですよね、失礼しました。にしても、内容的にはウチじゃなくて内調が動く案件じゃないんですか?」

「不確かな情報に事前調査でも完全にシロだぞ。そんな所に内調が動いてみろ変に勘繰られるだろうが!ほら、早くレンタカーを受け取って来い」


彼等の移動はレンタカーのようだ。

その車で向かう場所は、勿論モリトの待つ会社なのだろう。


車で移動すること四十分ほど、空港から市街地を抜けて田園地帯に入り、そこから山の方に入った所に目的のモリトの工場があった。

建っている場所は、勿論持ち山の麓である。

つまり警視庁公安部の御戸部達が調査したいと思っている場所が、工場の裏にある訳だ。


「山元、本当にあの場所が目的地なんだな?」

「そうですね。ナビの情報が確かなら、ってことですが」


「未確認超超高層建築物が見えるか?」

「止めてくださいよ御戸部さん。僕の目には普通の山しか見えませんよ」


「だよな。つまりあそこに存在する可能性のある物は私達でも目視できないってことか」

「いやいや目視できないって、どう見ても何もありませんよ」


「アチラさんの情報だと、監視衛星すら騙せるほどのステルス機能を持ってるかも知れないらしいぞ」

「・・・アチラさんSFの見過ぎじゃないですか?」


「・・・私もそう思わなくも無いが、それでも確認は必要だ。それが税金で給料を貰ってる私達がしなければならないことだからな」

「一目瞭然で何も無いんですけど、調査は必要なんですよねぇ」



モリトはかなり早目に工場にやってきて工場の周りを掃除していた。

普通なら魔法でやるところだが「公安」と聞いて何か嫌な感じがしたので普通に箒で掃いたり、塵取りでゴミを取ったりしている。


そんなモリトも滅多に車が入って来ない道に車が入って来れば分かる。

チラッと目を向けて「あれがそうかな?」と呟いた。


目の前まで来て停車した車から二人の男性が降りてきた。


「初めまして、昨日電話しました御戸部です。こっちは部下の山元です。本日は御時間をいただきありがとうございます」


そう言って差し出された手に握手で返しながら「ここの社長をしています涼木です。社長と言っても、開店休業中で仕事も無いんですがね」と少々自虐的な挨拶をした。


「それで警視庁の公安部の方がどんな御用向きですか?」

「本題の前に少々質問をさせていただいても?」


随分勿体付けるな?


「別に構いませんが・・・」

「涼木さんの会社では何を作られていたんでしょう?公的な届出は電子機器となっていましたが、宇宙開発や軍用品などの生産はされたことがありませんか?」


はあぁ?何だその質問の内容は?

俺が産業スパイでもやってたって言いたいのか?


「いえ、うちは主に家電関係の製品から、最近ではノートパソコンや携帯電話なんかが主力でしたが、あっ少々検査機器などにも手を出してはいましたね」

「では、一般的な製品が主体で特殊な製品は作られていないと?」


「ええ、それほどの技術を持った従業員はいませんでしたから」

「しかし涼木さん自身は、なかなか素晴らしい技能や技術をお持ちのようですが?」


何が聞きたいんだかサッパリ分からんな。


「私独りが使えても工場で生産などできませんよ。生産ってのは一人でできる物ではありませんからね」

「そうですか?たった一つの特殊な装置を作るのなら、一人でも作業はできると思いますが?」


「何か含むような言い方をされてますが、何が言いたいんですか?」


いい加減、態とイライラさせるような質問をされている感じがして強目に問う。


「失礼、怒らせるつもりはありませんでした、仕事柄疑うのが癖になってまして、つい変な聞き方になってしまいました。実は我々が得た情報ではこの周辺に大規模な施設が隠されていて、それを隠せる所謂ステルス装置の様な物が設置されているかもしれないらしいのです。それで可能性として近い場所に御住みの涼木さんに御話を聞いてみようと言うことでして」

「えーっと、何ですそれ?何かのドッキリとかですか?」


「そんなことはありません。内容が荒唐無稽なので、そう思われるのも仕方ないのですが至って真面目なんですよ」

「隠された大規模な施設って、どう聞いてもアニメとかSFにしか聞こえないんですが?それってこの辺の山の中とかって話なんですか?」


「ええ、実を言いますと涼木さんの持っておられる山がそうらしいのですが・・・」

「はあぁっ!」


そう声を上げてから『賢者の塔か!』と気付いた。

監視衛星か何かで偽装する前に発見された可能性があるとは思っていたが、まさか直接確認に来るとは考えていなかったのだ。


「じょ、じょ、冗談でしょう?そこに、会社の裏にある山がうちの山ですが、私ですら十年以上入ったことも無い山ですよ。それに何処をどう見たら大規模な施設があるように見えますかっ?」

「落ち着いて、落ち着いて下さい」


一瞬だが焦ったのは確かで、その動揺を隠すには遅いと判断して、動揺を憤りとして出すことにしたのだ。


「落ち着けって、あなたがおかしな言い掛かりを付けるから」

「分かってます。分かってますから。何処をどう見ても何も無いって分かります。しかしですね、私達も仕事でして」


俺はその御戸部さんの言葉で、憤りに見せた動揺を抑えるように深呼吸を繰り返した。

俺が深呼吸をしている前では、二人がコソコソ話しているが、俺の強化された聴力の前では丸聞こえである。


「山元、どう見た?」

「少し難しいですが、おかしな所は無さそうに感じました」


「私も同じだ。彼はシロだと思う」

「では、山に調査に入って終了ってことで良いのでは?」


「そうだな」


良かった、動揺したとは思われずにすんだようだ。


「済みませんでした、つい興奮してしまって」

「いえいえ、問題ありません。私達も荒唐無稽でどうすれば良いか良く分からないまま来てしまいまして、と言って上の命令には逆らえませんし」


「大変なのですね」

「あっ!内緒にしてくださいね。愚痴を言ってたとかバレると面倒なんで」


「はは、大丈夫ですよ。公安の方に会う機会なんて、これで最後でしょうし」

「涼木さん、一つお願いがあるのですが?」


山に調査に入りたいんだろうな。


「なんですか?」

「調査をしたと言う実績が必要でして、山に入らせていただけないかと?」


「ああーなるほど。えーっと公安って警察の組織ですよね?」

「そうですね」


「拳銃などはお持ちですか?」

「いえ、今回は調査だけの予定なので所持しておりませんが?」


「でしたら、入らない方が良いかと。この辺が出るもんで、できれば猟友会とかと一緒の方が安全だと思います」

「熊?出るんで?」


「ええ、出ます。去年も数回、工場の前まで出てきました」

「大きいですか?」


「大きいのも、小さいのも出ます」

「・・・安全第一ですね」


「その方が良いかと。私も怖いので山には十年以上入ってません。本当は少し手入れしたいと思うんですが、そのために猟友会に依頼するのも金銭的に難しくて」

「なるほど。分かりました。入るのは諦めて、周辺の写真だけ撮らせて下さい」


「ええ、それぐらいなら構いませんよ。どうぞ御自由に」


車からバッグを降ろしてカメラを出しているもう一人に目を向けてから、俺は会社の掃除の戻る。

勿論視界の隅に二人の姿を入れてはいるが、特に警戒はしていなかった。



「御戸部さん、熊が出るんですね」

「らしいな。流石、東京とは違って自然が豊かな証拠だな」


「物は言いようですね。にしても、本当に何もありませんね」

「そうだな。この山を見て「隠し事があるか?」って聞かれたら、誰でも「無い」って言い切れるだろうし彼が怒るのも当たり前だろうな・・・大規模な施設を建てれるような道も無いし、山に資材を持ち込んだ形跡も無い。これは確かにだな」


「御戸部さん、早く写真を撮ってしまいましょう。今なら次の飛行機に間に合いますよ」

「おっそうか?じゃあ手分けして、山元はそっちから、私はこっちから撮ろう」


五分ほど写真を撮っていた二人は、俺に「お邪魔しました」と挨拶をして帰って行った。

その車が見えなくなったところで、やっと肩の力を抜いて「はあぁーーーー」と深い溜息を吐いた。

良かった、何もバレなくて。

一瞬ヤバかったけど・・・

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