第2話 造化三神、カミムスビ
「……あれ?」
気がついたら、ただただ真っ白い空間に立っていた。
ここは……、どこなんだろ。全くわからない。とりあえず覚えてる限り、直前まで自分が何をしてたかを思い返してみる。
えっと確か、学校から帰ってる途中に嫌な予感して、急いで帰ってきて、母さんが家にいないから田んぼまで見にいって――――――、
「……そうだ。僕、確かあの2人の女の子にお腹刺されて」
殺されたはずだ。そう思ってお腹周りを確認する。
けれど、そんな外傷は一切見当たらない。傷ひとつなく、綺麗なまま。
……記憶違いなんてことは、絶対ない。あの痛み、身体が寒く、重くなってく感覚。全てありありと思い出せる。
「もしかしたらここは、死後の世界的なもの、なのかな?」
そう思うのは自然なことだと思う。こんな白だけの世界なんて、正直異様だ。
死後の世界なんて実在するんだ……なんて今更思わない。だって僕、霊云々とかと関わってきた一族の人間だもの。逆にないって言われた方が驚く。
むしろ、僕が気になっているのは別にある。
「そっか、僕は、母さんや姉ちゃん、親友たちを残して……」
死んでしまったのか。そう、後悔しながら呟こうとした。
その時、
「まだ死んではいませんよ」
「ほえ?」
「此処は今際。死後の世界とこの世の狭間です。つまるところ現実のあなたは、生死の淵を彷徨ってる……と言ったところでしょうか」
声が、聞こえた。
思わずその方向へ体を向けると、女の人が立っていた。
純白の着物を着て、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す女性。柔らかく微笑みながら、僕のことをじいっと見つめている。
「あ、の。あなた。は?」
「あぁ、まずは名乗らないといけませんでしたね。私は
「……いや、全然。初めて聞く名前です」
生憎、僕は日本……というか世界の神様事情には疎いほうだ。
もちろん家は闇払いっていう、神様と繋がりの深い仕事を生業としている一族ではあるけど……僕家業継ぐ気ないし。
だから、単純に名前を言われても、疑問符を浮かべることしかできない。
「あら、そうですか。一応、私は天地開闢の時この日の本に最初に生まれた3人の神の中の1人。「創造」や「生成」を象徴する、すっごく偉ーい神様なんですよ?」
「――――――すみません。無知なもので……」
「ふふっ。まぁ、民間での信仰は薄いですし、知らないのも仕方ないのかもしれませんね。今ここに偉い神様がいるんだなぁ、くらいに思っていただければ、それで良いですよ? ほら、崇めなさい崇めなさい」
彼女は高名な神様らしいけど、でもそんな風には見えないほど気さくに、朗らかに語りかけてくる。
いや、すごく神秘的なオーラがあるから神様だっていうのは納得できるんだ。でもこの話してる時の雰囲気が僕の抱く神様像とは少し違うから、ちょっと混乱してるだけ。
「あ、はは。それなら良いんですけど……、そんな偉い神様が、僕みたいな小市民になんの用で……? そういえばさっき、僕は生死の淵を彷徨ってるって言ってましたけど、まさか、お迎えに来てくれた……とかですか?」
「いえいえ。そんなことではないですよ。と、いうか黄泉の国に行ってもらっては困ります。あなたにはむしろ死なずに生きていてもらいたい。だからこうして会いに来たんですよ」
「ほぇ?」
僕に生きていてもらいたいって……、どういうことだろう? その言葉の意図が読み取れず、思わず変な声が出てしまう。
でも、目の前の神様がちゃんと説明してくれるんだろうから、気を取り直して黙って聞く。
「単刀直入に言いますね。日ノ下七瀬君。あなたの命を助ける代わりにこれから、闇払いとしてこれから来たる『脅威』と戦ってほしいのです」
「脅威……、と、言いますと?」
「ええ、どうも最近、この日本の光と闇のバランスが崩れかけているんです。何者かの手によって光の力が弱まり、闇の力が濃くなってきている。このままだとこの世界は更に混沌としたものとなってしまう。そうさせないためにも、君には闇払いとなって、この世界の光と闇のバランスを維持してほしいのです」
「何者かの手……、というと、僕を襲った人たちも、まさかそれが絡んで」
「おそらくは。君がここに来ることになった経緯は概ね把握してます。女性の二人組……ですよね?」
「はい。黒い服を着てて、妙な力を使う女の人たちです。真っ黒い何かで、僕の腹を」
貫いた。そう言おうとした瞬間、その感覚がフラッシュバックする。
あんまり、気分のいいものじゃない。ちょっと気持ち悪くなる。
「そうですね。あの2人からは、深く暗い――――――それでいて大きな闇の力を感じました。あの2人が黒幕というわけではないみたいですが、それでも深く関わっていることは、概ね間違っていないと思います」
「やっぱり、そっか。でも、どうして僕なんですか? それこそその2人にやられちゃうくらいの存在の僕にそんな大役を、どうして……?」
そう、今僕が一番感じている疑問は、これだ。
そんな重大なこと、頼むならもっと他の人、それこそもっと大きな組織のようなものにするはずのものだから。
それを、どうして僕なんかに――――――。
「確かに、今のあなたには何も力を感じませんが……、あなたには確認できるだけでも7つ、大きな力が眠っているのです」
「え?」
「その力の内容までは分かりませんが、この世界の均衡を保つための希望となりうる、強力な力が複数あなたの中にはある。だから――――――」
「僕に頼んでいる、と。でもそれが本当だったとして、その力の引き出し方なんて僕にはわからないですよ?」
「大丈夫ですよ。私が加護を授け、力を引き出す手助けをしますから。なんなら修行だってつけてあげますよ?」
「随分と、大盤振る舞いですね。神様にそこまでしてもらえるなんて」
「まぁ私、あなたの父親に大変お世話した……いえ、なりましたからね。そのお礼も兼ねて、ですよ」
「え、父のこと、知ってるんですか?」
幼い頃、突然家を出て行ったっきりそのまま帰ってこなかった父。母さんは何か知ってる風だったけど、全く教えてくれなかったっけ。
そんな親父を、この人は知ってると言った。食いつかない方がおかしいだろう。
「ええ、まぁそれなりに……。というかこの話は後にしましょう。早く話終わらせないと七瀬くん死んじゃいますし」
「そんな重要なことさらっと言わんでくださいます!?」
「言ったでしょう。命を助ける代わりだと。私はあなたを救う。その代わりにあなたは私の願いを聞く。これで対等でしょう? それで、返答は?」
……なんか、弱みを握られてるようで釈然としないなぁ。
でも、なんだかんだでそんなの関係なしに、僕の答えは決まっていたりする。
「……あの時、確かに思ったんです。悔しいって。身近な存在すら守れないのかって……。今まで、力なんてなくてもみんなのそばにいれれば、この平穏が続けばそれでいいって、思ってたんです」
ポツリと、そんな風に言葉が漏れる。
そしてカミムスビさんはそんな僕の言葉を、しっかりと受け止めるように黙って聞いている。
「でも、僕にはその力すらなかったってことです、よね。このままじゃ、大切な家族も。自然も、友達も守れない。だから、僕の答えはもう決まってます」
そして、なるべく笑顔になるように努めて、続けた。
「やったりますよ。僕の力、引き出してください。あなたの願いにも全力で答えますから」
「決まりですね。それでは、あなたを蘇生させてあげます……!」
交渉成立だ。
カミムスビさんの体が淡く光り、あたりを包んでいく。
「万物の、生きとし生けるものの血肉を、魂を成す者たちよ、今、此処に、神産巣日神の名を以て、新き命の息吹を、力を、今、与えなさい――――――!」
光が、強くなっていく。
その光の眩しさに、思わず目を細めた。
「そして、目覚めよ。闇を鎮め、常世に均衡をもたらす―――、希望の力よ――――――!」
そして、その光は最高潮に達し、僕の目を白く染め上げる。
そして気づけばその光は――――――、蛍光灯の光になっていた。
「あ……れ?」
重い体を起こして、起き上がってみる。
無機質なベッドに、白い壁……。病院の一室かな?
と、いうことはあの後、偶然誰かが発見してくれて、此処まで運んできてくれたということ、なのかな?
と、いうか、さっきまでの出来事。あれは、
「もしかして、全部夢――――――、な訳ないよね。ハイ」
「ええもちろん。隅から隅まで現実ですよ?」
夢だろうかなんて思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。
だって、その言葉を否定するように、ほら。
カミムスビさんが目の前に現れたんだから。
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