第280話 ノリで鳴らす警報
午後九時、ナイトサーフィンが始まった。
俺は監視台の一角でビーチチェアにゆったりと座り、キラキラ光る波とサーファーを眺める。
波に乗ったボードは不思議なくらい速度が出てて、光に乗って浜に突進してくる。
水深や位置確認の為に、水中に入れられた色とりどりの光源に照らし出され、寄せる波自体が様々な色に発光して見える。
個性的な彩色のサーフボードに乗って、自分の起こす飛沫にエフェクトも投影して、波の上を泳ぐクラゲみたいだ。
これから三時間、この浜は光るクラゲたちの天下だ。
「アングラーフィン使ってるのか」
昼間は気付かなかったが、腕に巻いた光るバンテージみたいのを使って、パドリング中はボードに掴まっているだけで結構な速さで進む。
高いところから見ると、ボードの左右両側に光るフィンがウネウネと可動しているのがよく見えた。
バックパックは救命具関連だけでなく、バッテリーとかも積載されてるんだな。
「あら?よくご存じですね?」
参加者のポイント計算の為、浜に残って集計している鮫島は啜ったコーヒーを置いてから丁寧に反応した。
「以前、潜った時に使った事がある」
「趣味でスキューバを?」
「北関東の伊勢崎で、・・・旅行の時に」
「ああ」
意味不明だろう。
銀行発掘ん時に使った時はめっちゃ便利だった。使い捨てなのがネック。
確かにあれなら手で漕ぐより全然スピードが出せる。
スキューバのセットも二ノ宮の自分用倉庫に眠ってる筈だけど、メンテしてないしもう腐ってるだろうな。
フィンは結構高かった気がするが。
「あのフィンは高いんじゃないのか?サーフィンて結構金かかるのか?」
「勿論、シリコンでコーキングして中の伝導線がヘタるまで使いますよ。上手く使えば二月は持ちます」
知らんかった。
取説には使い捨てって書いてあったからそのまま鵜のみだった。
「アレは腕に巻けるタイプで、アングラーガントレットです。わたしたちがサーペンタって言ったらアレの事ですね」
確かに、ウミヘビみたいだ。
「スイープチェックするよー。皆びっくりしないでねー」
監視台の隣で、二トン車の荷台に積まれた巨大ウーファーに腰掛けたつつみちゃんが、浜辺に向けてアナウンスをした。
波間から歓声が上がり、ドスンドスンとベースの低音が刻まれ始めると、鮫島も悪乗りしてリズムに合わせてジグザグにエフェクトを散らしたり、グリッドを明滅させたりと光源を操作し出した。
波乗りしてる奴らもテンションが上がっているのが分かる。
「グリッドから向こう行かないでー!流されたら一回三万だからねー!」
波を求めて沖に離れ始めた一団に向け、お手製メガホンで鮫島が叫んでいる。
「サメちゃん給料日前だから負けてーっ!」
沖から元気のいい兄ちゃんが叫び返してくる。
急に深くなっているからだろう、沖の方が盛り上がりの高い波が多い。
「しょー君は重いからプラス一万ねー」
「ツケで!」
「の前に沖いくなよ!減点すんぞ!」
若干キレ気味で地が出てる鮫島、減点と聞いてその一団は必死こいて戻ってきている。
このナイトサーフィン、別に表彰とか無かったのだが、上位三名には俺の奢りでバーベキューの初めの一皿の権利が与えられている。
九十九里の特産、オーシャングレートビーフのカイノミを取り寄せたので、皆必死だ。
「さめちゃん。キャンセリングかけるよ。こっち向いて叫んで」
消音調整が済んだつつみちゃんが鮫島に声をかけると。
「はーい。こんな・・・!・・・!?」
なんか叫んでいるが綺麗に消失してびっくりしている。
「うん。おっけー」
「凄っ。ここまでノイキャン効かせられるんですね」
どや。
「まぁ、つつみ先生にかかればこれくらい、軽いもんよ」
「何でヤマダ副代表が偉そうなの」
と睨んでくるが、あのジト目は嬉しそうなジト目だ。
それに音で分かる。
久々の面白音響空間で、色々試してるみたいだ。
”よこやまクン。ドラフト航空機の効果って、サンプルあるのかな?”
”舞原が保持してるデータは商談の一環て事にして温情でさっき融通してもらった。今渡すよ”
”ありがと”
ザッと見始めると渋い顔。
「うーん」
何か言いたそうだ。
”どしたん?”
”ドラフトの衝撃波だけど、浅瀬が爆撃でベコベコになったって言ってたじゃん?”
”だな。補修にかなり時間と金喰ったって”
”よこやまクンが言ってた、海底の砂をファージで硬くしても、このままだと衝撃波で壊れて剥がされる可能性が高いっぽいよ”
なん、だと。
”確かに、そのままにしとくより百倍ましだけど、効果は薄いかな”
”何か他の手を考えないとか”
”うん”
でも、その話を振ってきたって事は。
”何か思い付いてる?”
”うん。今ちょっと試してるんだけど、波の泡の部分って音を吸ってるんだよ”
泡?白い所?
”バブルダイナミクスの話になっちゃうんだけど、水中の泡のサイズによって音響効果が変わってくるんだ”
なんとなく言いたい事は分かる。
水中を進行する音が泡の中に入った時点で、泡内部の反射率によって減衰したり増幅したりするのだろう。
”速さは同じだけど、音とは別に、衝撃波も個別対処しなきゃなんだけど。浜はスピーカーとかウーファー設置できるから良いけどさ。海底への衝撃に関しては瞬間的に海中にマイクロバブルを生成して緩衝材にするのが一番手っ取り早そう”
ちょい待ち。
”ショゴスで埋め尽くされてる環境で海中のファージ誘導?”
”海から上がっちゃったら無理だよね。あくまでも海中に存在する時の対処法。海水でダメージコントロールしてもショゴスへのダメージはほぼ変わらない筈。長時間誘導かけると対応されちゃうから、通る一瞬だけの誘導なのは変わらないかなあ”
”原理的には砂浜でも出来る?”
”水分を含んだ砂なら、気泡を作れるから出来なくはないよ。当日一発成功は無理かな。どんな伝わり方するかは試算するより計測した方が早いし正確”
「鮫島さん。音速機って種子島に常駐してるのか?」
「音速機ですか?戦闘機なら空港に防空待機してますけど」
「今スクランブルかけられたりする?」
つつみちゃんの問いを受け、少し通信している。
「エレベーター計画の責任者の要望とあらば。費用負担出来れば、出せなくはないと思います」
「御幾ら万円?」
「十分で一千万です」
無言で俺を見つめるつつみ氏。
どうぞという意味も込めて首を傾ける。
”領収は副代表で切ってね”
ふぁっ!?
”わたしが切るより可美村さん処理し易いでしょ”
”事前に相談してからにしませんか”
”うんて言うかなあ?”
この間の屋久島は大赤字だったからな。
九十九カンパニーの経理を買って出てくれた可美村は、金銭感覚のガバい俺らの代わりに会社の財布の紐をしっかり握っている。
ちょっとお祭り用に試したいからで一千万ポンと消えたら・・・、控えめに考えても烈火の如く怒りそう。
「鮫島さん。祭りに動員数増えたらマージン入ったりしない?」
言いたい事が分かったようだが、口調は渋い。
「露店の上がりは微々たるものです。例年が動員数一万六千人程、交通可能量は百倍に増えましたが、どうですかね。あまり有名な祭りではありませんし」
宣伝しても無理か。
”先生。ついでにライヴとか駄目かな?”
”えぇー?”
めっちゃ嫌そう。
”警備余計大変になるよ”
本末転倒だ。
「応援団扇係とかどうでしょう?ウルフェンの方が担いでくれたら盛り上がると思うのですが」
うちわ?
「三間半の大団扇で見張り台から扇ぎます。ファージ誘導の先導役ですね」
「「 それだ!」」
確かに、浜の映像はそんなに無いが、一定間隔に並んだ高台で扇ぐ団扇軍団が見える。これファージ誘導だったのか。
堂々とファージ動かせるし、自分らの周りだけ守るんだったら結構お手軽で済む。
スナイプ対策はスフィア飛ばしておくだけでだいたいなんとかなる。
「あれ?当日は浜辺に忌諱剤撒くんじゃないのか?」
「死骸の片付けの時は、誘導かけないと臭くて皆ダウンしてしまうんですよ」
ああ。
「試算出来た。後は飛ばしたデータ欲しいかな」
仕方ない。
可美村様にお伺いたてよう。
”可美村係長。今大丈夫?”
”っ!はい。大丈夫です”
寝ていたのかな?
ガサゴソ音がしている。
”お休み中済まない。今、地元民とコミュニケーションしてるんだが、ショゴス退治の祭りへの参加の仕方で、ドラフト機の話があったっしょ”
”はい”
”実地データが欲しいので現場で飛ばしたいんだけど、島の役員に聞いたら十分一千万だって言うんだ。でも、これはぜひ欲しいデータなので、経理の許可が欲しい”
”どうぞ。請求は本社の経理へ書面で御寄こし下さい”
あれ?
二つ返事だぞ?
”良いの?”
”はい。何か問題があるのですか?”
”いや、全く。ありがとう。以上だ”
”はい。失礼します”
「オッケー出たよ」
「聞いてたよ」
つつみちゃんは何か面白くなさそうだ。
「そんな訳で、さめちゃんお願い」
「エンジンは温まっているので飛ばせます。ガードはどうなさいますか?」
「わたしが全部やるよ。沖一キロと五百メートルで、速度指定出来る?」
「出来ます」
「マッハ一と零点九」
「二回ずつで四回転ですね。了解」
島全土で警報が鳴り始めた。
島民の皆さん、誠に申し訳ない。
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