第275話 鬼ごっこ

 表示されたナビルートを駆け抜けるだけなのだが、岩場もジャングルも草むらも谷川も関係無しなのでキツイ!

 巨人!お前毎年こんな道通ってんの!?

 三千院、ワザとじゃないんだろうな!

 サワグチはルート以外にも、必要最低速度とか、後ろの巨人との距離や速度も表示してくれているのでめっちゃ助かっている。ペースメーカー付けてアスレチックマラソンしてる気分だ。

 チラリと目端のウィンドウを見る。

 バックカメラで確認できる映像はまんまホラーだな。

 周りに生き物の気配がゼロで、降り積もった墨の所為で人工的な庭に見える。出来の悪い悪趣味な遊園地を歩いている気分になる。

 こういうアトラクション作ったら人気出るんじゃないか?

 食人族とかコボルドとかショゴスとか、追い立ててくる脅威には困ってないから現代人には食傷気味かな?公園は大宮に沢山有ったけど、遊園地ってあるのかな。

 極彩色の民族衣装を纏った女巨人が、瞬きもせず巨大な目を見開いて、地に足を付けずに踊りながら高速で迫ってくる。

 高速といっても、時速三十キロいかないくらいだが、山道アスレチックでこの速度は脅威だ。

 稲葉山で機動装甲に追われた時程の絶望感は無いが、一度でも転んだら御破算になる。踏み外したらどうしよう、誤作動したらどうしよう、目の前の一歩一歩に恐怖心を感じる。

 アシストスーツがぶっ壊れないよう祈りながら、自然と丁寧に動かす。

 奴より速く走って離れすぎてもいけない。

 諦めて追ってこなくなったら困る。


 輝いていた道も、天柱石から一キロも離れると全く光らなくなり、上からのどんよりした日光だけが視界を確保する光源だ。

 メアリたちの演奏も光と共に消え、常に目の前から聞こえるつつみちゃんの安定のベースだけが俺のトランキライザーだ。

 崖に挟まれた谷川を跳び越えた時、付いてこれるかと少し速度を緩めたら、空中を普通に滑ってきてドン引きした。

 素直にルートを追って来てくれるだけ救いか。

 これが肉食獣だったら、途中で消えて先で待ち構えて襲って来る。

 そこまでの頭が無いのか、あるいは、墨霧の中に入るのが嫌なのか。

 俺が直ぐダウンするって考えてるのかな。

 流石に、何も考えずに追ってるって事はないだろう。

 二人だけになって気付いたのだが、こいつは影絵の元の本体からあの音を発していた。

 あの骨に響く長めのブザー音だ。

 ノイキャンの性能が一定距離毎に浮いてるスフィア頼みになり、どうしてもカバー仕切れず浴びてしまう。

 石から離れるにつれ、音は大きくなっていく。不安感を煽るその無機質な爆音は、明らかに身体に悪い。普通に聞いたら耳がぶっ壊れそうだ。内臓が音に揺さぶられて震えているのが分かる。

 アトムスーツのノイキャンで気休め程度に身体は防御してはいるが、アシストスーツとか靴は大丈夫だろうか?音波の破壊検査なんて限界値計測した事無いからな。

 ファージ誘導で真空作りたいけど、これだけ激しく動くと維持が無理だ。

 そもそも、外部誘導は危ないかな。こいつが反応して警戒してしまう。


”うーん。どうしよ”


 何かつつみちゃんから許可申請来たのでオッケーしたら、サワグチから文字チャット。

 お。つつみちゃんが部屋立て直して招待してくれたな。

 てか、別部屋?


”何だ?”


”太鼓岩の先、足場が全部泥炭化してる箇所がある。飛び越えるのも無理、その重さだと沈むよ”


”画像出せるか?”


”ほい”


 地図上の太鼓岩の先は、水源が多く、そこに炭が積もってヘドロ沼みたいになっている箇所が多い。なんか、池の上とかルートが有るんだが。これ炭無かったら走って誘導出来なかったな。

 いや、そもそも、墨霧無ければこいつは難儀してないか。


”問題無い。イケる”


 これなら多分大丈夫だ。


”警戒されるから外部誘導駄目だよ。どーすんの”


”何をおっしゃるうさぎさん”


”あんたそれ言いたかっただけでしょ”


 サワグチのアタリがキツイ。


”まぁ、ダイジョブなんだね?ファージで翼作ったりしない?”


 何故それを知っとる?

 最近の女子たちのコンプライアンスはどうなってんだ。


”ソレに関しては問いただしたいが、大丈夫だ”


”信じるよ”


”任せろ”


 ルートに沿って真っ黒な小山を登りきると、目の前、山の中腹にぽつんと真っ白な塊が見えた。

 岩か。あれだけ墨が積もっていない。アレも何かが守っていたのか?

 ルートは岩の脇を抜ける感じでグネグネと真っ黒な森に向かって消えている。森の中を抜けていく事になるな。

 あの辺りが水場が多い箇所か。


 音による振動は既に全身を蹂躙し、めっちゃ身体に悪そうだ。

 心臓が時々コポコポいっている。

 アシストスーツの圧力弁が時々空回るので、グリコーゲン主導に変えた。

 これは長持ちしない。このままブザー音が強くなり続けたら困るな。


 太鼓岩まで一気に滑り降り、スピードを殺しながら後ろを確認すると、女巨人は俺でなく岩を一目散に目指しているのに気付く。

 勘違いかと思って止まって確認。

 振り向くと、巨人は岩の上で空を仰ぎ跳び上ってはしゃいでいた。

 ドスン、ドスンと衝撃が身体を突き抜けてゆく。

 あの岩が増幅させているのか?

 スーツも身体も持たなそうなので少し離れる。


 離れ始めた俺に気付いた精霊は、また俺を追いかけ始めた。

 スピードがあったので時間も十分余裕が出来た。

 このまま俺とスーツが壊れなければ笛が位置につく前に神社まで抜けられそうだ。


 気持ち、奴からの圧が弱くなった気がする。

 気のせいか?


”次の林抜けた辺りから始まるよ。炭と水の深さは表示するけど、強度はお察しだから”


”十分だ”


 念の為スピードを上げたいんだけど、ついてこれるかな?

 止めとくか。沈んだら考えよう。


 薄暗いトンネルの中、どうあがいても跳びこせない炭のグラウンドが目の前にグリッド表示され近づいてくる。


 頼むぞ!マイビンガム!


 踏み出す一歩に集中する。


 接地の一瞬だけ、スパイク付きのかんじきに形状を変化させる。


「うぉっ!?」


 第一歩!

 沈まない!


 沈まないんだけど。足裏が粘り付く!


 跳ね上げた泥炭を巨人が嫌がって避けながら追いかけて来ている。


 三歩目からは形状を少し変えて、スパイクは爪先近辺だけに、踵付近は接地面を少なくした。

 イチョウの葉型の足跡がシミ一つない墨のグラウンドに増えてゆく。


 巨人は遊びのつもりなのか、俺の足跡を踏むフリをしながらドスンドスンとリズムを刻む。


 薄暗いトンネルに差す木漏れ日が一瞬だけ巨人の顔を照らし、その表情が見えた。思わず振り返ってしまう。


 くっきりと照らし出されたのは笑顔。


 神像が見せるアルカイック・スマイルとか高貴な微笑みとはほど遠く、巨大な目を細め、黄ばんだ牙を向き出し、髪を振り乱しながらニタニタ笑うその様は、人造の彫刻とは違う、見る者の事など微塵も気に掛けない芸術的な狂気を感じる。


 笑っているのか。


「楽しいのか?」


”うん?”


 息継ぎの隙間に声に出したら、つつみちゃんが反応した。


”いや、こっちの話”


”うん。気を付けて。その辺りから結構深い所続くよ”


”大丈夫。見えてる”


”その靴どうなってんの”


 サワグチが呆れている。


”ふふん”


 タコよ。否。ウィリアム!感謝する。


 武器の携帯こそ無いものの、アトムスーツにアシストスーツ、バックパック予備も積んでる自重は百キロ近い、ビンガムの拡張できる容積には限界があるので、止まったら流石に沈んでしまうだろう。

 スピードはもうちょい落としても沈まないな。

 流れがある所は積もった炭が薄いから要注意だ。


”もう少し、あと二百メートルで危険地帯抜ける。斜面に沿って蛇行するから、滑らないように”


”了解”


 慣れると楽しい。

 水の上を走る気持ちを作る。

 右足が沈む前に左足を出す。

 左が沈む前に右。

 古来より伝わってきた水上走法だ。


”遊んでないで。真面目にやりなさいよ!”


 ソフィア!?

 何故分かる!!

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