第5話 初めてのお仕事

「ミカ、私だ。聞こえるか?」

『はい、主様。聞こえています。ご用件は』

「あぁ。もう気づいていると思うが、君達が今いる地域の近くで霊力が大きく膨れ上がるのを感じてな。心当たりはあるか?」


 とある場所、とある部屋の一室で1人の男が無線越しに話をしている。

 その部屋は真っ暗な部屋にライトの灯りが微かについているだけ。故に、男の顔つきや表情は隠れている。


『はい。数日前に闇払いの子孫を見つけ、始末致しました、が……』

「仕留め損ねた、か」

『っ、申し訳ありません。大した脅威ではないと甘く見たのが間違いでした。あの時、トドメを差しておけば』

『あ、主様。あまりミカ姉を責めないで。住んでる場所もわかってるし、今度こそ私達で殺すから……!』


 無線越しに会話しているのはミカと、途中からその会話に入ってきたルカ。完遂すべき仕事を遂行できなかったからか、声色はどこか暗い。


「今のはルカか。心配するな。別に責めようって訳じゃない……。心当たりがあるなら、そいつをあくまでしにいってほしい」

『わかり、ました。しかし可能であれば』

「あぁ。始末してしまって構わんよ」

『はい……! では、直ちに』

「頼むぞ」


 そう言うと、男は無線を切る。

 そして、口元を手で隠し微かに笑った。


「なぜだろうな。この一件、タダでは終わらん気がするぞ。面白くなりそうだ」


 そう、誰にも聞こえない程に小さな声で呟いて、僅かに肩を揺らした。

 

◆◇◆


 さて、僕が『異能』を目覚めさせてから4日。修行を始めてから一週間強が経過した。

 現在はカミムスビ様が創造した『大地の守護神・ごーれむくん』に相手してもらい、異能を使った戦い方を学んでいる。

 正直最初は勝手が分からずにやられっぱなしだった。でも今は勝ち越してきてるし、いい勝負ができてる気がする。


「……ふむ、貴方もそろそろ闇払いとしてようになってきましたね」

「そう、ですか? いやぁそれなら嬉し――――」

「まぁ、あくまで最低限ですけどね。私の作ったごーれむくんに苦戦してるようではまだまだですよ?」

「んぐ、それはわかってますって……って頷かないでよゴーレムくん。自分で悲しくなってこないの?」


 真横で頷くゴーレム君に、僕はジト目で非難の意思を示すけれど……全く気にしてないな。

 というかゴーレムくん、材料が土と植物な訳だけど、それだけで意思のある生物(?)になってるんだよな。どういう原理だ。


「……ま、わかってるならよしとしましょう。さて話を戻しまして、貴方には闇払いとしての初仕事をしてもらいましょうか」

「そう、ですか。覚悟はしてたけどやっぱり……、緊張する、な」


 そう思うと自然と拳に力が入る。

 そんな僕の気持ちは表情にも出ていたのだろうか。カミムスビ様は僕を安心させるように軽く肩を叩く。


「安心なさい。今回は異能を使わずとも鎮められる程度のものですから。万一の時はそこのごーれむくんも加勢してくれますし、気楽に構えなさいな」

「あはは、それなら少しは安心できるかも……って、君も励ましてくれてるのか。ありがとう」


 僕に向かってサムズアップするゴーレム君。喋れないなりに僕を気遣ってくれるのか。

 全く、怖がれなくなっちゃったな。そう自分に言い聞かせ覚悟を決める。


「よしっ! んじゃ早速行きましょうか。場所はどこですかカミムスビ様?」

「おぉ、気合い十分ですねぇ。大変結構なことなのですが……、貴方、これから学校じゃありませんでしたっけ」


 そう言われて、僕はふと考える。

 今は早朝。晴れた空が碧く広がり、とても清々しい気分にさせられる。


 でだ。今日の曜日って確か、金曜日だったな……って、


「そうだよっ! つーかこのままじゃ遅刻するっ!?」

「何やってんですか貴方は。闇払いとしての活動も大事ですけど、学生としての体裁を維持するのはもっと大事ですよ? ほら早く行ってきなさいな」

「すみません。それじゃまた夕方に!」


 腕時計を見ると時刻は7時半を回っていた。家に帰って支度してから出るから、急がなきゃ遅刻だ。

 まぁ、心の準備をする機会を与えられたのかもな、なんて考えながら、僕は裏山を下る道を走った。


 ◆◇◆


「……で、連れてこられたわけですがカミムスビ様」

「どうしました? 何か気になる事でも?」

「いやここ、なんか如何にもところだなって」


 時は経って放課後。日は傾き少し薄暗くなり始めた頃。

 カミムスビ様に案内されたところはもう何年も人の手が入っていない廃屋。辺りには草木が鬱蒼としていて陽の光を遮っている。


「そうでしょう。こういう寂れたところには怨霊や悪霊が住み着きやすいですから。ほら、あっちを見てごらんなさい?」

「え、あっちってどっち―――んな!?」


 カミムスビ様が指差す方向を見ると、突然、黒い人の形をした影が4体現れた。

 二つの丸い白い目が顔にある。他は何もない。


「悪霊ですね。見る限り罪人の思念がこの世で漂ってる、というところですか。今回はあれを、異能を使わずに鎮めてごらんなさい」

「いや、あれ真っ黒なオーラ纏ってるんですけど。異能使わずに鎮められる気がしませんよ」

「大丈夫ですよ。あの程度の悪霊であれば霊力をぶつけるだけで浄化できます。まさか、私の言う事が信用できないんですか?」


 心外だ、とでも言いたげにカミムスビ様は頬を膨らませ抗議する。いや別に信じてない訳じゃないんだけどさ。やっぱりちょっと怖いんだよ。


「わかり、ましたよ。んじゃ行きますっ!」


 そう、自分に喝を入れて一歩前へ踏み出す。

 すると悪霊達がこちらに視線を向けた。

 その視線は……って向けられたことあるぞこれ。よく知ってるものだ。


「色欲の類……。ねぇ、お前らもしかして」


 その視線は僕の性別を知らない男子達が向けてくる視線。僕の一番苦手な目だ――――!


「僕のこと女だと思ってない!!??」

「まぁ仕方ないですね。君背が低いですし、声も高いですし。顔立ちも……」

「言わないでくださいカミムスビ様ぁ!?」


 気にしてること全部言わないでくださいますかね。ほら悪霊どもも色めき立ってるような気がするよ。どういう事なんだろ。


 でもお陰様で恐怖心とか全部吹っ飛んじゃったよ。代わりに、何か闘志のようなものが湧き上がってくるのを感じる。


「上っ等……! だったらかかってこいやっ! お前ら全員完膚なきまでにぶちのめしてやる!」


 感情に任せてそう叫ぶと悪霊達は一斉に僕に向かって飛びかかってきた。一匹が前に出て、僕に掴み掛かろうと飛び込んでくる。


『ホナ、イタダキ――――』

「喋れたんかお前はぁ!?」

『フゴ!?』


 その悪霊を躱し、足に霊力を纏わせ後ろに回り込んで蹴り飛ばす……。何か言いかけてたけど無視しよ。知らなくていい事って多分ある。

 で、蹴飛ばされた悪霊は勢いよく遠くに飛んでいき―――、

 跡形もなく掻き消えた。


「え、嘘。こんなあっさりいく?」

「だから言ったでしょう。こんな相手に異能を使う必要はないと。ほらこの調子で残りもやっちゃいなさいな」

「いや、霊力って凄……」


 だってこいつら普通の人間じゃどうにもならん存在でしょ。それを軽々と消し飛ばせるなんて。

 そんな事が頭をよぎるけど一旦隅に置いておく。今それどころじゃない。


 悪霊達は今ので少し怯んでいたものの、また直ぐにこちらに向かって突進してくる。

 今度は2人。対角線上に殴りかかってくる。


『ウホーーッ!!』

「……ん」

『パグォン!!?』


 どちらも僕の顔部分に向かってきたので下にしゃがんで躱す。するとお互いの振り抜いた拳がお互い同士の顔にいい音立ててぶつかっていた。アホかこいつら。

 お互い悶絶しているところにそれぞれ肘鉄を喰らわせ吹き飛ばす。一瞬で消えてったけど同情の余地なしだ。


『ウキ』

「あ、ヤベ……!」


 突然、後ろに何かがへばりつくような感覚がした。

 見ると、最後の一匹となった悪霊が僕を羽交締めにしている。


「カ、カワイイ……アレ、ウキキ?』


 ゾッとするような言葉をその悪霊は呟く……、けど、次には小刻みに震え出す。そして、


『オ、オトコォォォ!!?』


 叫んだ。思わずと言ったように僕から体を離す。

 

「そうだよクソがぁっ!?」

『ギョエァ!!?』


 そして僕は、そいつを掴んで感情に任せて背負い投げ。叩きつけられた悪霊は風と共に霧散した。


「はっ、はぁっ……。これで終わりですか?」

「まぁ、そうですね。取り敢えずはご苦労様です」

「いや、別の意味で疲れるわコレ……」


 まぁあのまま野放しにしておいたらある意味ヤバい連中ではあったか。もう御免被りたいよ。疲れるわ。

 カミムスビ様が初仕事にコレを選んだ理由はなんとなく分かる。悪霊とは言え、少なくとも殺意は感じなかったし。殺される心配はなかった訳だ。


「まぁ、サクッと終えられたのだから良いではないですか。それよりも――――わかりますか?」

「ええ、そりゃもうさっきから感じてますよ。……いるんでしょ? 出てきなよ」


 まぁ今はそんなことよりも気になる事が別にある。

 ここに来た時からずっと感じてた気配。

 深く、それでいて大きな闇の力が、2つ。


 間違いない。この気配はだ。


「よくわかったね、ボク。運良く生きてて、ちょっと強くなれたところ悪いけど、さ」

「今度は確実に殺してあげる。少し調子に乗ってるみたいだし、ね?」


 確かミカとルカ、だっけか。

 僕を一度殺した宿敵が、木の影から姿を現した。

 

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