第273話 天照

「電源は良いとしてさ、どうやって墨の中に道作るの?黒い霧の中で隔離空間作るの手間だよ?」


 ソフィア君から質問。そこは大丈夫だろ。


「この環境が維持されてる方法を利用する」


 多分、流用できる。


「はあ?観察から始めるの?日が暮れちゃうんだけど」


「まぁ、見てろって。ナビするんでスタンバっといて」


 維持方法は至極単純だ。今この女巨人がやっているのと同じ方法。空気中の水分と塵っぽいモノを使って骨組みを組んで墨霧をシャットアウトする。

 この山の周りを覆うようにダムの堰き止めに似た構造体が大量の水分と空気を含んで囲んでいるのは、ナチュラリストがよく気体移動とかで使う、繭玉に似た技術だ。

 堰き止めるのは気体だから、頑丈さはそんなに必要無いのだろう。

 風が弱いのが幸いだ。この構造だと強風には耐えられない。

 電位差が無くなり浸食された部分は壊れて積もっていく。でも、この綺麗な霧の区画から元気な骨子がどんどん補充されていってるから、維持されてるけど、日が暮れたら不味そうだ。

 高度が維持出来ないのか、上から少し入ってきてるな。それが分離されて、発電の邪魔にならないよう植物を避けて地面に積もっている。

 現状、墨霧を操るコントローラーたちと、天柱石に停留してる大女で電力を取り合ってるんだろう。

 コントローラーの電力はどこから融通しているのだろう。

 判明してもここからじゃ対処は難しいか。


 兼康分体のコピーが提示した進行予定ルートを照らし合わせる。

 一応、北に向かうっちゃ向かうが、結構曲がりくねってる。

 真っ直ぐ通せないのか?


「三千院。ルートの根拠は?」


「冒険者の勘さ!」


 一番頼りにしちゃいけないやつ。


「冗談だよ!そんな顔しないでくれ!この島は長年、統一政府や都市圏が手を入れるずっと前から舞原商事が調査していたんだよ!」


「三千院様」


 メアリが威圧してきた。


「そうだね。今すべき話ではないね。でもこの山田副代表を納得させる大きな要因さ!」


 のじゃロリがこっそり調査してたのか。

 トラブル対処や手慣れた運びも、想定内だったのかな。

 あー。屋久島の開発に関して、俺の昔話ついでに案件刺し込まれたのは調査続けたいってのもあったのか?

 上手く踊らされた気もするな。

 研究施設とか病院は頭痛の種だったのかな?

 舞原裕子の分体も捕まってたしな。


”スフィアは霧の上のルート上で良いんだね?”


 つつみちゃんから確認が来た。


”よろしく”


 時間を考えると、そう何度も失敗は出来ない。

 日が暮れるとこの人工精霊が電力不足で消失する可能性がある。


「メアリ。島全体の墨霧の無力化は同時進行出来ないか?」


「船が利用出来れば電力は足りますが、やらない方が良いでしょう。御身体が逃げられると勘違いして、徐々に薄くなっていく炭に突入して消える恐れがあります」


 それは困る。


 通り道の穴開けてしっかり逃げてもらってから収束させるしかないな。


 俺がやろうとしてる事に気付いて、ソフィアが渋い顔で頷く。


「ああね。ここに浮いてる水分を伸ばしてくのね。あんまこっちのいう事聞かなそうなのだけど」


 伝播率強化の為、アトムスーツの中でソフィアの筋電位が可視化されているのを確認する。勿論本人に許可は取った、でないとスナップの効いた連続蹴りで俺のケツの穴が痔になるからな。


 ん!?


”ソフィア?脱ぐのか?”


 メットを外し、髪を振り解すと、スーツを脱ぎ始めている。


”一々ヤらしいのよ”


 アトムスーツを脱いでアンダースーツのみになってしまった。

 この空間は吸気に問題無いとはいえ、人工精霊は非常に攻撃的だ。危険過ぎる。

 守り切れるか?

 無責任な自分の発言に冷や汗がじっとりと背中を覆う。


”あんたが踊れって言ったんでしょ。アトムなんて着てたら直ぐ疲れちゃうわ”


 なんか済まん。


 心臓のギアをじわりと上げ、血流量を滾らせながらキャットウォークでゆっくりとメアリに近づいて行くソフィア。普通に歩きながらもその内側では全身の筋肉をストレッチしている。上下、左右、末端から丹田へ、その逆、可視化されたその流れる電位移動は芸術品だ。

 ソフィアのファージ誘導技術は謎が多い。潤沢な大電力の元、行使される大規模誘導はかなり美味しい。イロイロな意味で良いデータが取れそうだ。


”あんただけ動画保存禁止ね”


 殺生な!


”弟子に教える気が無いのかっ!?俺は悲しい!”


”不純な動機が透けてるのよ。動画以外は良いわ”


 俺のささやかな反論は赦されず、拍子の無い力強い和琴に合わせて無軌道なステップを踏みはじめる。

 一見アトランダムに感じるその和琴の独奏は、ピアノの調律に似た規則性も感じる、単調に弾ける和音のリズムは何故か聴いてても飽きない。

 何かが高まっていくのを感じる。


”お待たせ。ルート上にスフィア設置完了。こっち側から整備始めるよ”


 ステップの最中、ソフィアが返事代わりに片腕を振りつつみちゃんに応えた。 

 頷いたつつみちゃんが声を掛ける。


”メアリさん”


”いつでもどうぞ”


 この天柱石から北の浜辺にある屋久神社まで、ルート上の上空に並べられたスフィアたちの冷却フィンが出力を上げていく。

 細密なベースのピッキングに連動し、高出力の電磁波照射の為にコンデンサがみるみる過熱していくのがつつみちゃんの走査データから見える。


”すり、とぅ、あんぇ。ふぁいあ”


 鼓が拍子を打ち、メアリが一瞬の間を作る。


 不敵に嗤ったソフィアに超反応して、女巨人の周りから光る触腕が吸い寄せられる。

 ソフィアへの接触が開始される直前。

 広げた両手を頭上高く交差させ、ブワリと金色の長髪が広がり、後光を纏ったかの如く、髪の一本一本が眩しく輝く。


 ソフィアへのハッキングは開始されなかった。


 全ての攻撃はその意志に反してソフィアを避け、高速ですり抜けてゆく。

 黄金の流れは力を持ち、渦巻き、踊らされ、大きな大気の流れが形作られていく。

 無軌道に舞っていた影絵たちが反応し、女巨人にエネルギーが収束する。


”ソフィア!”


”黙って見てなさい”


 荒々しい怒りに任せて首を振り、爛爛と輝く巨大な瞳でソフィアを威圧するその巨人は、高輝度のライトに炙り出された中で負けずに実体感を強めていった。


 いくら攻撃してもすり抜けて到達出来ない接続端子に業を煮やし、意味も無く振り下ろされたその巨大な拳がソフィアに当たる前に霧散する。

 悔しくて悔しくて。空を仰ぎ雄叫びを上げているのか?


 最早豪風となった金色の竜巻に全身を削られながら、巨人が吠えた。


 天柱石を中心に発生した短い衝撃波は墨の壁に反響し、音声となって俺の鼓膜を叩く。


「ごぉおおおおおおおおっ!!」


 苦し紛れに振り上げたもう片方の拳がソフィアに振り下ろされる。


 ニヤニヤと小馬鹿にして笑っていたソフィアがぴしゃりと動きを止め、貌と、片腕と、意識を北の墨壁に向ける。


 巨人の意志など微塵も受け付けず、力の流れが轟き、うねり、巨大な波となって真っ黒な闇にブチ当たっていった。

 豆腐でも潰すかの如く、墨の海が凄い速さで大きく割れてゆく。


 巨人も何が起こったのか理解できていないのか。

 動きを止め、黄金の道とその割れた墨壁の上に続く蒼い空を見つめている。


”かなり頑固な子ね。コントロールを寄こさない。海まで道を維持する水が足りないわ”


 見た感じ完全にコントロール出来てそうだが、墨が浸食してこないように骨子を作る為の水分が全然足りない。ルートの工程はまだ半分もいってない。


”空気中は駄目ね。地表のを吸い上げるわ。足りないからあんたシンメトリーしなさいよ”


 地表?ああ確かに、地面はかなり保水してる。

 巨人のガードも甘いな。


”よこやまクン”


 俺?


”え?俺?シンメトリーって?”


”メアリの左右であたしと阿吽すんのよ。早くして!”


 無理なんじゃが。


”あたしの筋電位記録してるんでしょ。随意筋にトレースすんの”


”え?よこやまクン。フィフィの電位見てるの?”


 つつみちゃん様。今それ反応するトコですかね?

 あ、止めて。汚いモノ見る目で見ないで。これはしごと、いや、崇高な学習なんだ。


”慣れるまであたしがサポートするわ。アシストスーツの権限寄こしなさいよ”


 生殺与奪まで委ねろと。


 ソフィアがハッキングされたら俺も即死だ。


”ほらよ”


 アシストスーツの権限移譲は初めてやる。

 いつへし折られても不思議じゃない感覚は、いくらソフィアでも肝が冷える。


”はぁ!?”どうぞお使い下さい”でしょっ!”


「宜しければご活用下さいませ」


「わっ。分かれば良いのよ」


”早くしてください。スフィア伝手に電源艦に興味を示し始めてます”


 やっべ。

 メアリさんこの部屋にログインしてるの忘れてた。

 やり取り丸見えじゃんよ。


 自分の意思とは無関係に、アシストスーツはメアリの前に飛び出し、中身の俺ごとリズムに乗り始める。

 随意筋にトレースとかいうレベルではなく、俺の筋肉までいつの間にかソフィアに操られてしまっている。

 完全にシンメトリーで対になって踊る俺らに感化されたのか、メアリがテンションを上げた。攻勢を強めるメアリに威嚇はするものの、巨人は完全に及び腰になっている。


 手足が、身体が、メアリの織り成していく魂と一体化するのが分かる。


 これがソフィアのダンス。

 見てデータ再現するのとは桁が違う。


”誘導は一度しかやらないから。憶えなさいよ”


”無茶言うな!”


”失敗したら、あたしら秒で溶けるからね”


 くそっ!くそっ!


 強固になっていくソフィアの誘導が、辺り一帯の地面から目に見える程の雲を噴出させ、湧いた傍から黄金の道に吸い込まれてゆくのが分かる。

 勢いを取り戻した道路建設は墨霧を割り裂き押し潰し、海までの黄金の道がぬるぬる敷かれていった。


「良いねえ!良いねえ!盛り上がってきたじゃないか!」


 欠損した筈の手がもう生えている三千院が立ち上がり、囃す。

 ボロボロと飛び散る炭の欠片が風に流されながらも隔離され、地面に落ちている。


「兼康っ!余計な仕事を増やすな!」


 ファージ隔離されてる筈の三千院がべしゃりと潰れるように倒れた。


 メアリさん怖。

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