第278話 祭りの準備について
こっちに来てから既に二回、祭りを体験した。
三回目の祭り参加は、正真正銘の毎年の恒例行事への協力依頼だった。
「浜追い祭り?」
「うん。円滑に進める為に町内会と交流しといた方が良いでしょ?」
俺らが向こうに一区切り付けて、放置しっぱなしだった本社にやっと戻ってきて溜まりに溜まった仕事を片付けている最中、元記者が正式なアポを取って九十九里にやってきた。
水問題解決の為に情報や伝手の提供をしてくれたのだが、交渉の前に自治体と仲良くしておいた方が良いのではないかと、世話を焼いてくれている。反感買って拗れたら面倒だから、手ごたえを確かめるのも含め、地元民に先にポイント稼ぎはしておきたくはある。
「失礼。そもそも、何で普通に仕事してられるんだ?」
「どういう意味?」
文字通りだが。
「軍法会議で裁かれるとか、裏切者として消されるとか、仲間に顔向けできないとか?」
鼻で笑われた。
「優秀な人材は何時の時代も引っ張りだこなの。あんただって、何やらかしても許されるんでしょ?」
そういうの自分で言っちゃうの引くわ。
「俺はやらかせば脳缶だ」
お茶くみがてら意味のない作業しながら近くで聞いていた可美村が超反応して目で訴えてくる。
今はスルーだ。
「あんたの賞味期限の話は今はいいよ。出るの?出ないの?」
パンフを見る。
「運営として参加するのか?」
「ううん。開会でちょっと皆の前で挨拶してもらって、祭りで一緒に暴れてもらうだけ」
問題だらけだ。
「警備は?身の安全はどう確保すんだよ」
「あんた持ち。文句ある?」
くっそ。足元見やがって。
「俺は別に、種子島がコンクリで囲まれても困らないぞ?」
「裏切るの?」
「気持ちの問題だ」
「気持ちねぇ」
可美村に絶妙な温度管理されて出された緑茶がもう温くなってしまい、味は落ちてしまったのだが、一口啜った元記者は目を開いた。
「あら。美味しい」
視線に気付いた可美村はニコリと事務的に頬笑み、意味のない事務作業に戻る。
隣で真面目に仕事してる井上は、こちらは大量のタスクをこなしつつも耳をそばだてている。
こういう話は貝塚チームとしてはめっちゃ気になるよな。
「ねぇ、山田。考えてみて?これから水源と島を取られるかも、住む場所も仕事も取られるかも、って時に、莫大な予算付けて警備しながら敵方のお飾りトップ歓待する人たちの気持ちになってみて?」
こいつから言われると癪だが、確かに複雑な心境だな。
今後の為に出来るだけヨイショはしたいけど、エレベーター建設が始まって以降、税収も人も増えてはいる、でも限られた予算で俺の警備が万全に出来るかと言われるたら難しいだろう。
実際お飾りトップなのだが、ヘイトが山ほど集まってる上、壊すと大問題になる。
「参加出来るなら、自分の警備はこちらで担当しよう」
元記者はにっこり笑った。
「神輿担ぐのにおんぶ抱っこはサーファーも廃る。協賛してくれる個人や企業はたくさんあると思う」
先にそれを言えよ。
”つつみちゃん、聞いてた?”
別室で作業中のつつみちゃんに確認。
”うん。良いけど。わたしは出ないよ”
”流石に、出なくて良いよ”
流石に。
この祭り、内容がエグい。
旧フィリピンの東の海に在るミンダナオドームと呼ばれる気圧溜まり、赤道周辺で海上に降下したショゴスは一度ここに集結する。
食糧不足により無限に増えるなんて事にはならない、ほぼほぼ餓死するのだが、毎年春になると、タイフーンによって押し出された群れの一部が千切れ、海流に乗り流れてくる。
東南アジアから日本列島に叩きつけられる黒潮は激流だ。
タイフーンの過ぎた次ぐ日には、種子島の南海岸が埋め尽くされる規模でショゴスが打ち上げられ、もう七十年近くの間、島民にとって頭痛の種となっている。
種子島南端に位置する門倉の遠浅を使い、潮の満ち引きに合わせてショゴスを処理していくのが、この島の初夏の恒例行事になっている。
その為だけに建設された門倉岬クリーンセンターは、祭り当日には燃やしたショゴスの熱量で辺り一帯がサウナ状態になるらしい。
ウエットスーツにボンベを背負って、汗と体液に塗れながらショゴスをぶっ潰しまくりひたすら焼却場送りにする。地獄のような祭りだ。
今までの最大処理量は丁度十年前の千十二万トン。
当時の映像記録を見たが、電子的に引かれたラインごとに浜に並んだ人の塊が、浜に迫るショゴスをぶっ殺しながら押したり引いたり防衛線を維持している。組ごとにカラーが違う応援の大きな団扇が浜で扇いでいて、グラップルアーム付きクレーン車が往来して、殺したショゴスをピストン輸送している。焼却場の八基ある炉はフル稼働し、噴煙のフィルタリングが追い付かずに火山みたいな光景だった。
ショゴスは適応力が高く、放置してしまうと、そこの生態系に潜り込んでしまう。世代交代が早く、薬品耐性もゴキブリ並みなので、地道な処分が一番だ。
祭りの日は正確には決まってなくて、毎年、初期の強いタイフーンの次の日が当てられる。
今回は偶々、スミレさんと地元民の会合の三日前に大量到着が予測された。
この大波に乗るっきゃないという訳だ。
”話通したよ。参加のオッケー出たけど、二ノ宮としては軍事色前面に出したくないんだよね”
その為に態々便宜上”傭兵”なんて体裁で私兵使ってるんだもんな。
何か言って欲しそうに可美村が視線を向けている。
貝塚に頼むのも有りだけど、今回は銀行発掘方式でいこう。
心証を良くするのが目的だ。先の事も視野に入れるなら、金の使い方にも拘りたい。
”警備員はカンパニーで手配する”
”りょ”
「例年の警備計画とかは見せてもらえるのか?」
「持ってきたよ。広いけど、直線で見晴らしの良い地形だからね」
用意が良いな。
さっと出てきたデータを見せてもらったのだが。
「広いな」
広い、南端の海岸線一帯がお祭り会場だ。
「そう言ったじゃん」
警備ってのは、必要な範囲が狭ければ狭いほど良い。
これじゃ全体を防衛するのは無理だな。
「それに、飛び道具以外は許可されてる。当然、刃物とか鈍器は持ち込まれるよ。そんな顔しないでよ」
俺はどんな顔をした?
「元々、参加は町内会のメンバーしか居ないし、的屋の持ち物チェックは港と会場で二段階。五人組と十二人組の部門しか無いから、直ぐ駆け付けられる体制にしとけば身辺警護は問題無いんじゃないかな?」
ん?
ああ、これか。
スクロールしちゃって読み飛ばしてたわ。
地区別抜刀隊名簿とか御大層なリストがあった。
「仲間集めないとなのか?」
「ううん。あんた友達そんないないっしょ?南種子町の組に混ざってもらう予定。良いかな?不安ならそっちから一人くらい入れるのは有りかも」
一々失礼だよなこいつ。
「そこにお前の彼氏がいるのか?」
「何で参加してもらいたいか、さっき言ったよね?」
こいつの口からは、はっきりと聞いてない気がする。
「リストの四人は全員顔が利く人たち。鮫島と古田はサーファーで、鮫島の方が南種子町の議長。たぶん計画発表会で会ったでしょ」
グライダーで種子島に行った初日、背広のおっさんが大量にいたのは憶えている。録画してなかったので顔と名前が一致しないな。
おっと。毎年の警備内容に照らし合わせた、必要最低限の見積りがつつみちゃんから送られてきた。
元記者は俺のだんまりを黙考と勘違いして溜息をつく。
「何よ。何か言いたい事でもあるの?」
「俺の警備に概算で一時間三千万かかる」
時間にもよるが、これだと一日で三から五億かかる。
小規模警備でコレだ。
只の身辺警護じゃないからなあ。祭り会場でスナイプも爆破テロもファージ攻撃も警戒ってなると、やっぱこれくらいかかってしまう。
流石に、金額を聞いて元記者も渋い顔だ。
「伝統に物申す訳じゃ無いんだが、これ、ショゴスは叩いて潰して運ばないと駄目なのか?」
同じ金で戦略爆撃機が十機はレンタルできてしまう。
「燃やせないし、爆撃だとその後海が死ぬでしょ。他に手があったら使ってるって。ああ、因みに、誘導で逃すのは鹿児島市議会から禁止されてるからね」
それは不憫だな。
「ここから流れると志布志湾直行だからね。あそこの養殖場が喰われるんだわ」
なら仕方ないのか。
「殺して燃やすしかないのか」
祭りの動画を目の端で流しながら、祭りのパンフを読む。
軽くこれまでの祭りの歴史とかも書いてある。
大量に来て処理が追い付かず、やむなく爆撃したこともあったが、死骸の処理が滞って、爆薬による汚染で海産物もなかなか回復せず、散々だったらしい。
「毎年結構死傷者も出てるんだな」
「去年は死者無しかな?ウェットスーツの性能も上がってきたし、五人組以上での参加にしてから劇的に減ったよ。被害が大きい年は脳が多い年だね」
浜に沿ってほぼ一列に並んだ人の群れが、和太鼓の音に合わせてショゴスをボコりながら戦線を押し上げていくのは、見てる分には楽しそうだ。正に人海戦術。
当人たちは必死だろう。
引っ切り無しに往来するダンプと浜に並ぶ木材用グラップルが不思議な光景だ。
大型のグラップルは、浜辺での安定性の為だろう、足回りが改造されている。
こう見ると、なんかイケそうな気がする。
「浜辺でファージ誘導は有りなのか?」
「特に禁止はされてないけど、ショゴスからのハッキング凄くて使いもんにならないよ。忌諱剤も撒かれる」
別にショゴスの誘導に使うわけじゃ無い。
「ドラフト機は知ってるか?」
「うん?交換?」
州軍でも知らないのか。
陸奥にしか無い兵器なのかな?
「ちょい待って。使えるか聞いてみる。てか貝塚が持ってるかな?井上さん」
呼ばれなかった可美村がちょっと口を尖らせている。
目を合わせず下を向いている。
不味ったか?
兵器は井上の方が詳しいからな。
「はい。可美村課長。確認宜しいですか?」
流れるようにフォローにいく井上。
コロッと上機嫌になった可美村はいそいそと貝塚物流に連絡をとった。
そつがない部下って心強いわ。
こっちはこっちでやっとくか。
”つつみ先生。お願いが”
”あの女の所に繋ぐんだね”
いや、まあ、そうなんですが。
”今回、屋久島の件で少し借りできたっしょ?安く済むに越したことないじゃん?”
この間襲撃された件以降、陸奥国府地域への接続には代表を通すのが社則になってしまった。
ナチュラリストたちにハッキングやトラッキングされるほど下手を打つつもりは無いし、電力も常識の範囲内での使用に限ってるのにこの扱い。
これはスミレさんからの首輪だろう。
やはり心のどこかで、俺があっちに行ってしまうの可能性もあるではと思っているのかな。
ただ単に言う事聞かなかったらお仕置きする口実なのかもな。
”ふうん”
あなたは何か勘違いしていらっしゃる。
でも、言えない。
言い訳は燃料にしかならないって身に染みてるからな!
一応、会社保有のホットライン用無人機からスフィア撒いてくれている。
舞原の別荘とは、一分もすれば繋がるだろう。
値切る気は無いしどっちも安くしてくれそうだけど、出来れば安い方にしたい。
安すぎてもお返しが手間になるから、費用対効果と相談して毎年の恒例行事に組み込めるかも考えないとだな。
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