第4話 七瀬の『異能』

「ねぇルカ、今の……感じた?」

「感じたって、何? ミカ姉。何か気になることでもあった?」


 とある地域の屋敷にて、2人の女性が話している。名前はミカとルカ。数日前、七瀬の家を襲撃し、深手を負わせた張本人達だ。


「うん。少し遠くで、微かに霊力を感じた。あそこの方角でね」

「……あぁ、そっちの方角って確か、2日前に闇払いの一族始末しに行ったとこじゃん。ひ弱な、女の子みたいな男の子だったね」

「そうだね。そこで霊力を感じるって事は……もしかして仕留め損ねてた、かな?」


 太陽の光が微かに入るだけの薄暗い部屋で、ミカはすっと立ち上がる。

 この2人は現在、この地域で活動する際の根城として、この屋敷を使っている。どうやって手に入れたかについては……語らないほうが良いだろう。


 少なくとも、真っ当な手段で手に入れたわけではないのだから。


「まぁ、もしそうだったとしても急がなくていいんじゃない? 今は他にやることがある。そうでしょ?」

「……それもそっか。今はに命じられたことを優先すべき、だね。気にしてはおくべきだけど、急がなくてもいいか」


 そう言って、ルカは一つ息を吐く。そして、障子を開けた。

 さっ、と乾いた音が少し響く。


「それじゃあそろそろ、調査に行こうよ。日も陰ってきたし、ね」

「……めんどくさ。まだ寝てたいんだけど」

「わがまま言わない。時間は有限、だよ。あんまりモタモタしてると、主様に怒られちゃう」

「う、それは嫌だなぁ。すっごく……」

「でしょ? なら、早く行こ」


 そんな風にミカはルカを嗜め、外へと出る。

 ルカはミカに続く形で、文句を言いながらも後に続いた。


◆◇◆


「ふむ、随分と出力が安定してきましたね。やはり流石闇払いの一族。体に馴染ませるまでが随分と早いですね」

「そう、ですね。僕もここまで順調にできるとは思ってませんでし、たっ、と」

「ふふっ、私の指導力のお陰ですね。ほら、もっと褒めなさい?」

「自分で言っちゃおしまいだ思うんですけど……。でも確かに否定はできないなぁ」


 さて、あれから3日が経った日の午後。僕は相変わらず、カミムスビ様の指導の元修行に励んでいる。

 その内容は身体に取り込んだ霊力を安定して出力できるようにすること。最初はだいぶ時間がかかるかと思ってたけれど、思いの外順調に、その感覚を体に馴染ませることができた。


「うふふっ。そうでしょうそうでしょう。で、どうですか? 霊力を上手く使いこなせるようになった感想は?」

「うーん。高く飛べたりでこぼこした地形でも楽に走れたり……、なんかすごいって感じです」

「まぁ、当然の反応でしょうね。でも、それくらいは闇払いとして最低限あって当然の力ですから。むしろ次のステップからが本番ですよ?」

「マジか。こんな高い木に軽々登れて、まだ最低限……。って、いい眺めだな」


 で、僕は今、この雑木林の中じゃ一番高いであろう気に登って、軽くここら一帯を見下ろしている。

 目の前には自然豊かな林。奥には僕たちの住む街が見える。田園風景と木々の風景が上手く合わさっていて、僕好みな景色だ。

 この景色は、成長できたからこその褒美なのかな。なんて考えて少し嬉しくなる。

 

「何のほほんとした表情してるんですか。とっとと此処から降りて次の修行に移りますよ。事は一刻を争うんですから」

「んー。もう少し、もう少しだけこの景色を楽しみたいんですけど。ダメ、ですか?」

「ダメです。貴方には1日でも早く強くなってもらいたいと言ったでしょう。本当におっとりしてますねぇ。貴方」

「む、わかりましたよ。後おっとりって言わないでください。気にしてるんですから」

「事実なのだから仕方ないでしょう。それは美点にもなり得ますが、過ぎたるは及ばざるが如し、ですよ」

「……わかってますて」


 そんなやりとりをしながら木から素早く降りていき、開けたところまで移動する。


「さて、霊力もある程度扱えるようになりましたし、貴方の中に眠る異能を目覚めさせましょうか」

「やっとですね。というか、僕の中にある力はあの日に目覚めさせたんじゃ」

「あれは力をいつでも引き出せるようにしただけです。『異能』を使うには、霊力を扱えることが不可欠ですから」

「……あぁ、成程。そういうことか」


 成程。詰まるところ、いつでも引き出せる状況にあるとはいえ、その材料が僕にはなかったってことか。僕は、それを手に入れるところから始めなきゃいけなかったと。

 そんな納得したような表情を浮かべた僕を見て、カミムスビ様は安心したように微笑んだ。


「えぇ。理解していただけたようですね。で、異能の引き出し方についてですが……。貴方、今まで霊力を使う時、それを放出してましたよね?」

「あ、はい。そうですね」

「それを今度はこう、ぐっと、心臓あたりにてください。大量の霊力を取り込み、それを異能が眠る心の中に送り込むのです」

「なかなかに難しそうなこと言いますね。流し込むったってどうすればいいのか」

「そうですねぇ。ではまず自分が思うようにやってみてください。何事もまずはやってみるのが大事ですから」

「わかりました。じゃあ、行きます……!」

 

 そう言って僕は、すう、と目を閉じる。

 周りに満ちる霊力を感じ取り、深呼吸。空気と一緒に、その力も流れ込んでくるのを感じた。


 そして、その流れ込んできた力を、心臓に送って押さえ込む……って。


「ダメだっ……!」


 その心臓のところから、力が外に行こうと暴れる。

 それに耐えられずぶわっ、と体を広げ、力を外に逃す。その勢いで風がふわりと舞った。


「いやこれ難っ……! 霊力が外に出ていくの、抑えられないっ……!」

「そりゃあ無理に抑えこもうとすればそうなります。大事なのはあくまで霊力の流れに逆らわないことですよ」

「流れに、逆らわない?」

「……やはりわかりませんか。貴方、霊力を取り込んで放出する時、どうしてます?」


 カミムスビ様は少し呆れたように息を吐く。いやわからないものはしょうがないじゃん。

 そんな不満めいたことを思うけど、それを言っても意味がないので黙っとく。


「どうしてるかって言われても、取り込んだ霊力って勝手に体全身に巡ってくる感じなので、それを適宜上手く外に……って」


 そこまで言いかけて、ふと一つの結論に思い至る。

 え、もしかしてそういうこと?


「察しがついたみたいですね。そう、まずは霊力の流れるがままに任せるんです。そこからあくまでも自然に、心に流し込むのです。わかりました?」

「いや、なんとなくはわかりましたけど、あくまで自然にってそんなのどーすりゃいいか」

「これとばっかりは感覚的なものですからねぇ。貴方自身で見つけていただかないことにはなんとも言えません」

「ほんっとアバウトなんだから。でも、やってみますよ」


 よくわかんない。よくわかんないけど、やってできるようにならないことには先に進めない。だから、やる。

 さて、行きますか……!


「集中――――!」


 そうして、僕は霊力を全身に巡らせる。

 ぐるぐると、血液が回るように身体全身に霊力がかけ巡る。その流れを無理変える事はせず、流れるがままに任せる。

 ここまではいいんだ。カミムスビ様が言ってたことって、多分こういうことだから。


「そうそう。霊力が自然に身体全体に巡っていくでしょう? その巡りを無理に変える事なく、心に向かわせてみなさいな」


 変える事なく、心に向かわせる。

 それは心臓部分に押さえ込むことではないとしたなら……。

 そう考えて、ふと胸に軽く手を当てる。

 すると、巡っていた力が微かに、心に向かった気がした。


「っ!?」

 

 その瞬間、閃いたような衝撃が頭を貫く。

 そして僕はそのままぐっ、と身体を捻る。

 それは、巡る力を押さえ込もうとしたわけじゃない。身体全身に巡る力を、手から心に送り込もうとしたら自然とこうなっていた。


 やっぱりだ。感じる。心に、霊力が集まっていく。

 そして徐々に、手の中が光り輝く。


 身体の中から、想像を超える大きな力が、徐々に現れていくのが、わかる――――!


「そう、それですっ! さぁ出てきますよ貴方の力がっ!!」

「――――!!!」


 少し高揚したようなカミムスビ様の声を聞いて、僕は。

 手を、天高く突き上げた。

 そして、眩い光が、僕の周りを照らした。


 何かが、僕の手の中に収まるのがわかる。

 光が収まった時に見えたもの、それは。

 仄かに輝き続ける、小太刀だった。


◆◇◆


「あ、はは。なんという、事でしょうか……」


 カミムスビは驚いていた。

 目の前には、晴れて異能を開花させた少年が、茫然としていた。

 そしてその手には、小さな小太刀が握られている。


「まさか、これ程までとは」


 まだ彼は完全に扱うことができないだろう。が、その小太刀からは、溢れんばかりの力を感じる。それは、彼女の予測を大きく上回っていた。


「しかも、これだけじゃ、ない」


 そう。カミムスビは確かに見た。

 七瀬の中に眠っている6つの刀を。


「創造の神である私が想像もつかない事なんて、あるんですねぇ。うふ、うふふふふ……!」


 そう思うと、変な笑いが漏れてきた。

 これは正に、希望だ。


 彼は、この国の光と闇のバランスを保つ、希望。


 いやぁ。人の世は、まだまだ捨てたものではないですねぇ。カミムスビはそう思いながら、今後に期待を寄せる。

 その表情がとても生き生きとしている事に、七瀬も、本人も気づいていない。

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