第3話 修行開始

「うーん。目を覚ますことすら奇跡的な上に此処まで回復が早いとは……、驚かされるなぁ」

「あ、はは。そうですねー……いやーすごいなぁ」


 さて、僕が重症を負って病院に運び込まれてから数日。

 体調も完全に回復したということで今日、晴れて僕は退院するわけだけど、僕の体調の回復速度が異常なまでに早かったらしく、今、目の前のお医者さんに結構驚かれている。


 まあそれもこれもこの隣にいる神様のおかげだ。僕以外には姿が見えないようにしているらしいから、この人が気づくことはないだろうけど。

 曰く、「君には早く修行してもらって、1日も早く戦えるようになって欲しい」とのことで、ぎりぎり周りから怪しまれないレベルで回復をサポートしてくれていたのだ。


 まぁ、僕もいつまでも病院でじっとしてなんてられなかったし、ありがたい限りではあるんだけど、こういう反応をされるとちょっと複雑な気持ちになるな。


「まぁでも、こうして無事に退院できて何よりだよ。君のお母さんは未だ目を覚まさないけれど……」

「仕方ないですよ。これとばっかりは目を覚ましてくれるのを待たないと。命に別状はないんですよね?」

「まぁね。心拍数・脳波・体調全て異変なしだよ。そこは心配しなくて大丈夫だ。君も数日は無理せず安静にしてないとダメだよ」

「あ、ハイ。そうですね。そうします」


 すみません。この後ガッツリ運動する予定です。そう思うとなんか少し後ろめたいな。

 お医者さんは、少ししどろもどろな僕の姿を見て少し怪訝そうな顔をするけど、特にそれ以上気にならなかったのか、追求はしてこなかった。

 

「……まぁ、暫く様子を見て、体調が悪くなるようだったらまた来るように。くれぐれもお大事にね」

「はい。ありがとうございます。失礼します」


 そんな感じで問診が終わり、病院を出た。

 ふと振り返って病院の患者棟を見る。自然と母さんがいる病室がある階に目がいった。


 ―――母さん、僕が闇払いになるって知ったら、どう思うかな、なんてそんな考えが頭をよぎる。


 多分凄く心配はするだろうけど、受け入れてはくれるだろうな。昔から僕の意思を尊重してくれた人だし。

 さて、心配かけさせないためにも、早く強くならなきゃ、だな。


「さて、カミムスビ様。もう今日から修行を始めるとのことですけど、具体的に何を?」

「そうですね。それを決めるためにはまず、貴方がどれだけ闇払いについて知っているかを理解したいのですが……、どうですか?」

「んと、神様の加護のもと人々に害をなす存在を鎮めるもの、程度の認識しか」

「では、『霊力』についても全く分からないと。まずはそこからですか……。よしっ」


 そう言うと、カミムスビ様は何かを決心したかのようにうん、と一つ頷く。

 そして、遠くの場所を指差して話を続けた。


「それじゃあまずはあの裏山に行きましょうか。これからやる修行は人気のないところでやりたいですし」

「わかりました。それじゃ早速向かいましょうか」

「ええ、できるだけ迅速に。明日は学校でしょう? なら明日は今日ほど修行に時間を割けないでしょうし。ほら、早く走って走って!」

「分かってますよ……って、学校の存在知ってたんですね。なんか意外」

「当たり前じゃないですか。日本の神様ですよ? 国内で何が起こってるのか、どんなものがあるのかは概ね把握してますっ。ナウなヤングも顔負けですよ?」

「……そっスカ」


 ナウなヤングて。それもう死語っす。そう思うけどとりあえず黙っとく。やたら得意顔で言うもんだから言いづらいのなんの。

 まぁこの話は置いておいて、一先ず目的地まで走る。病院からそこまで距離もないし、入り口付近まではすぐに着いてしまえる。

 裏山の中に入ってからは、随分と鬱蒼としてるし障害物も多い。普通の人なら歩くだけでもちょっと苦戦するかもだけど。


「おぉ。現代っ子にしては随分と軽やかですね。もしかして慣れてます?」

「ええ、小さい頃から自然が好きで、良くここには来てたんです。なのでおっしゃる通り慣れて、ますっ!」


 少し木の根っこが盛り上がってたから、軽く力を込めて飛び越える。その先は上り坂。重心を前に傾けながら、足に力を込めて上っていく。


「それなら何よりですよ。闇払いは危険と隣り合わせの職業ですからね。人並み以上の体力はないと困ります。力のなさは、工夫次第でどうにでもなりますしね」

「それなら良かったですよ……っと、結構深いところまで来たと思いますけど、ここら辺でどうですか?」


 暫く走っていると、そこそこ開けた場所に出た。

 ちょっと小高い丘のようになっていて、眺めがいい。修行にはうってつけの場所だろう。

 

「そうですね。それじゃあここら辺で始めましょうか。身体はあったまりました?」

「ええ、勿論」

 

 体は快調。病み上がりとは思えないほどだ。これも神様の力で直してもらったからか。改めて驚かされるな。

 そんな僕の姿を見て、カミムスビ様は柔らかく笑う。そして、話を続ける。


「……さて、まずは闇払いとしての力を身につけるところからですね。闇払いは闇を鎮めるための力、『霊力』を使いますが、その『霊力』とはどんなものかご存じですか?」

「いいえ、全然。名前だけは聞いたことありますけど……」

「まぁ、でしょうね。なんとなく分かる気がする……と言ったところでしょうかね。理解度としては」


 そう言うと、両腕を広げ、こちらに視線を向けたまま話を続ける。


「この空間に満ちる『力』ですよ。森に、空に、生き物に。私とあなたの間にも存在する無限の『力』。その力を体に取り込み、放出することで闇払いは闇払いとしての力を使えるんです」

「なんかわかるような、わからないような。自然が持つ雄大なエネルギー、みたいなものですかね?」

「そうですね。あなた方人間は山に行くと、そこにある自然に言い得ぬ力を感じるのでしょう? それを想像していただければわかりやすいかと」


 なるほど、なんとなくわかるような気がする。

 満点の星空を見たとき、御神木を見た時。そこには確かに「何か」を感じる。それがこの人の言う、空間がもつ力、霊力なのだろう。


 それは多かれ少なかれ、どこにでも存在する。その力を用いて、異能を具現化させる、と。


「なるほど。そしたら僕はその力を感じ取って、その一部を自分の力として使えるようになれるようにする必要があると。これ、中々に難しいんじゃ?」

「そうですか? 少なくとも貴方、日常的に自然の力と触れ合っているのでしょう。それならばそんな難しいことでもないと思いますよ?」

「いや、感じる事はできると思いますけど、どうやって取り込むのかまでは……」

「まあまあ。そこは私が指南してあげますから。ささ、まずはやってみましょう! ほら、そこに座ってください」


 なんか強引だなぁ。温和な見かけとは裏腹に結構溌剌としてるよこの人。

 言われるがまま、地べたにあぐらをかいて座る。

 すると、カミムスビ様は僕の肩に手を置いた。


「目を閉じて、感じてください。心地の良い風を感じる時のように、ゆったりと……」


 その声に誘われるように、意識を深く沈めていく。

 暫くすると、体の周りに「何か」を感じた。

 僕の周りに、限りなく無限に満ちている何か。


 そっか、これが―――、


「なんとなく、わかりましたよ。僕の周りには確かに力が満ちてるって。でも、これどうやって」

「さぁ? そこは自分で掴んでごらんなさいな」

「えっ嘘。なんかヒントとかないんすか!?」

「これとばっかりは自分で掴んでもらうほかありませんからねぇ。自分の頭で考える事もこの先重要ですよ?」

「考える材料がないのにそんなこと言われても」

「んもぅ。わがままですね。そんなに難しく考えなくてもいいんですっ。自然にしていれば自ずと辿り着くものですから」


 んなアバウトな。そう思うけどもうこれ以上教えてくれなさそうだ。諦めて目を閉じ、集中し直す。

 自然に、あるがままに。そう心の中で復唱しつつ、暫くじっと風を感じる。


 心地よい風がふわりと肌を撫でた時、思わずすぅ、と息を深く吸った。

 すると、突然。


 ぶわりと体に力が満ちるのを感じた。


「っっ!」


 思わず立ち上がり、体を前に跳躍させる。

 いつも感じる数倍の速度で、風が肌を切っていく。そして。


 気づけば前に、おっきな木。


「あっっだぁぁ!!?」


 減速できるわけもなく、体が大木に激突する。

 やばい、結構な速度で衝突したみたいだ。暫く立ち上がれないまま悶絶する。


 でも、そっか、これが。


「霊力を取り込み放出させるって、ことか……!」

「ふふっ、だから言ったでしょう? 難しく考える必要なんてないと。頭で考えたってたどり着かないものもあるんですよー?」

「なんか言い方ムカつきますけど、確かにその通り、でしたね」


 少しイタズラっぽく笑うカミムスビ様を見上げながら、僕も軽く微笑む。

 まぁ、情けない格好だけれど、これが僕の闇払いとしてのスタートなのだろう、なんて、関係ないことが頭をよぎった。


「さて、とは言えまだまだですね。この力を安定して使いこなせるようにならなくては異能を目覚めさせる事なんてできないですからね。ほら、早く立ってください。修行続けますよ!」

「せ、急かさないでください。まだ、体、痛い……」

「意外とやわですね貴方。そんな事言えないくらいしごいて差しあげましょうか?」

「……楽しそうに言わんでくださいよ」


 まぁ、前途多難みたいだけど、さ。

 とにかく、ここから強くならなきゃ始まんない。そう思って、立ち上がった。

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