第271話 罪の有り処
州兵も職員も患者たちも、殆どがとっくに死んでいて、残ってるのはここにいる六人のみ。
皆、墨色の空気に殺されてしまった。
炭素粒子が細かすぎて生半可なマスクでは意味無いし、気密しても隙間が少しでもあれば入り込んでくる。
ファージ忌諱剤も底を尽き、コントローラーが守っていた生き残りの患者と、電力が有れば自力で守れる鉢本だけが生き延びた。
襲撃してきて逃げた奴らもナチュラリストなんかな?
撃ち返したらすぐ逃げたとの証言で、ソフィアが確認したところ、周囲のファージに残ってるログからも、人数が二人という事以外細かい事は確認できなかった。
施設が壊れたら自力で電力確保は不可能だから、生きてたら襲って来る可能性はある。山奥の施設まで来れた事を考えると、バッテリー持ってそうなんだよな。
不安要素だが、見付かるまで格納を始めないという選択肢は無い。
とっとと格納を終わらせて墨霧を晴らさないと、俺らが生き残っても島が死ぬ。
増水していた沢もいくつかあり、道が崩落していた所も有ったが、何とか天柱石がある山のふもとまで輸送車で乗りつける、傭兵たちが索敵機器を展開した後、収束業務のメンバーはここからは歩きだ。
取り囲む墨が少し薄く、薄っすらと辺りが視認できる。
ファージ誘導は行わないで欲しいと言われた。吸い込むと危険なのは変わらないのでメットは取れない。
その前に、拭った傍から静電気で付着してくるから、常にワイパーでもかけてないとメット越しの視認も高難易度だ。
「放射能の隔離まで三時間だって、その後ならコントローラーから切断して良いってさ」
通信を切ったつつみちゃんがメアリを見ずに言った。
「分かりました」
皆が興味津々に見つめる中、メアリは四人がかりで神輿を担いだ手下たちの最終チェックをしている。
神輿は、見た目エンジンブロックっぽいんだけど、何なんだろう?見た事無い機材だ。ファージの切断機器とはまた別で持ち込まれた舞原商事の物で、四人がかりでもアシストスーツの足元が沈んでいる。かなり重いな。
”メアリ、疑問なんだが”
“何でしょう?”
”さっきの施設にいたコントローラーは爆撃で死んだんだろ?”
”でしょうね”
”何でファージの墨が晴れないんだ?”
”調べてみたところ、島の地下にある空洞の至る所に、コントローラーとして機能出来る空間が生成されています。一つだけ機能不全にしても効果は全く無いでしょう”
電源はどうしてるんだろう?
”コントローラーっていうのはどういうモノなんだ?”
”わたくしにそれを聞きますか?”
険のある返し、自分の無遠慮さに自己嫌悪。
”済まない”
”いえ、山田様に詮無き事。失礼致しました”
これで鉢本に聞くのもクソだし諦めるか、と思ったらメアリが教えてくれた。
”設置された生体接続者が環境全体をコンピューティングします、広く張り巡らされるので、破壊するしか手は無いでしょう”
”ごめん。いいよ。言わなくていい。済まない”
金の抽出の為に、遺伝子が原型を留めていないんだ。
快楽主義者みたいに修復不能な状態になっているのだろう。
”はい”
子供たちは多分、ナチュラリストの患者たちに産ませた。
コピーは量産したら金がブッ飛ぶからな。
寄合衆とか食肉用の人類みたいに、産ませて促成栽培した方が安くつくんだろう。てことは、こいつらは長生き出来ないんじゃないのか?
つつみちゃんなら何とか出来るのか?
「はあ」
目の前の事に集中しよう。
”にちじょーちゃはんじだよ”
俺の雰囲気に気付いたのか、つつみちゃんから一言ログ。
分かってる。
”分かってるよ”
準備と点検が終わったらしく、登り始めたメアリたちに俺らも続く。
輸送車も守らないとだし、傭兵は万が一を考えて二人残す。
州兵二人は残ると言った。子供たちは来たがったけど、ここでライヴ映像流す事で話しがついた。外交官は仕事なのでついて行くと真っ白な顔で項垂れていた。
丸太で敷居されたなだらかな上り坂は、気分は黄泉平坂だ。登り始めると墨霧は薄くなっていくのに反比例して替わりに長めのブザー音みたいなのが全方位から聴こえてくる。
始めは耳鳴りか気のせいかと思ったが、数値を見ると音波として存在している。
全方位から、でも音源が存在しない?
特定したいけど、周りでは今もう細密な誘導が始まっている。B級ホラーのやられ役みたいに興味本位で勝手な事は出来ない。
メアリたちは勝手が分かっているのか、歩みを緩めず登っていく。
際限なく大きくなる音に我慢できず、スーツ内にノイキャンかけた、効かない?!
”つつみちゃん!これ!?”
”ん。メアリさんたち今起動するみたいね”
前を進む神輿を見ると、スパークが何回かあり、エンジンの重低音がし始めた。
やっぱエンジンなんじゃん。
圧力を持った音の壁がブワリと広がり、それが身体を抜けると目に見えて音が小さくなる。
巧く相殺されてるな。
”音声出力は消失します。以降は文字通信に”
やる事はメアリがくれた予定表に書いてあったけど、意味が不明だ。
辺りが灰色で満たされ始め、上がぼぅっと明るくなってくる。
上り坂の上に霧が煙る中、薄っすらと壁が見え始めて、視界を塞いで威圧感を増してくる。
壁じゃない。
あれが天柱石か。
目を逸らしていた足元がぐずりと沈んだ。
俺の一歩がナビゲーションから外れている。
炭が積もってる。泥炭状っぽくなっている。ずっぽり膝までめり込んで足が抜けない。電気が吸収されてるらしく、ビンガムとアシストが作動しない。
グリコーゲン可動にすればアシストスーツは動かせる、それだとファージ誘導を若干使う、使っていいものか。
皆俺に気付いていないのか、スルーして歩いて行く。
声を掛けようとして、声が出ていないのに気付き、その後、俺の形をした映像が皆と一緒に離れていくのに気付いた。効果範囲から外れ、ナビゲーションが消えていく。
一人霧の中に取り残されてしまった。無理矢理引っ張っても抜けないので隙間を作る地味な作業を続ける。棒でもあればな。
んでも、何だこれ?
何が起こってる?
ナチュラリストの魔法か?
後ろからべしゃべしゃと何かを引き摺る音が聞こえてきた。
なんとなく、メアリたちのとはタイプが違う濃密な誘導を感じる。
ナチュラリストだ。
気付かれたのに気付いたのか、音が止まる。
「そっちに行くけど。危害を加えないでくれるかな?」
霧に霞む人影から男の声、こもっていて聞き取りにくい。
「出方によるな」
声が出せる。
体表面音波探査を起動しておく。
面倒だ。
こいつがナチュラリストでファージ合戦仕掛けてきたのなら、ひたすら面倒臭い。
「危害は加えないよ」
素直に信用する訳無いだろ。
近づいて来る間に、電力量の確認と、ガードの展開を出来うる限り厚くしておく。
「ぐっぐっぐっ。随分慎重だね」
さっき同行したナチュラリストかとも思ったが、別の奴だった。
一人かと思ったが、大柄な奴が人を引きずって近づいてくる。
いや、違う。
くっ付いている?
ああ、手錠で繋がっていたのか?
いや違う、やっぱくっ付いてる!何だこいつ!?
外見が炭化した枯れ木人間で赤外線で見通せない。なので、バイザーに積もった炭を拭い、目で見てみると、枯れ木の塊みたいなそいつは死んだ人の半身を引き摺っていた。分厚く纏わりついた炭が層になっていて全体が判別できない。
この墨の中で動き回ってるとこうなるのか?
「逃げ出した患者か?」
「患者ね」
ばふっとそいつは息を吹き、口の周りの炭が崩れて舞い散る。
「裕子君はどうなったか知ってるかな?」
蜂起したときの関係者か?
「お前がどうするかによって答えるかどうか決める」
そこで初めて、定まっていなかったそいつの視点が俺に合った。
「君は、陸奥国府の者では無かったのだね。失礼した」
「何だと思ったんだ?」
「舞原家の関係者で、一番無難そうな者を選んだつもりだったんだが、これはしくじったな」
何をするのに無難なんだよ。
そもそも、さっき何をされたのか良く分かっていない。
これは不味い流れだ。
こんなの、知らない。
「んで?どうするんだ?殺すのか?喰うのか?」
「ぐっぐっ。君は素直に喰われてくれるのかい?」
「試してみれば分かるんじゃないか?」
じろりと、俺の周りの空間を見た。
「マガジン周りを真空遮断しているのは何故かね?」
お、結構薄くしたつもりなんだが、そこに気付くとは。
「今持ってるマガジンは魔法瓶になってない。無煙火薬だからな。魔法で簡単に発火するのは困る」
こいつらがファージ誘導で簡単に二百度以上の温度を再現出来るのは知っている。ここはナチュラリストのファージ誘導可能空間だ。自分の身体だけでなく、無煙火薬だから結構低温で発火する。火薬類も守っておかないと自爆する。
この島で隔離されてるレベルの奴がそんな品の無い魔法使うとは思えないが、念の為だ。
「防衛が見た事無いタイプだ。都市圏のトレンドから逸脱しているのは何故かね?」
こいつは何でトレンドパターンについて言及するんだ?
「その疑問はお前の所在を疑う可能性を深める事になるぞ?」
本当に逃げ出した患者なのか?
「鉢本を生かしておく理由について、ここで君に確認出来るかい?」
研究施設に来たっていう二人組はこいつの事かな?
なら、そこは言ってもいいかな。
「現場において、子供たちに責任能力が無いと判断された。あいつならそこそこ整合性のある話が聴ける可能性がある」
「君は帰化したナチュラリストか?どこの家の者だね?」
しつこいな。
「お前は、家柄で態度を変える人種なのか?」
ぐしゃりと、貌周りの炭が歪んだ。
「スリーパーか。これはこれは」
何かミスったな。まあいい。
「君はこの状況が恐ろしくないのかね?誰にも気づかれず、人知れず齧られて息絶えるというのに」
「確か、三千院がそういうの好きだとか聞いた事があるな。真偽は知らないけど」
炭の柱からゆっくりと伸びてきた手はつぷりと泥に沈み、俺の脚を引き抜いた。
ファージゼロ!
結構な怪力だ。
俺の脚に触れた手の平を興味深く見つめている。
敵意も悪意も感じなかった、普通に助けてくれたのか?
「高純度だけど、結構弄っているね。身体に良くないよ」
ああ。
そうか、こいつは。
「三千院」
ピクリとそいつが止まる。
「兼康。本体に処理されたんじゃないのか」
「ぐばっはっはっはっ!!」
本気で笑っている。
「本体とは、あのカウボーイの事か?アレは自ら罪に押し潰された残りかすだよ」
勝てるだろうか?
生き残れるだろうか?
相対したこいつが何をしてくるのか全く想像がつかない。
「で?」
「確かに、わたしの遺伝子原本所有者はあのカウボーイの手により消失した。彼とは意気投合したのでね。暫くこの島に滞在するつもりだったんだよ」
そういうヤツか。
あの子供たちと同じパターンだ。
こいつは兼康の分体の遺伝子から促成栽培されたのか。
「何の為に?」
「彼も忙しい身だ。私に見定めて欲しい事があると。残念ながら、上手くいってないんだがね」
真っ黒な樹皮の隙間から見える無機質な視線は、同じだな。
全く同じだ。
「舞原家というより、棗子さんと故意だったのか。で、奉納に何故かメアリ君同伴とは。奇特なスリーパーだ。岩波君とは別なのかね?」
岩波?ルルルの死んだ元彼か?
どう聞こうかと口を開いた時、後ろからブワリと強烈な不協和音が吹き、容赦なく全身を刺し貫く。
つつみちゃんだ。
「おや、気付かれた。少し早かったね」
そいつはつつみちゃんからハッキングを受けている筈なのに、平気な顔して歩き出す。
「行かないのかい?フィナーレが始まるよ」
そりゃ勿論。見ますとも。
つつみちゃんさっきより更にお怒りみたいだ。
音符が顔に刺さりそうな迫力だ。
遠回りして時間潰したい。
いや、駄目だ。これは遅れるほどボルテージ上がるやつだ。
音源目指して踏み出す足が重いのは、靴にコーティングされた泥炭の所為だけじゃないだろう。
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