第427話 沖縄での張り込み
那覇の北東にある普天間飛行試験場。
住宅地のど真ん中にあった日本一危険な空港は、既に土地は本州政府に返還され、表向き植民地では無くなっている。
州に返還された後、基礎工事の為の地質調査で通達漏れの巨大な地下構造体が判明し、塞がれた上層階以外は爆破で破壊しただけだったので、その用途が露見してしまった。
合衆国では違法となる危険な研究がかなりの規模で行われており、地下では百万トン単位の環境ホルモンがそのまま垂れ流しで投棄されてしまっていて、お米の国との裁判にまで発展した。
当時すでに争う力も抑える力も無かった合衆国政府は日米地位協定を盾に全て本州政府に丸投げし、本州政府が沖縄へ環境保全費用の一部負担をする事で収束をみた。
沖縄の公務員は完全に縁故の利権で成り立っていたのだが、その不法投棄騒ぎの後、地域住民への補償があまりにもしょっぱかった事から、州政府からせしめた費用全額が歴史保全館(笑)に投入されたのが判明し、実際の除染や環境保全に全く使われなかった為、全世界テロのどさくさで市役所諸共焼き討ちにされてしまったのは遠い過去だ。
現在は本州軍の飛行試験場としてのみ運用されている筈なのだが、ケイ子が言うには、その地下から本体の反応があると言う。
「何かの間違いじゃないのか?」
急遽、種子島で極秘査察という建前にして、そのままお忍びで沖縄まで飛んできた。
うだる暑さの午後三時、宣野湾公園に隣接する小洒落たカフェの東向きの窓際を陣取り、背中を丸めてジャスミンティーを啜る俺とつつみちゃんの間に挟まれたスフィアで中継して、ケイ子と内緒話する。
ケイ子本体は、種子島でショゴちゃんと一緒にエレベーティングテープのメンテナンス中だ。
「寧ろ、あたしがそう思いたい」
てかさ?
「普天間は本州じゃないのか?何でこんなに外国のIDが多いんだよ」
ホントは森に潜みながら敷地内を覗きたかったのだが、警備が厚過ぎて無理だった。
人も、物も、只の飛行試験場にしては尋常じゃないセキュリティだ。
「映画みたいな潜入は無理だな。元記者か中川に頼めないかな」
「そして証拠隠滅されるんでしょ」
中川は真面目ちゃんだから下手打ちそうだな。
記者なら動いてくれるかなあ?あいつ今何やってんだろ?
さり気なく見回すと、この二十席程のカフェに涼みに来てる客も外人ばっかだ。皆ペチャクチャ大声で喋って、最近の喫茶店はこんなに五月蝿いのか?ここが五月蝿いだけか?
俺、喫茶店では静かに過ごしたい派なんだけど。
多分これ本州人じゃないIDは飛行場の職員とか関係者だな。
ピザをカッ喰らってる汗だくの肌シャツにカーゴパンツの野郎から、コーヒーでキめてるスーツにネクタイのインテリまで雑多にいるので、俺らも全く目立っていない。
因みに俺は、超高級アトムスーツなんて着てたら誘拐されるので、鮫島から貰った赤ジャージ、つつみちゃんは市販のブラウスと長丈パンツだ。
鮫島に聞いたらこれが一番目立たないと言われたので素直に信じた。
赤ジャージはどう考えても目立つ気がする。ネタじゃないと思いたい。
”やっぱ貝塚に頼む?”
つつみちゃんは喋らず、楽譜弄りながら文字のみで参加している。
新曲の準備で忙しいのに、監督責任を全うするために付いてきて下さっている。
可美村と井上が種子島でアリバイ作りで動いてくれているので、仕方ないっちゃ仕方ない。
警備もめっちゃ遠巻きで目立たないようにしてもらっている。
隣は海水浴場だし、見た感じ旅行中のボンボンだろ。
”スミレさんは何て言ってる?”
”好きにやれって。今大宮の箱にいるけど、繋ぐ?”
今日のスミレさんはライヴハウスオーナーか。
きっと気分転換なんだろう、水差さないでおこう。
”いや。いい”
サワグチん時みたいに大胆な事は今回は出来ない。
流石に、州軍の施設に急襲かける訳にはいかない。
場所も、あそこの地下はファージ異常が凄いらしく、正確な場所が分かっていないし、施設内の図面もまだ手に入れられてない。
気付かれないようこっそり入るか、隠される前に堂々と押し通るか。
何か手は無いか?
”ねえ。何か隣の人がじっと見てるよ”
くそっ。赤ジャージでは無理があったか。
あるいは、つつみちゃんが可愛すぎたのか?!
スフィアの全方位カメラで確認したら、大柄な一人客だった。
てか、スーツの女性だ。
外の景色じゃなくて、俺ら、というか、俺を見ている。
やっぱ赤ジャージは駄目じゃねえか!
ん!?
見覚えのあるパッツン前髪にまさかと思い顔を向ける。
「いつになったら気付くのかと。おや。デート中で邪魔されたくなかったのかな?」
腹に響くどす黒い声、ネチャネチャガム噛むような喋り方で確信した。
「何故居る?」
スコッチテックのグレンだ。
偵察用の無人機や外部との通信は全て切る。
今更だが、ヤらないよりマシだ。
「何故と云われても、ここは既にわたしのホームグラウンドだ。ペスカトーレを食べようが、プッタネスカを食べようが、わたしの自由だろう」
食べているのはトマト系っぽくない、ボンゴレ・ビアンコっぽいぞ。
俺も喰いたくなってきた。
これ見よがしにアサリを摘まんで、美味そうにちゅるりと吸っている。
頼んじゃおうかとメニューを確認しようとしたら脛を蹴られた。
ソールの厚いオサレサンダルなので、結構痛い。
「どなた?」
あ、はい。あれ?
ご存じないんだっけ?
そか、外見は知らないもんな。IDも外出用なのか、明らかに身分詐称通知で取得された偽物だ。
”マスカットで交渉したスコッチテックの役員のグレイス・グレンだ”
”香港に居るんじゃなかったっけ”
あれ?その情報はオープンになってないのか?
”香港は臭いし、俺らとのコンタクトに不便だから沖縄に留まると言ってた”
俺らの内緒話の隙間を読んだのか、手を差し出してきた。
「宜しくお嬢様。フラワーザック・ミアだ」
だせえ。
「痛っ」
エルフが通路越しに伸ばしてきた脚でつつみちゃんが蹴ったのと同じ場所を蹴られた。
出された手と脚に目を向けたつつみさんはソレをスルーして、溜息をつきながら楽譜に戻ってしまった。
今日の偵察はこれで終わりだな。
こいつに目を付けられた状態じゃ動きにく過ぎる。
「俺らにはお構いなく、そのパスタをゆっくり愉しんでくれ」
「問題無い。もう食べきる」
残りの半分をはしたなくかっ込んだ後、満杯のほっぺでストローを咥え、コーヒーで口の中の物をゴッゴッと凄い音をさせて流し込んでいる。
「それで?御二方はフテンマに何の用なのかな?」
ポシェットからするりと出したハンケチでお上品に口を拭った後、膝のナプキンを畳んだエルフは、秒で片付けに来た店員にコーヒーのお代わりを頼みながら、手慣れた様子で追加でデザートを五品もオーダーしている。
そんなに喰えるのか?
てか、こいつ俺らが来る前からずっと座ってたよな?
特に気にしてなかったけど、もしかしてずっと喰ってたのか?
思わずエルフの腹に目をやったら、脛を蹴られた。
今度はつつみちゃんだ。
知らん顔で楽譜とタイムラインの編集をしている。
あれ。
こいつに頼めば偵察映像とかゲット出来ないか?
だって、この辺りの上空に低軌道衛星飛ばしまくってるもん。
偵察用のも腐るほど持ってるだろ。
「ミズ・フラワーザック」
言ってて吹きそうになる。
「後で仕事について話を詰めたい。オフでない時に時間を作ってくれ」
「今聞こうか」
こいつ時間外勤務するタイプには見えないんだよな。
「なんだね?今は勤務中だ。安心してくれ」
モリモリ飯喰ってて勤務中とは如何に。面の皮厚いな。
「随分儲かってそうだな」
「オカゲサマでね」
皮肉も通じない。
「あまり聞かれたくない話なんだが」
「誰が聞くと言うのか?」
確かに、盗聴器らしき反応は皆無。ガラス越しに指向性マイクで俺らの話を聞き取るのはこのガヤガヤと五月蝿い雑音の中じゃ不可能。この環境で俺らの話を盗み聞きするのは至難の業だろう。
”試しに話振ってみて良いかな?”
”これ以上悪くなりようがないよ”
運ばれてきたデザートの山を見て、つつみちゃんが自分の分のデザートを頼んだ。
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