第426話 てんの配剤
なんか、凄い事が起きている。
あの毒親ケイ素生物が、なんとイルカ少女の面倒を見ると言い出した。
「勿の論。条件が有ります」
「聞こうか」
九十九カンパニー本社二階の吹き抜けに作られたバルコニー、日傘付きの小さな白いテーブルセットに合い向かいで腰掛ける俺と義体の毒親の前では、幼児向けプールの中で脳幹とオタマジャクシ型アシストパーツのイルカ少女が髄液に浸ってバシャバシャ遊んでいる最中だ。多分それを見ている毒親はワザとらしく時間をかけて脚を組んだ。
因みに、今毒親は人型の義体をいくつか使用している。
このコテージで暮らすにあたり、警備の傭兵たちでは細かい配慮が行き届かず、可美村や井上がいつでも居る訳でも無いので、何かと不便だと力説され、拡張可能な義体を貝塚からレンタルした。
何故か、貝塚と同じ体型で首なしのあの銀行の時と同じタイプがゾロゾロ送られてきて、在庫処分じゃねえのか?カビ生えてないか?
微妙にエロいので、ポッド開いた途端全員の表情が凍ってしまって、俺と義体を交互にジロジロ見られながらつつみちゃんからあらぬ疑いかけられて酷い目に遭った。
貝塚が沢山いるみたいでゾワゾワする。
「垂乳根素子のオリジナルとのコミュニケーションの確立が」
「マテマテマテちょい待ち!」
ケチってた電力をぶん回し、慌てて防壁を張り直す。
「聞いてやしませんよ。ここは完全に私が遮蔽してます」
「空から丸見えだろ!」
レースの日傘に目を向けた気がする。
「具体的にどうやって露見するんです?」
俺の知る限りでは、大丈夫な気もしてきた。
「なんか、ほら、アレだ。不思議な力で死ぬかもしれないだろ」
俺は知らなくとも陸奥国府の連中は何かヤってくるかもしれない。
「あはは」
笑えるんだ。
「素子がハブ空港から剥がされてしまった現在、停滞している研究を引き継がねばなりません」
研究?
「何の研究よ?」
「御存じでは?」
何だっけ?
「記憶にないな」
聞いた気もするがよく覚えていない。
只、垂乳根素子が厄介な立場なのはよく存じている。
「彼女は今非常に危険な立場だ。要らぬ用事で危険に晒す事は無いだろ」
「緊急性はある筈ですよ?」
「言ってみ?」
俺らの微妙な雰囲気を感じたのか、脳幹子ちゃんがプールの縁にヒレをかけ、ファージを綿毛の触毛みたいに展開してこちらを注視している。
「大丈夫ですよ。ママたちは大切なオハナシをしているのです」
優しい声で語りかけた毒母は俺に指向性音声で脅迫してくる。
「笑え」
俺、口角が左右均等に上がらないんだよな。
カメラが手近に無かったので確認出来ないが、とりあえず表情筋を動かす。
笑ってる表情のような気がする。
暫くそのまま固まっていると、何かを確認し終えた脳幹は納得できたのか、また水遊びに戻った。
向かいの窓越しにつつみちゃんが中庭を見ているのに気付き、俺と目が合ったら爆笑し始めた。遮音されてるので声は聞こえない。
全く面白くないのだが、目の前でピースしてキラッとサービスしておく。
スフィアで撮影されそうになったので慌てて手と表情を戻したら、頬を膨らませて抗議してらっしゃる。
俺は今からケイ素生物と大切なオハナシしなきゃなんだ。勘弁してくれ。
「んで?」
「占拠開始日より、低軌道での大気波動の計測と、低気圧下での素材ごとの固着の経年による数値化で」
”つつみちゃん!!”
”聞いてたよ。華山院出してくるかな”
固着については聞いていたが、二ノ宮でもある程度やっている。それより。二世紀分の大気波動の計測値!もし存在するのなら、今後のメンテナンスが桁違いに楽になる。今一番情報が欲しい分野だ。
”俺ら合弁企業よ?”
”ヨコヤマくん言ってよ”
あー、まあ。俺が話した方が脈あるかなあ?
華山院は役職では動かなそうだもんな。
”まだ銚子で入院中だって。崇拝者たちも頻繁にご参拝だってさ”
まだ居たの?
どうすっか。
一応、垂乳根は手の届く所に居てくれた。
「低軌道での大気波動計測なんて、そんな長期間出来るモノなのか?」
低軌道じゃ、観測衛星打ち上げてもそう長くは飛んでられない。
ちっぽけな衛星程度では加速するエネルギーが足りなくて第一宇宙速度を下回り、徐々に落ちてしまうからだ。
「何のためのファージとショゴスだと思ってるんです?」
確かに。何百年も電源維持しながら飛んでられたのはあのハブ空港だったから。
その為に占拠して、ショゴスと同化してまで研究継続?本当に計測できていたかどうかは兎も角、凄まじい執念だ。
「計測結果は垂乳根が保管しているのか?」
「わたしが離れるまでは周辺空域のレコーズに毎日アップロードされてました」
今の世の中、真面目に気候や環境の計測を行っている組織は数えるほどしか無い。
ハブ空港の確保やらなにやらのイザコザで、集計していない期間が出来てしまったのは痛すぎる。
妨害電波とか出まくったし、ショゴスも結構殺しちゃったからな。
あの妙に広範囲を覆ってた霧ショゴスとかも意味があったのかな。
あっちの、東南アジアのネットワークに保存されてるというデータも、破損やら改ざんやら起きる前に確保しないとだ。
既に遅いかもしれないな。
兼康分体は知ってて手を出すなと言ってきたのか?
いや、それは無いか。あいつは只の虫だ。
でも、兼康本体の方はそっとして置いて欲しい的な事をチラリと言っていた気がする。
環境保存しながら数値だけ貰えれば俺ら的には大助かりだったよな。
いや、それだと垂乳根は確保出来ず、月極の協力も得られなかった。
今更だな。
幸い、今の計画ならその延長上で、ショゴスによる計測環境は構築出来るかもしれない。機能面の精査は済んでないが、スコッチテックもそれなりに貢献してくれるだろう。
今後のエレベーターの為にも、計測の蓄積は絶対続けるべきだ。
可美村から社内チャットにコメが入った。
”ホットラインで繋がりました。直ぐ応じると仰ってます”
折角の棚ボタ、期待はしたい。
善は急げ。
”直ぐ繋いでくれ”
”そこで宜しいのですか?”
あ、そか。
いや、良いだろ。
どうせ居るのはバレてる。
「ケイ子君。今から月極の華山院部長と通話繋ぐんだけど、同席する?」
「話して良い内容に依ります」
「ケンカは無し。俺が駄目と言ったらその話も無し。言いたい事は事前に許可制」
「ペナルティは?」
「空気読まなかったら減給、期限は俺の独断」
「その条件で飲みます。この子たちは」
「そうだな。席を外してもらおう」
オフィスの方で可美村たちを手伝っていたケイ母の義体たちがやってきて、プールから二匹を抱え上げ、ビチビチ跳ねて駄々をこねるのをあやしながら安全性の高い二人の自室へ持っていく。
”スミレさんに一報入れといた方が良いかな?”
”わたしが入れとく。何かあれば社内チャットでカキコするから始めちゃって良いよ”
”うぃ”
映像が出て通話が開始された途端、刺さった枝のアドレスがポポポンと送られてきた。
「この回線は盗聴されておりますね」
第一声から失礼だなあ。
って、結構気を付けてたつもりなのに、マジで盗聴されてる。
「そちらの不備では?」
こっちはダイジョブだけど、銚子の方で二十箇所くらい盗聴を受けている。
「御冗談を。回線をご用意したのはそちらです。これでは危なくて欠伸も出来ませぬ」
”すみません。全部うちの者です。切断させます”
可美村が関係各所に頭下げながら通達出しまくっている。
貝塚の衛星使わせてもらってるからな。しゃーなし。
「情報が漏れるのが心配なら、別の方法を考えよう」
減っていく盗聴先を見ながら少し黙った華山院は、頷いた。
「いえ。構いません。このまま続けましょう。そちらのお母様は初めましてですね」
義体だしカメラからは見えていない筈なのに、まだ紹介していないケイ子が素性ごとバレてる。どこかに反射してたか?
「あなたにお母様と呼ばれる筋合いは御座いません」
喋り始めてしまった。仕方ないので紹介前にカメラの画角に入れる。
「然らば、言い直しましょう。補完システム三番・ヴァージョン零点零七」
「現在一点一です」
「それはおめでとう御座います」
ハブ空港には、他の管理システムの記録は残っていたが、こいつの記録は残ってなかった、何で華山院が知っているんだろう。
垂乳根が意識取り戻してそれで聞いたのか?
「しかし、管理維持はしないのに正式リリースを騙るとは、妙ですね」
らしくないな。
「華山院。言葉遊びで皮肉を云う為に繋いできたのか?」
何か苛立って感じる。
実は表に出してないだけで、既にこの親子にはハブ空港維持には関わってもらっている。でないとショゴスもハブ空港も、管理に手間がかかり過ぎるからな。
親子の脅威度はゼロにはなっていないんだが、スコッチテックの所為で前倒しになった。今の処、よくやってくれている。
「山田副代表。その義体の外観はどなたの趣向で御座いますか?」
くっ。
「その点に関しては余計な追及は控えて頂きたい」
俺の表情に満足したのか、少し目の険が取れた華山院が肩を落とし机の上で手を組む。
「素子はすり替えられています。わたくし共が気付いていないと思われている内に取り返したい所存」
あああっ!オフラインで聞きたかった!
ホントそういうの止めて。ドコの馬鹿だよ。
”可美村”
”確認中。貝塚本社にも露見しないよう動きますので少しお時間頂きます”
ありがとう。可美村。
可美村と井上が大量に電力を使い始め、太陽光だけで足りなくなり、久々にコンテナの発電機が稼働し始める。
燃料少なかったな。足しとくか、と思ったら、窓の外をケイ子の義体がフォークで燃料を運んで行くのが見えた。
「ここで言ってしまって大丈夫だったのか?」
もう遅いけど、言葉に出しておく。
「聞いているのは貝塚様だけでありましょう」
そういう確認の取り方か。
俺らが入るまであそこは、サブコントロールルームは封印されていた。
開けた後関われる組織は非常に限られている。
貝塚、カラルンプル、俺ら、月極、あと州軍か?
それ以外の第三者も考えられる。
こいつが自演で嘘を言っているのかもしれない。
一応、貝塚や俺らも疑っているんだな。
「正にこのタイミングでご連絡頂けたのは天の配剤で御座います」
「そうか」
「一点一のミラーリングで居場所を特定して頂きたい。あわよくば、確保もお願いしとう御座います」
うん。そんな気がした。
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