第274話 綻び
直線距離だと海岸の神社まで十キロも無いが、三千院の監修の元作られたルートは山の谷あいを蛇行し、倍以上の距離に伸びている。
罠だと思っているのか、道が通ったのに気付いている筈なのに入っていこうとしない。
メアリへの攻撃は目に見えて甘くなっているから、もう一押しな気がするんだよな。
さっきまでずっと北に逃げようとしていたのが、今は完全に警戒して、石に留まりたがってくっついて離れなくなってしまった。
具現化した女巨人の方も、ギョロギョロと巨大な目をあちこちに凝らし、自分の気持ちも理解していなさそうだ。
「足りないね」
胡坐をかき頬杖をついた三千院が曲の合間を縫って呟く。
メアリも同じ考えみたいだ、曲に悩みというか、戸惑いというか。遣り切れなさが指と音色に出ている。
”あたしでキーボード入れてみる?”
そういや、サワグチはピアノ弾けたな。
音源によるファージ誘導も出来るのか。
羨ましい。
”追い立てるのは良くありません”
”ならどーすんの?”
俺もサワグチも、コレを神とは思っていない。
人工知能。
俺らに対して感覚器を表現してるという、豊かな表現アセットを育ててきた長寿のプログラム。
どうすれば動く?
恒例行事の行脚から理不尽に隔離され、お前はここから逃げ出したくないのか?
ああ、そうだな。
もし、こいつが生き物だとしたら、一つしかない命を初めての試みにベットする瞬間は躊躇するだろう。
逃げるべきか、留まるべきか。
崖から躊躇なく初飛翔出来る鳥はそう多くは居ない。
ソフィアが創り出す俺らのステップに感化され、踊らされる巨人は、一見おどけて楽しそうに動いているが、怒りと哀しみを内包して、この空間みたいにどんよりと曇った雰囲気を発している。
違うんだ。
ステップってのはそんな踊らされる悲しいモノじゃない。
楽しくて、愉しくて、勝手に身体が動いてしまうものなんだ。
「笛入れようぜ」
この構成は硬いんだ。
手堅く、どっしりとして、遊び処と隙が無い。
ソフィアみたいに踊り慣れてないと窮屈に感じる。
実際、俺は踊らなきゃみたいな圧迫感が凄まじい、この攻撃を受けている人工精霊のストレスは言わずもがなだろう。
「舞原が出来ただろ。もう起きたんじゃないか?」
篠笛でピーヒョロするだけで明るくなる筈だ。
「舞原様はライブで見てます。繋ぎますか?」
井上が回線を開く。音声は出てないがカメラ映像が来て、集中治療室のベッドで舞原裕子が何か指示して、周りの奴らがバタバタしているのが映った。
ここに下ろすのは危なすぎるよな。
そもそも動けるのか?
”時間無いよ?日没まで後一時間無いよ?”
いくら可愛いからって野生動物に餌付けする訳にはいかない。
そこは絶対だ。南極のペンギンはその所為で絶滅してしまった。
うちの準社員のケイ君くらいになれば兎も角、こいつに人の作った電気なんか与えたら悪い結果しか産まないだろう。
リミットは日暮れまで、光量によってはもっと縮まるかもしれない。
”つつみちゃん。遠隔で誘導って出来んの?”
”病院からは無理だね。音なら出せるけど、それだけ”
”船だな”
”船まで来てもらおっか”
同時にチャットカキコして思わず二人して笑みが零れそうになる。
「井上。舞原は動かせるのか?」
これには可美村が応えた。
「可能です。直ちに演奏の用意があるとの事です」
「ヘリで電源艦まで向かってもらってそこでやろう。んで、ここまで誘導で繋ぐ。したらこいつも安心するだろ」
連絡を取っている間も俺らのライヴは続いているのだが、何か変化を感じ取っているのか、攻撃を止めた人工精霊は何故かステップの模倣を頑張っている。攻撃では無く、こっちに興味を示し、俺らの走査を始めている。
「ヘリは音が大きいので、グライダーで向かうそうです。ベッドごと移動で、港で乗り換えるので電源艦到着まで二十四分」
長いな。
「メアリ、こいつが気付いたとして、三十分で海まで出られると思うか?」
「無理ですね。誘導が環境依存してます。移動はファージごとになります」
「現在南東風速四メートル、風に乗っても時速十五キロもありませんね」
駄目だ。間に合わない。
追い立てなきゃ良いのか?
「メアリ。勝手に追って来る分には補助して問題無いんだろ?」
何をするのか気付いたメアリが俺に振り向く。
「何をするつもりですか」
知ってて聞くなよ。
”ソフィア。もう安定してるだろ?ちょい離れるぞ”
”つくづく馬鹿ね、勝手にすれば?”
”ちょっと!スタンドプレー禁止!”
”つつみちゃん。ここは外しちゃいけない処だ”
ステップを止め、割れた墨の海に続く金色の絨毯へ踏み出す。
苛立ちの抗議が籠ったベースを背中に浴び、思わず首を竦める。
防衛を切ったが攻撃は来ない。人工知能は追ってこない。
何だ?
俺の事も罠だと思ったのか?
「あっはっはっは!」
出口で声に出して笑ったが反応しない。
完全に警戒している。
無駄に知能が高いのも問題だな。
「フィーツー。何か面白い話しろよ」
「何であたしなの」
「今一番暇そうだろ?」
「失礼なやつね。ここから離れた後、サポート要らないかな?」
「ごめんなさい」
むくりと立った三千院が頭をリズムに合わせて振りながら近づいてきた。
「小話なら得意だよ!」
いやな予感しかしないが、この際何でもいい。
「よろしく」
「メアリ君は毛虫が苦手でね」
「知ってるよ」
初見で既知。
「あ?そうなの?元は聞いた?」
「それは、聞いてないな」
カッとメアリの熱量が上がる。
「か、ねぇや、す~っ!!」
アドレナリンの過剰放出でブルブル全身が震え出している。射殺したそうに三千院を睨む。
”まぁまぁ、メアリさん。ここは精霊様の為に”
ぶっちゃけ知りたい。
”良い訳無いでしょう!だからあなたは!”
なんかごちゃごちゃ長文が始まったのでチャット部屋から退席した。
「聞こうか」
俺は既に小話のテイスティングする体勢に入っている。
「以前、小春日和に柿の木の下で、公主にお話を読んであげていてね。気持ちよくて二人してうたた寝してしまったんだ」
「ふんふん」
「鼻っ面のしっとりとしたくすぐったさに、公主に悪戯されたのかと目を開けると、一生懸命鼻を登ってくる可愛い毛虫とこんにちはだ」
なるほど。
「それは凄い悲鳴だったみたいで、跳び起きた公主は少し粗相をしてしまったみたいだよ」
あの怖がりようは、まぁ納得できる。
のじゃロリが漏らすほどデカい声で悲鳴を上げるメアリは。
凄く見てみたくはある。
「公主はドヤ顔で嬉々として語ってくれてね。”うちのメアリも可愛い処があるじゃろう?”ってさ」
メアリが叫びながら、無駄なファージ誘導を使いまくり、三千院に危害を加えようと圧力をかけるが、この炭の塊は今度は喰らいたくないらしく、曲に合わせて合いの手を囃しながら器用に避けている。
真っ赤っ赤になったエンジンブロックが悲鳴を上げ、恥ずかしがりながらも演奏を止めないメアリと、おどけているのか必死なのか判断に困る三千院がなんかミスマッチ過ぎて、息が自然に漏れる。
「くっ」
ギョンと、目を剥いた女巨人が、俺をターゲットした。
何だ、ちゃんと反応するじゃん。
「はっはっはっはっはっ!」
やればできるじゃないか。そうそう。信じていたよ。
完全にトラッキングされた。
凄い速さで近づいて来る。本当に時速十五キロかぁ!?
「そら!走った走った!」
言われるまでも無い。
「フィーツー!ナビ宜しく!」
つつみちゃんからチャット入室に弾かれたので声で頼む。
「ふん」
鼻を鳴らしながらも、しっかり安全設計が為された綺麗なナビルートが作成されていく。
コレなら俺は走るだけで済む。
巨人と一体化して踊りながら迫ってくる精霊がなんか必死なんだろうが、おかしくて。
「あっはっはっは!」
腹がよじれて力が抜けそうになった、いや、これは良いリラックスだ。
ステップを踏んでいる時にほぼほぼ落ちた泥炭が、まだ脚に少しこびり付いていたので、スキップしながら爪先で地面を蹴って落とす。
アトムスーツの吸気系、アシストスーツのコントロール権もしっかり俺に戻ってる、靴ソールの流動チェックも問題無し。
止まらぬ笑いに既にもう息苦しく感じながらスタートを切った。
二十キロ山道鬼ごっこは辛い。
早く来てくれよ!舞原!
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