第279話 ちゃんさん

 ドラフト機は俺の起きていた時代はそんなにメジャーな兵器ではなかった。

 どちらかというとトンデモ兵器に近い。

 でも、現代においてはその活躍の場はしっかり確保されている。


 航空機の中で、騒音や衝撃波を最大限に発散させる事を目的として開発されたこの兵器は、海上や地上のみを移動するショゴスの駆除に無類の強さを発揮する。

 爆音によりファージ誘導を妨害しながら、超低空飛行で音速飛行による衝撃波をもって地面を薙ぎ払うその威力は、チャチな強化装甲なら上空を飛行しただけで中の人間ごと爆散する。

 ミサイルや機銃掃射などしなくとも、飛行するだけで地上勢力を蹂躙出来る。


 残念ながら、航空機の欠点として、進路上の障害物や地上からの対空攻撃には滅法弱いので、対人戦で使われる事はまず無い。


 ギリまでステルスして攻撃地点で本気出すみたいな事も出来なくは無いが、例え超音速でもリスキー過ぎてコスパが悪い。

 そもそも、俺が起きていた当時も、ドラフト機と同じくステルス機も絶滅しかけていた。

 音波探査式防空網が先進国で整備された為だ。

 ステルス機は、レーダーからは見えないが、エンジン音は所詮ジェットなのでそれはもうシャレにならない爆音だ。

 網の目で配備された飛行型ソナーでエンジン音を検知されれば、レーダーで見えなくとも進路から速度から積載量まで、秒で丸見えになってしまう。

 一応ジェットエンジン音を抑えて揚力を活用する構造にはなっているが、グライダーみたいに完全無音航行は出来ない。どうしても音は出てしまう。

 なんせステルスなので、任務中はほとんど通信をしないから、情報戦にも滅法弱く、カナダで誤爆撃して当時ニュースになった記憶がある。まぁ、それはいい。

 今回、相手はショゴスだ。


 話を聞いて、動画を見て、資料を見て、衝撃波でイケると確信した。

 流れつくショゴスを薙ぎ払うのだけやってもらって、御残しだけ手作業で何とかすれば後は俺らで運ぶだけだ。

 浜や海底のガードに関しては、ファージ誘導でなんとかなるだろう。

 爆薬は使わないので汚染の心配も無い。

 早速今日にでも試してみようか。


”駄目だね。取り込み中だって。後で連絡入れるってさ”


 それは、仕方ないな。

 メアリさん今どこかで踵落とし決めてるのか?


 てか、そもそも、ここの連中は試したこと無かったのか?

 爆撃はやった事あるんだよな?


「今まで使ったことが無いのは何でなんだ?」


 元記者も首を捻っている。


「正に、こういう事の為に作られた航空機だね。何でだろ?あたしが知る限り話にも出た事無いよ」


 可美村が勢いよく席から立ち上がった。


「副代表。貝塚物流の代表からです」


 貝塚先生?

 如何した?


「オープン?クローズ?」


 チラリと元記者を見た。


「オープンで良いそうです」


「出してくれ」


 スフィアのカメラをセットすると、元記者が物影に避けた。

 映りたくないのか。


 壁際のホワイトボードに映った貝塚は結構忙しそうだ。

 隠しているけど輪郭周りが滲んでいる。儲かってそうだな。


「ニッチな兵器に目が無いのかね?」


 ご挨拶だな。


「忙しい処、感謝する。何か問題があるのか?」


「何故そう思う?」


 無ければお忙しい貝塚様が直接連絡なんてしてこないだろう。

 貝塚は俺の手元の資料に目聡く気付いて、胸の前で手を組んだ。


「以前爆撃の音頭を取ったのは我々だ。海岸に散った金属爆薬の燃えかす除去にコストが嵩んで島民に損害賠償を起こされそうになったよ」


 ああ。やっぱ、そういう。


「地元に兵器に詳しい者が一人居てね。フルタだったかな?その後、十年程前か、確かにドラフト機のレンタル依頼は有ったが、熊本の理解が得られなくて、許可が下りなくて頓挫したよ」


 熊本って、九州連合の元締めか?

 あそこは都市圏の大宮みたいな発言権を持つ立ち位置だった筈だ。

 フルタってのは元記者がさっき言った奴かな?良い酒が飲めそうだ。


「許可が下りればレンタルは有りなのか?」


 貝塚はあえて思案顔を造った。


「面倒事は御免だが?」


 俺がオネガイしても駄目なのかな?


「書面で残そう」


 目を瞑った。

 ああ、駄目っぽいなこの感触は。


「それでも難しいだろう。うちで保有するドラフト用機体はサステナブル燃料に対応していない。今年に入ってからケロシンが全く確保出来なくてね」


 そういうの言っちゃって良いのか?

 元記者が隠れて聞いてますが。

 ああ、半分州軍に言い聞かせてるのかな。


「航空部隊のエンジン入れ替えは大分進んだが、ニッチな機体はどうしても後回しになる」


 ケロシンてのは航空機の燃料の主成分として使われてる灯油に似た油だ。

 原油から生成して作られるんだけど、原油は生モノだ。安定供給が出来ない今の時代、この極東で原油を確保するのが凄く難しい。石油関連は長期保管出来ないもんなぁ。

 この燃料が使われる要因は、今も昔もただ一つ。安全性だ。

 発火点が高く、低温保管しなくて済む優秀な燃料は少ない。

 管理しにくい燃料はそれだけで現場から嫌われる。

 ガソリン車で戦場に行かないのと同じ理由だ。基本、ディーゼル。

 景気良く爆発する車両を使って良いのは絵面を気にする映画の中だけだ。


 普通の戦闘機に海岸を舐めてもらうのも手だけど、やっぱ威力は下るんだよなあ。

 それにどの道、ジェット燃料で環境汚染はされる。

 ショゴスに破壊されるのに比べたらマシだけど。

 


 しかし、うーん。貝塚様も、無い袖は振れないという事か。

 祭りのデモンストレーションで貴重な航空燃料使ってしまって、いざという時燃料が無かったら笑い種だ。

 あの新しい亜音速ヘリ部隊とかも、この燃料不足に対応する一環だったのかな。バッテリーには限界がある。燃料とエンジン積んだ方が出力も汎用性も桁違いなのはこの時代でも不変だ。


「どうしてもと言うなら、優先的に機体を準備しよう」


 オネガイすれば考えるよ?と。


「いや。無理を言うつもりは無い。ありがとう」


「何だ?妙にしおらしいね」


「思春期だからでは無い」


「ハハハ。手段は山ほどある。ショゴス掃除なら相談には乗るよ」


「その時は頼む」


 貝塚との通信が切れた後も皆黙り込んでいる。

 これは舞原の方も難しそうだなあ。

 そういや、俺が大宮にいた時も、サワグチ救出の時、ジェット燃料が確保できないとか何とか当時スミレさんたち言ってたもんな。

 二ノ宮が爆撃機飛ばした時は、一秒で二リットル半使われた。

 もしかしたら、青森旅行も時期によっては無かった事になっていたかもしれない。


「山田副代表。思春期なの?」


 声に笑いがジワってるぞ。


「さっきの今で、第一声ソレかよ」


 この記者、空気全く読めないよな。




”可能ですよ?”


 正直厳しいと思っていたので、メアリからのその申し出はびっくりだった。


 航空機による芝刈りが無理でも、現場の雰囲気を知っておきたくて、傭兵たちとつつみちゃんを連れグライダーで昼過ぎに向こうを出て、半日かけて南種子町の空港にやってきた。

 お忍びなので、こっちのメンバーは大慌てだろう。

 直ぐ帰るから気にしないで欲しいと現地のスタッフにコメントだけ入れて、祭り会場となる予定の門倉の浜辺に向かう。


 後ろの島崎では大規模な基礎工事昼夜問わず行われて凄い騒音だが、ここにはその音など存在しないみたいだ。

 西日に照らされた浜辺は、映画の一幕として切り取っても違和感がない。

 工事の音など聞こえないのか、身長ほども無い柔らかな波に器用に乗ると、只ひたすら右に左に滑りながら浜に突貫してくるサーファーたち。

 盛り上がる波に張り付き、砕ける波の背に揉まれて沈み、浜辺に打ち上げられるとまた漕ぎ出してゆく。

 ショゴスはまだ全然居ないのかな、海中を恐れている様子は無い。


 浜辺の木陰に座り、工事の音をBGMにして、つつみちゃんとボーっとそれを見ていると、メアリから連絡が入った。


 先につつみちゃんと二、三話してから俺と三人で話す形になり、その快い返事。


”ホントに!?燃料は確保できるのか?”


 まさか石炭ガスで飛ぶなんて言わないよな?


”ジェット燃料に関してはわたくしからは申せません。貸し出しの許可は代表代行に頂く形になります。用途や運用方法、時間等、書式が御座いますので、この場で詰めますか?”


「つつみちゃん、良いかな?」


「自治体の許可が先かなあ。番記者さんに連絡取る?」


「だな」


「あの子に話しておく。そっち進めて」


「りょ」


”一週間後なんだが、間に合うか?”


”問題ありません”


”地元の許可が取れたら又連絡する形でも良いかな?


”畏まりました。本日中に進まないようでしたら、その折には御一報下さ”


「はぁっ!?」


 つつみちゃんが驚いて立ち上がった。

 何だ!?


”どうなさいました?”


「目の前に居るって」


「何が?ショゴス?」


 つつみちゃんが指差す先、波に乗って目の前に打ちあがってきた黒いアザラシというかサーファー二匹。

 真っ黒に日焼けした肌と潮焼けした長髪のその男女は、俺らの前にボードをざっくり刺すと白い歯で笑いかけてきた。

 鮫島と古田だ。女が鮫島で南種子町の議長、男が古田でたぶん兵器に詳しい奴だ。


「この組み合わせ、外見でまさかとは思いましたが、九十九カンパニーの山田さんたちだったんですね」


 偶然な訳ないだろう。


”目の前のサーファーがクライアントだった”


”はあ”


 メアリが呆れている。


「待っていたのか」


「ねえ、本当に偶然みたい」


 つつみちゃん?


”今ログ確認しちゃった。今夜三時間だけ工事止まるんだけど、それ目当てでここでナイトサーフィン大会するんだって。二週間前から決まってたらしいよ?”


 そんな事ってあるのか。


「ここの波は、祭りの後はサンドバーが全部崩れて、危険な菌も多いし、暫く使えないですからね。今日は皆で乗り納めです」


 こんな事なら本土から元記者引っ張って来れば良かったな。


「祭り参加とその内容について、今話しても良いかな?」


 小麦色の男女は顔を見合わせた。


「前向きに検討して頂けると解釈して良いのですか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 二人とも少し表情が硬くなった。


「聞きましょう、丁度少し体を温めたかった」


 沈む夕日の中、キャンプファイヤーが始まった。




 意外な事に、炭と薪が持ち込みだった。

 潮の届かない砂浜に綺麗に組まれた人の腰ほどの高さの薪の山は、火を付けるとあっという間に安定し、穏やかな赤外線を放出し始める。

 他のサーファーたちも上がってきて、皆で炎を囲む。

 二度と同じ形をしない炎は、海と同じで見てて飽きない。

 皆、ぺちゃくちゃと好き放題話ながらも興味深げに俺とつつみちゃんを意識している。


「流木は使わないんだな」


 燃えやすそうに乾燥してるのに。

 東北の片品川でキャンプしてた時は乾いた木片を拾ってきて普通に使っていた。

 小麦肌女性の鮫島が反応した。


「ああ。見た目同じでも、塩が沁みて重い木が多いんです。燃えなくはないけど、この辺りに流れつく種類は成分も分からないと危険なので」


 そういうもんか。


 もしかすると、あっちで持ち込みの白炭以外のテキトーに摘んできたっぽい薪も、兵隊たちが選んで集めてきてたのかな。

 確かに、有毒成分や燻い煙が出たら、焼いたものが喰えなくなるもんな。


「一週間後にはショゴスと一緒に片付けます。二月もすれば綺麗になるでしょう。タイフーンの季節にはまたゴミだらけですけどね」


 黒潮に乗ったモノはまず始めにここにぶち当たる。

 そのお陰で他の場所はゴミが少ないとも言える。


「ショゴスの処理方法についてなんだが」


「ええ。危険なので見ているだけでも全然かまいません」


 優しく笑いかける女性は裏があるようには見えない。

 皮肉ではないのだろう。


「違うんだ。記者から話がいってるかもしれないが、参加すると警備費用だけで最低三億かかる」


 全員が一斉にヘの字口をした。


「勿論、当日の自分らの警備費用は自己負担させてもらう。それはそれとして、毎年人力で処理していくのは手間だし危険じゃないのか?」


 古田ではなく、鮫島が続けて口を開く。

 この兄ちゃんは寡黙なタイプなのかな?


「色々試しました。エアカッターで焼いたり、重機で均したり、爆撃したり、どれも巧くいきませんでした。効果が薄かったり、逃げられて被害が拡大したり、浜の回復が遅れたり、爆撃した時は酷い目に遭いました。アシストスーツも洗浄が手間で断念しました」


 それ系の話はさっき聞いた。

 そうか、スーツも駄目か。

 確かに、血をシミ一つ無く綺麗にするには結構コストがかかる。

 レンタルにしろ買って保管にしろ、小さな町だと苦しいだろう。


 記者から話はいってなさそうだな。


「ドラフト航空機で舐めるのは何で試さなかったんだ?」


 古田が火を見ながら苦笑いしている。

 それをチラリと確認してから鮫島が口を開く。


「爆撃の次の年、その案を出したのはご存じなんですね」


 年は、何時の事かは聞かなかったな。

 パンフにもその辺りの表記は無かった。


「予算と想定される二次被害で島中から大反対で、試験運用も通りませんでした」


「ああ」


 そこは想像出来る。


「予算を含め、計画書を作ってみた。今ザッと見てもらっても構わないかな?」


「それは、是非」


 つつみちゃんが魔法のリュックからドヤ顔で出したタッチパネルを広げ、鮫島に渡すと、古田と一緒に真剣に読み出した。


「皆と共有しても宜しいですか?」


「まだ表に出したくないかな?オフラインで良いなら良いよ」


 つつみちゃんからオッケーを貰い、皆集まってパネルを覗き込んでいる。


”つつみちゃん、もしかしてここに集まってるメンバーって?”


”祭りの運営だね。大宮とか大都市と違って島中皆顔見知りみたいなもんだろうし”


 俺からすると羨ましい人間関係だ。

 この殺伐とした時代にこんな温和な世界が朽ちていないのは驚きだ。

 きっと、防衛には莫大なコストがかかっている。

 ああ、そうか、元々宇宙センターあったもんな。

 昔から政府ぐるみで守っている島なんだろう。

 となると、怪我や死人出してまで毎年律儀にショゴスを片付けるのにも納得がいく。

 只、海岸や海産資源を守りたいだけでは無いんだな。


「これは、海底を傷めずに掃討出来るって事か?」


 古田が驚いている。


「うん。衝撃波が発生する瞬間だけ砂浜を硬くする。地中へのダメージがどの程度の被害かはまだ分からないけど、海水とショゴス以外は吹き飛ばさない想定だよ」


 古田が頷いた。


「元々、ショゴスが流れついた時点で半日と経たずに浜の資源は枯渇する。爆撃やソニックブームだと砂を掘り返してしまうのが問題だった」


「島内への被害もです。騒音も衝撃波も緩衝用ウーファーを用意して防いで頂けるのですか?」


「その予定だけど。何か問題があるのかな?」


「上手くいったとして、毎年この予算で甘える訳にもいかないのでしょう?」


 そこは俺が答えよう。


「九十九カンパニーに任せてもらえるなら、毎年その予算で手配する予定だ。それに、たぶん綺麗な殲滅は無理だろう。生き残りは例年通り手作業になる」


 古田が頷いた。


「そうだな。爆撃の時も、二回目の直前に砂に潜られて散々だった」


 あ、やっぱり?

 ショゴスも馬鹿じゃないからな。


「しかし、よく貝塚物流が首を縦に振りましたね。数年前頭を下げに行った時は梨の礫でしたのに」


 言ってなかったぞ?


”つつみちゃん知ってた?”


”ううん。それもあって嫌がってたのかな?頭越しに話を進めたらこの人たちも軽く見られて面白くないもんね”


 貝塚はそんな細かい配慮するかなあ?するか。しそうだ。


「航空機の貸し出しは舞原商事の関連会社からだ」


 サーファー全員が騒然とした。


「それは・・・、大丈夫なのですか?」


「そもそも、戦闘機持ってたのか?」


「都市圏ヤバくない?」


 ナチュラリストの認識ってそんなもんだよな。

 情報が少なすぎて、人喰いの蛮族テロリストだってのが一般認識だ。

 舞原商事も未だ認知度は低すぎるのが現状、あいつらの技術力お披露目には良い機会かな。


 ガヤガヤ始まってしまったのを鮫島が止める。


「毎年安全に協力頂けるのですか?」


「元記者も交えて、統一政府の許可とか海軍の許可も取らないとかな」


「その記者というのは?」


 あれ?

 こっちじゃ記者で通らないのか?

 あいつ名前なんだっけ?


「イシオカさん」


 つつみ様からフォロー。

 そういう名前だったのか。


「あー。みっちゃんさんか」


 みっちゃん。


”イシオカミツミね。憶えといてね”


”はい”


「あの子って記者だったの?」


 まぁ、肩書は腐る程あるんだろう。


”この際、あの女とみっちゃんさんも混ぜようか。二度手間だし”


”はい”


 あの女。

 何かいつもそこ棘ありますね。

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