第428話 普天間飛行試験場

 事情は話さず、普天間の構造を知りたい旨だけ伝えたら、なるほどと頷きついて来いと言う。

 なんか女性二人が普通に出てってしまい、俺がお会計を払う事になった。

 エルフのあん畜生のオーダーが二十品近くあった。胃の容積と摂取した食物の総量が合っていない気がする。栄養は全部あの胸と太ももに即吸収されているのだろうか。


「では。行こうか」


 散歩でもする感じで、飛行場を囲む森に沿う脇道を歩いていってしまう。

 こいつのオフィスは調べたら逆方向、住居も同じ建物内の筈だ。

 どこかに秘密のアジトでも確保しているのか?


 いつもアトムスーツだから裸で散歩してるみたいな変な感じだ。

 風向きの所為か、カンカン照りなのに涼しい風が時折吹いてくる。

 なんとなくファージで感じる限りでは、森の中で冷やされた空気が漂っているのかもしれない。

 通り沿いにある住居は半分以上が空き家だが、人の気配はほとんど無く、治安が悪そうな雰囲気は皆無だ。

 そもそも、沖縄には泥棒とか盗賊は居なそうだよな。

 産業に乏しく、本州みたいに発言力の強い街が無いってのも大きい。

 俺が生まれた頃からもうずっと、厳重に管理された不沈空母なんだろう。南の玄関口って事もあって、種子島よりセキュリティが厳しいかもしれん。

 逆に考えれば、だからこそ”州政府が好き勝手できる地”とも言える。

 この間、屋久島に降下作戦やろうとしてた航空機も、確かこの普天間から飛び立った。州軍が悪だくみを補助する時に貸す場所なのかもしれない。


 この近くでアジトでも貸してもらえれば大助かりだよな。


 と軽く考えていたら、エルフは大通りから続く輸送路を森の中に入っていってしまう。

 そこからは政府の敷地だ。


「そっちは飛行場だぞ?」


 前を歩くケツに声を掛けると、いつの間にかグラサンをかけていた涼しそうな顔が振り返る。


「そうだが?」


 道路で焼けてのたうち回っていた蛇を藪へ蹴り込み、またそのままゲートへ向かい歩き出してしまう。


 つつみちゃんが俺の二の腕を掴んだ。


「この辺り毒蛇めっちゃ多いんでしょ?」


「道路歩いてる分には大丈夫っしょ」


 蛇より無人のスナイプの方が怖いなあ。

 固定カメラが大量にあるし、可動するヤツも結構な数がこちらを追尾している。流石に、近づいただけで問答無用で一般人を射殺する事は無いだろ。

 検知器もかなり多そうだ。こりゃ潜入は手間がかかる。


 結局、エルフはゲートの検問まで来てしまった。

 二、三話した後、顎で俺らを呼ぶ。


「行こうか」


 えぇ~?


 不味すぎる。

 戻る訳にもいかない。既にエルフが同伴してるとこカメラに撮られてしまって、今から戻っても”散歩してました”じゃ済まされない。

 クッソ。しっかり聞いてから判断すればよかった。下手打った。


 検問の兵士たちはちらりとも視線をよこさない。異常だ。

 止められもせずに入れてしまった俺らは顔を見合わせる。

 IDの確認はされたクサいけど、身分詐称してるのに拍子抜けだ。

 これは、罠にノコノコ入り込んでしまったって事なのか?

 イザとなったら貝塚でも何でも使って、つつみちゃんだけでも逃がさないと。


 相手が州軍の場合、役所と繋がってるから、身分詐称通知は基本意味が無い。細かく調べられたら必ずボロが出る。

 だからこんなに頭捻ってたのに、これじゃ俺らがここに興味あるってもうバレちゃったぞ。


 その後、古めかしい無人のセキュリティゲートをいくつか潜り、なんかアラートが飛んでサイレンが鳴り始めたのに、エルフは構わず中へと進んで行き、滑走路が見える建物脇まで来てしまった。

 向こうの滑走路では、俺らがいるのに離発着も普通にやっている。


 職員宿舎か?見た目ボロいけど、ちょっとした町村の役場より大きい。一階に窓が無いな。何棟かある建物の中で、使用電力がこの建物だけ桁違いに多い。かなり金かけてそうだ。

 俺らがその建物に沿って歩いていくと、裏口っぽいトコからパリッとキめたスーツのおっさんが出てきた。本州人ぽいな、背中が厚くない、軍人じゃなさそう。良く磨かれた革靴で俺らの方にテクテク歩いてくる。

 映画みたいに警備員がワラワラ寄ってくるかと、今か今かと思ってたのでずっと拍子抜けだ。


 エルフが自分の耳をつんつんと指すと、おっさんが頷いてサイレンが止まった。


「ミズ・グレン。一声頂ければお迎えを差し上げましたのに」


「正面ゲートまで歩いたら、今日の歩数のノルマを大幅に超えてしまうのでね」


「確かにそれは、健康に悪う御座いますね。処で、本日は如何な御用向きでしょうか?」


「ああ。今日は抜き打ち監査ではないよ。見学だ」


「見学」


 丁寧に言葉を反芻して、俺らを流し見る。


「そう。彼らにこの施設を是非見学させたくてね。ええと。見たい場所はもう決めてあるのかな?」


 タルそうに頷いたエルフも俺らに目を向けた。


 場所はここだ。

 丁度この建物の地下だ。

 このエルフにはバレバレだったみたいだな。


 つつみちゃんは眠そうな目で、発言する気皆無。


 つまり、俺の好きにやっちゃって良いのか?良いんだな?


「垂乳根素子をあるべき場所に返す為。先ず本人の無事を確認したい」


 全員が黙る。


 つつみちゃんが溜息をついた。

 任せるんだよね?何で溜息つくの!?




「彼女は非常に微妙な立場です」


 建物内に入ると、通路の細さに驚く、突貫で配線の増設しまくったっぽいな。天井も妙に低い。薄暗い通路を少し進み、塞がった階段の横にある下へ向かうエレベーターに乗り込む。エレベータ―内のカメラの監視を切った後、爽やかなおっさんは俺を見た。


「華山院の捕食者なんだろ?何が問題なんだ?」


 何か言おうとして息が詰まったイケオジは困った顔をして、エルフがツボっている。


「キミもそんな顔をするのかね」


「ミズ・グレン。笑い事では無いのです」


 若干怒りで強張ったそのイケオジの顔が愉しくて仕方ないのか、更に笑い声を大きくする。


「わたしには笑い事だ。対岸の火事程愉しいものは無い」


 こいつサイテーだな。


「どうだヨコヤマ。この使い方で合ってるかな?」


 合ってるけど、言っちゃいけないやつだ。


「正に其処が問題です」


 おっさんはエルフとのコミュニケーションについて、正解に辿りついたようだ。


「彼女が意識を取り戻すと、全国規模でテロが再燃する恐れが大いにあります。州としてその危険は冒せません」


 そんな事しないと思うんだが。

 てか、という事はまだ意識を取り戻してないのか?


「何故再燃するんだ?」


 おっさんが黙り込む。

 俺を見る目が変わった。


「ミスタ・オオサキ。彼は本当に疑問に思っているんだ」


 まだ笑い足りないのか、肩を震わせながら態態エルフが解説してくれた。

 おっさんは愚かな子を諭す菩薩の目になっている。


「あなた方の為でもあるのですよ?彼女はハブ空港占拠事件の首謀者の一人です。人類を地上に留める為、あらゆる手段で妨害行為を働くでしょう」


 そうか?


「前半は否定しないが、後半は賛同しかねる」


 そもそも、州政府より垂乳根の方が全然理解できる。

 こいつらは一枚岩じゃないから行動を予測しにくい。


「彼女に善意や理解があるとでも?」


 いやいや。


「性格が悪いのは知っている。敵に厳しく仲間には優しいのもな」


 おっさんは頷いた。

 ソコソコ調べてはいるんだな。実はもう意識があるのか?

 情報の抽出はヤッたのだろうか?


「何故彼女がハブ空港を占拠したのか把握しているか?」


 俺が何を言いたいのか今一分からないみたいで、応え方を選んでいる。


「動機については、対テロにおいてはあまり重要では無いかと」


「普通はな」


 知らないのか?知ってて言いたくないのか?

 こいつは誰なんだ?ここの職員名簿にはオオサキなんて無かった。


 とりあえず、誤解を生まないよう、言葉にしておこう。


「垂乳根素子がテロに参加したのは研究を断られたからだ。そして、現在彼女の研究は継続する予定でいる。彼女が邪魔をするのは本末転倒だろ」


「それは。初耳です」


 ホントかあ?

 走査系起動したい、今俺の装備はネットもリアルも固いのは靴だけで上はイモジャージしかなんだよな。

 つつみちゃんやってくれてないかな?通信したいけど、やったらバレそうだ。

 やんわりと釘も刺し始めよう。


「彼女の崇拝者はこの現状に非常に憤慨するだろう。事が大きくなる前に収束を図りたい。ああ。今後の為にも」


 エレベーターが止まった。


 開くドアから肌を刺す冷気が浸透してくる。

 そして同時に、傷んだ肉の臭いが鼻を刺す。

 猿みたいに泣き叫ぶ、狂った女の笑い声が遠くから聞こえている。


 空気と共に侵入してきたファージネットからのクラッキングが始まる。

 つつみちゃんがスフィアの音響でガードを起動したが、おっさんは咎めなかった。


「彼女への対応については、正直わたしどもも手を焼いています。事態の収束が可能でしたら、それは歓迎されるでしょう」


 ため息と共に”さあどうぞ”とばかりに、ファージ濃霧で満たされた赤昏い廊下の先の暗闇を手で指す。


「わたしの用事は済んだかな。ではこれでお暇しよう」


 俺らを押し出して上昇ボタンを押そうとするエルフの手をガッと掴んだ。


「逃さねえよ」


 最後まで付き合え。

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