第270話 無垢

 時間は少ない。

 安全確認だけして言われた道を進む。

 若干放射線量が上がってきている。

 施設から逃げたテロたちが居るのが本当なら、爆撃範囲外への避難だけって訳にもいかないよな。

 連れてくしかないのか?

 これ以上余計な荷物は困るぞ。


 ジャングルのど真ん中、三叉路に面した研究所入口の門で、そいつは両手を上げてオフライン化して待っていた。

 背中に背負ったバッテリー以外、外部機器を使ってないのに綺麗に墨霧をガードしている。

 確かに、ナチュラリストだ。


「ああ、敷地内には入らないでくれ。パーソナルスペース化している。非常に危険だ」


「理由は?」


 車内からメアリが聞く。


「コントローラーの判断力が欠如してしまった。踏み込むとカーボンに際限なく集られる」


 コントローラーって、何?スリーパーじゃないんだよな?


「民間人は連れ出せないのか?」


「一カ所に集まっててコントローラーが守っている。私は敵対視されててコンタクト出来ない」


”投下は言ってもいいでしょうか?”


 時間も無いしな。


”どうぞ”


「メルトダウン収束の為に、ここは爆撃されます。避難が必要です」


「知っている。私が言ったが信じてくれなくてね。彼らはここの研究者ではなく被験体だ。このまま蒸発は不憫過ぎるので助けたい」


「わたくしどもで話してみましょう。繋げますか?」


「あの子たちへのファージは隔離されている。コントローラーには繋がる」


「アドレスだけお願いします」


「私を介さないと意味不明だと思うが」


「繋いでから考えましょう」


 ガスマスクの中で器用に溜息をついたそいつがメアリにアドレスを送信する。安全確認して数秒聞いたメアリは、頷いて外部出力に切り替えた。


「確かに、言語野が破壊されてますね」


 出てきたは、何局ものラジオ放送を同時に早回したごちゃごちゃな音に聴こえる。


「思考は?」


「コントローラーの思考は破綻している。統合意思が辛うじて確認できる程度だ」


「共有化させたのですか?」


 非難めいた質問に、そいつは腕を組んで下を向いた。


「私の意思ではない」


 力なく首を振ったメアリは、つつみちゃんに向き直る。


「位置特定できました。山田代表、音声で呼びかけられますか?民間人には自力で出てきてもらいましょう。敷地に踏み込むと戦闘になります。コントローラーの無力化はタイムロスです」


「うん」


 車内だと音が籠って良くないとの事で、傭兵たちに安全確認で展開してもらってから車の上に登った。

 両肩と頭に黒スフィアを載せ、施設に向けてベースの演奏を開始する。

 直ぐに繋がったみたいだ、交信してる素振りが窺える。


「あなた、名前は?」


「鉢本だ。あの子たちには先生と呼ばれている」


「りょ」


「り?」


 無視して演奏するつつみちゃんは、向こうの情報を全く教えてくれなかった。涙袋に力が入ってるから、かなり機嫌が悪い。胸糞案件確定だ。

 一分ほどコンタクトしていただろうか?


「来るって。走査機器で見通せない黒いドームっぽくなってる。撃たないでね」


 囲む傭兵たちに指示だしすると、門に向かってトコトコ不用心に歩き出す。

 危ないので俺も行こうとしたら、周りの全員に止められた。

 代わりに傭兵が二人、つつみちゃんの後ろに付いて行ってる。


 こちらが認識できるのか、真っ暗闇の墨の中、ナチュラリストは傭兵たちの威圧に一歩引いて門の柱に寄る。

 内部がオフライン化されてる黒い塊が俺にも認識できた頃、子供たちのボヤく声がしてくる。


「ホントだもん、あたし声聞いた事あるし!」


「んなトコいる訳ねーだろ。おれらだますんだるぉ?」


「ぴっちゃんがほーしゃのーふえてるっていってるでしょ!どうせ溶けちゃうんだよ?!」


「そうですよ。ウルフェンはニセモノにうるさいから、勝手にちょさくけん使ったの知ったらミナゴロシなんですよ?」


 後姿のつつみちゃんがどんな顔してるのか、凄く、凄く気になる。

 バイザーの内部カメラリンク出来たっけ?スイッチ入ってるかな?


「あ」


「フィーツー様?如何なさいました?」


「いや、別に」

 

 リンク探して繋ごうとしたらバツンと切られた。

 サワグチもやろうとしたな。声に出てしまってメアリに不審がられている。


”よこやまクン嫌い”


 違うんだ。




 マスクを付けていなかった為、急遽作られた通常気体空間に出てきたのは、大人一人に子供四人。

 人、なのか?

 全員、ボロボロの患者衣だ。一人いた大人は、片足を引きずり自分の首を腰に下げた胸と尻のデカい女だった。薄着に透けて虐待の生々しい跡が大量に見える。

 子供というか、手を繋いだ小学低学年くらいの違和感が凄い男女二人、それに中学生くらいの育ちが良さそうな男子一人、あとそいつがナメクジっぽいのを抱っこしている。

 何でか分からないが、そのナメクジが人だと理解できる。


「こんにちは」


 つつみちゃんがバイザーを上げて挨拶すると歓声が上がる。


「ほらぁ!言ったじゃん!」


「ひょ~っ!!」


「いや俺は別に・・・ぞ、ぐ・・ん」


 女はモゴモゴ言っている。

 頭を見たら両目が無かった。片方は包帯が巻かれててまだ血が出ている。

 舞原裕子の分体が遭ったクソ性癖の被害を聞いていただけに、鬱な気分が再燃する。


「ここは爆弾が落ちるの。直ぐ離れるよ。ちょっとライヴしなきゃだから帰るのはその後ね」


 小学生二人はキャーッと騒いでいる、中学生が上目遣いに傭兵に聞いた。


「僕たち、生きてて良いんですか?また実験されるんですか?」


 足が震えている。


「もう大丈夫だ。誰も酷い事はしないよ」


 ナチュラリストの言葉に、そいつらはつつみちゃんを向く。


「わたしがさせないよ」


 思わずツッコミたかった。ファンを大切にするつつみちゃんはハジメテ見たが、今その事についてコメントしたら俺もクソ野郎の仲間入りしてしまう。

 俺をチラッと意味深に見たそいつらに、ざらついたその小さな声から感じられる強い決意は通じたのか、素直に輸送車に乗り込んだ。


 ナチュラリストが乗ってこない。

 傭兵が顎で促すと、首を振る。


「私はここに残る。み、コントローラーを一人には出来ない」


 傭兵のおっさんがメットの頬の部分を掻いてる。


「半径二百は離れないと、投下されたら普通に死ぬんだが」


「そうだね」


 一緒に死ぬつもりなのか。


「感傷なら脳死してからいくらでも出来るでしょう?記録デバイス積んでいないこの子たちに問責させるつもりですか?」


 辛辣なメアリの車窓からの一言に、ナチュラリストは施設を振り返る。

 真っ黒で何も見通せない施設から振り向いて一瞬目を瞑った後、傭兵に促されてトボトボ乗り込んで来た。


 てか、俺ら一緒でいいのか?

 つつみちゃんがガキんちょたちからの信用の担保だから仕方ないのか?

 輸送車の中が幼稚園の送迎バスみたいな雰囲気になってしまった。

 まぁ、コントロールに手間がかからないから良いのか。

 悪路に揺れる車内、怖がるからというので、車内の空気を清浄にし、全員がバイザーを上げさせられる。


 そして何故か矛先が俺に向く。


「なんだこいつ。何でツツミちゃんの隣に座ってるんだよ」


 違う逆なんだと激しく主張したいが、さっきの手前言えない。


「この人もね。わたしが守ってるの」


「えー。男の子でしょー?カッコわるーい」


「だっせぇ」


 ガキ相手に自己主張でイキる気は毛頭ない。

 あ、脛蹴られた。このクソガキが。てか、お前の素足傷だらけだな。

 修復剤は不味いのか?誰も治療しないな?


 前の方でソフィアとサワグチが厭らしい顔してニタニタ笑っている。


「せめて車内灯消さないか?」


”あんたの顔がカラーで映らなくなるじゃん”


「この子たち怖がるっしょ」


 リアル音声と文字チャットが違ってんぞ。


”録るな”


 こいつら、隠さなくなってきたよな。

 バイザーを下ろそうとしたらニコニコ顔のつつみちゃんに押さえられた。


”後でわたしにも頂けないでしょうか?”


 メアリさん!?


 いつの間にチャットに入ってきたの?!

 入室許可がつつみ先生から出とる。

 手酷い裏切りに傷心の俺は、石の麓に着くまでの間サンドバッグに努めた。

 こいつらが受けてきた仕打ちに比べたら蚊が刺す程度だろう。

 あえて発散させてやる義理も無いが、呉越同舟。


 気にしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る