第269話 荒川三叉

 通り沿いに設置しながら石まで向かう予定だったが、破壊される可能性が高いので先にカーボン生成の停止をして、それからコントローラーの制圧、最後に遺伝情報書き換えという面倒な手順になる。

 それから天柱石に向かうんだけど、これ、今日中に終わるのか?

 アンブッシュしてるかもしれない州兵とか行方不明の患者たちにも対処しなきゃなんだろ?


「入った直後から計測しているが、飽和限界で濃度が変わっていない。生成は続いていると思われる。制圧作戦は三度行われた。二度目の失敗でカーボン生成が開始、今回も失敗した可能性が高い」


 中川君がやっとゲロってくれた。

 港で待ち伏せされてたからな、三回目も失敗だったんだろう。

 不可侵条約締結当時から進行してた現作戦は陸海共同作戦で、患者たちのテロとは別口、この件は製薬会社の出資者たちによる独断が強いっぽい。


「何で失敗してるんだ?」


「それは、近づけなかったからだ」


 中川が言葉を濁す。


 何で?


「メルトダウンしたんですね」


 メアリの言葉に沈黙で肯定した。


 何という事を。


「浮遊させてるタイプの炭素精製には最低七百度近い温度が長時間必要です。燃料が確保出来なかったので原子炉を流用したのでしょう」


 今の時代、石油は高級品だ。

 石油関連は昔から長期保存が難しいから、少ない牌を常に奪い合っている。

 西日本で比較的自由が利く天然ガスも、用途は厳密に管理されている。

 手軽に大電力を安定確保となると、石炭も石油も確保しにくい地域ではどうしても原子力に手を出したくなる。

 よりによって、屋久島で分裂炉かよ。馬鹿なのか。

 隣の島から引っ張る訳にはいかなかったのか?

 ああ、内緒でやってる研究だったから電力使用量で予測されたくなかったのかな。

 かといって融合炉は施設が大型化しやすいしな。


「よく州政府が許可したな」


「残念ながら、主導は我々でしょう」


 都市圏の外交官が溜息をついてる。

 責任発言は問題になるんじゃないのか?

 もうやけっぱちなんだろうか。


「この炭素の飽和状態とも関係あるのでしょう」


 中川はメアリの駄目押しに苦笑いしている。


「全部御存じのようだ」


「推測です」


 俺たちに分かるように教えてくれ。


「核分裂の収束用に黒鉛を作る為。炉と精製施設は隣接していると思われます。制御棒投入に失敗して、ナチュラルハスクに覆われてしまったのではないでしょうか」


「その通りだ。地中深くで厚さ五メートルの炭素外殻が出来てしまい、手が付けられない」


「黒鉛は製造してるのですか?」


「持ち込まれた炭化チタンとコークスはまだ二十トン近く残っていると報告が来ている。放出用の完全黒体カーボンと制御用黒鉛の比率は不明だが、タービンが動く限り精製は続くだろう」


「なら、減速材としては十分ですね。ハスクを砕いて混ぜ込んでしまいましょう。放射能汚染はなるべく抑えたいので、プラスミド生成はメルトダウン収束後の方が良いですね」


「その予定だったが、今朝方は施設の制圧に失敗している。四度目の作戦は進行中で間もなく部隊が到着する」


 ちょっと待て。


「一つ、単純な疑問なんだが」


 中川に聞いてみる。


「何でしょう」


「もう詰んでそうだけど、何で春岡ケミカルは諦めないんだ?」


 直ぐ答えない中川。

 代わりにメアリが応えてくれた。


「研究は続いているのでしょう。成果が出れば統一政府か都市圏群が守ってくれると思っているのでは?」


 いやな予感。


「四度目の作戦に来る奴らは俺らをどうするんだ?」


 そこに関しては中川は言い切った。


「現状、海軍は九十九カンパニーへの協力は惜しまない」


 後ろから撃たれる心配は無いんだな?


「今回はケミカルの鎮圧と、メルトダウン地点への地中貫通弾投下が見込まれている」


 メアリが頷いているから、妥当な作戦なのだろう。


「ここでの人数を見るに、施設の防衛に残っている警備は残り十人切るくらいだろうが、ナチュラリストも参加していて。それは一人だけだが、ここの死体には確認できなかった」


 そういうの困るんですけど。


「それに、一つ問題が」


 マジで問題だった。




「何故もっと早く言わなかったのですか!」


 もうどうしようもない事なのにメアリが輸送車の中でブチ切れている。


「済まない」


 中川も首を垂れるだけだ。


 春岡ケミカルの研究所は、水源確保とファージ運用、そして隠匿性を確立する為に立地場所は入念に選定された。

 場所は荒川のダム湖から南に続く水源沿いにぽつりとある砂岩層に作られたという。

 荒川三叉と呼ばれるその地は、ぶっちゃけ天柱石までのただ一本の車道だ。

 ヘリで向かう案も出たが、そもそもここにヘリが到達できない為、俺らが一度闇の外に出る必要が出てくる。

 装置を起動して闇を払う事も出来るが、開始してしまうとファージを使った放射能の除去に懸念点が生まれる。


 メルトダウン後の重金属を内包した炭素殻は、現在も尚砂岩層を熱で溶かしながら掘り進み、後一時間もすれば水源の地層に到達し、水質汚染は免れないとの判断で、その前に爆弾投下予定だ。

 実質、後四十分以内に荒川三叉を安全に超えて、且つ爆撃の効果範囲内から退避する必要がある。


 結果として、今の俺らは暗闇の中、ケミカルの奴やナチュラリスト、行方不明の患者たちが待ち構えているかもしれない道を探査バキバキで爆走中だ。

 精霊格納に必要なのはメアリたちだけなので先行すると言われたのだが、立場的に分かりましたとは言えない。

 結局、全員で向かう事になった。


”知ってたよ。あんたが絡むと結局こうなるんだよ”


 霧が除去された暗い車内、メットの上から口を押えたサワグチがクスクス笑っている。


”来る事が決まった時から予想はしてたわ”


 ソフィアも酷い。


”そんな。よこやまクンを疫病神みたいに言わないでくれるかな”


 つつみちゃんがダメ押しをしてきた。

 俺は泣いていい。


”どう見ても俺は無関係だろ”


「山田副代表は厄介事に好かれる性質なのでしょうか」


 クローズドチャットの中身は見えてない筈なのに、目が合ったメアリの矛先がジャストタイミングで俺に飛ぶ。

 仲良し女子三人組が同時に吹き出して、メアリが何事かと眉を軽くひそめた。


 他人事のフリだ。

 俺は今忙しいからな。


 車列のケツにくっついてくる蓄電車の潤沢な電力を使って、ファージで最大限の走査をかけている。

 潜んでいる生き物は筋電位からほぼ判別できる。

 最も、俺は走査だけで判別自体は機器とかサワグチ任せだ。

 進路上の地雷とかワイヤートラップも考慮して、傭兵たちに先行してもらってカナリア役してもらっている。

 ”死にたがりかよ頭オカシイんじゃないか”と言ったら、地面の走査しっかりやってくれれば地雷は見てわかるからタイヤ痕外れずついてこいと言われた。

 なんて頼りになるおっさんたちなんだ。

 ワイヤーは張ってあれば普通に見えるし、これで大体なんとかなるか?


 真っ暗闇な中、泥水だらけの凸凹悪路を口笛吹きながら先頭で突っ走る傭兵たちに”怖くないのですかね?”と州兵たちもメアリたちも思案顔だ。


「スリルに命を賭けてるんだ。ボロい吊り橋をじゃんけんで勝った奴から渡りたがる奴らだ。気にするだけヤボだ」


”オイボウズ!聞こえてんぞ!命張ってる兵隊への言い草か?ああん!?”


”用心棒様たちにお任せすれば俺らは安泰ってヤツだ”


”分かってんならよお。敬意っての払って欲しいんだよなぁ”


”そっちで済むなら。金は要らないなら、最近懐寂しいんで有難い”


”クソがっ!お前らスピード上げるぞ!引き離しちまえ!”


”仕事しろ。皆さま呆れてんぞ”


 真面目なメアリがまともに反応する。


「そんな事ありません。よろしくお願い致します」


”お、おう”


 照れてるおっさんたちって傍から見るとキモいな。


 地雷は無かったが、杭が何カ所か埋まっていた。こう真っ暗闇だと地味で効果的な嫌がらせだ。

 そのまま走ると車がひっくり返るので、回り道の二重トラップを注意しつつ丁寧に避けていく。

 只の木の杭なのでコスパも良いし、金属反応や火薬の匂いだけ気にしてるとしっかり引っかかるやつだ。


「このまま行くと施設の真ん前通り過ぎるけど、どうするんだ?」


 この道を通って来るって分かってるんだ。

 見えなくとも確実に待ち構えてるよな。

 残りが十人ぽっちでもナチュラリスト含むってなると話が違ってくる。


「素直に相手する必要はありません。原子炉も無いので大電力は確保できていない筈です。力技で押し通ってしまいましょう」


 道路が使えればな。


 後二つカーブすれば施設が見えるという所で傭兵たちの先行車が停まった。

 サワグチが車に酔ったっぽくてホルモンバランスが崩れてたので結果オーライ。

 施設前の配置は俺のサーチでは既に見えている。



”セオリー通りだな。時間稼ぎには有効だ”


 傭兵が感情の無い声で呟く。


 三叉路の手前にはバリケードと鉄条網が敷かれ、道路は完全に塞がれていた。

 こちらにはまだ気付いてないのか、ウロチョロしてる人影が一人確認できる。一人だけ?

 ヘッドライトも五センチ離れれば見えず、音も満足に聞こえない環境で、接触感知を大量に投入して陣地を築いていた。


”どうする。風向きで後一分でバレるぞ?”


 何故、俺に聞く。


 誘導の打診がきたけど。

 俺が決めて良いのか?

 傭兵も州兵もメアリたちもいる。

 何で誰も仕切らないんだ。


「職員は残り三十二人で間違いないのか?」


「亡くなってなければ。ここは無通電地域だったのでテロ当時被害は皆無だ」


 ああ、ファージ誘導出来なくて攻めてこれなかったのか。


「一人だけ居るっていうナチュラリストは絶対に敵対するのか?」


 ここに来るまでの間に見せてもらった資料には結構クソな事が書いてあった。

 ケミカルに協力しているナチュラリストは、言語野を破壊されたナチュラリストの被験者との通訳として協力していたらしい。

 研究への協力を条件にある程度の自由も許されていた。

 錬金術は陸奥国府ではコスト面でアウトだと知っていて、自分の自由の為に無駄だと知って協力していたって事だ。

 同胞の筈の患者たちにもショーの演出側の立場として結構酷い事をやっていた。”都市圏でしたら、夢の島で採掘した方が千倍採れたでしょうに”とメアリが嘆息してたから。アホ過ぎるプロジェクトだよな。

 出資者たちも海水からゴールド抽出っていう綺麗な文句に騙されてしまったんだろう。

 実際、種子島の融合炉なんかは近場の施設で海水から燃料のリチウムを抽出している。でもこれはコスト的にも技術的にも十分採算が取れる方法だ。

 化学に疎いやつらにちょっと甘く囁けばホイホイされてしまってもオカシクは無いんかな。


「なぜ協力しているのか疑問です。これまでの行動を見るに、間違いなく協力しているでしょう。言語野のアクセス権を持っているなら、華族だと思いますが、わたくしの把握していない者です」


 元々、捕らえられたテロリストだったって話だけど、どういう事なんだろう?

 誰だか分からない華族なんて存在するのか?

 身分詐称通知みたいな方法は陸奥国府には無いって聞いた事があるけど。


「そもそも、ここまで入り込まれたのに気付いて、たった十人程度でまだ邪魔しようなんて思うのか?」


”後が無くてヤケクソなんじゃねーの?とりあえず時間だぞ”


 直後、先頭車が一秒の沈黙。

 ターゲットの索敵範囲に入った。


”俺らにファージ通信来たぞ”


”こっち回してくれ”


 通信はウロチョロしてた見張りの奴からだった。

 完全にこっちに気付いている。

 通信以外はまだ何もやってきてないな。


”天柱石の収納の方々かな?”


 皆が俺を見ている。


”そうだ”


 仕方ないから俺が応対。


”こちらに抵抗の意思は無い。港に出てった連中は?”


”全員死んだ”


”殲滅出来ると息を巻いていたのだが、そうか。こちらには無抵抗の民間人約五人と私だけだ。どうなるのかな?”


 随分少ないな。


”州兵は?”


”沖縄部隊なら、さっき港と連絡が取れなくなった後、直ぐに皆死んだ”


 ナチュラリスト専門部隊が全滅って、何が起きた?


”武装解除後、判断する”


”分かった。先ほど施設の元患者が二人ほど襲撃してきた。追い返したが殺してはいない。まだ潜んでいるかもしれない。気を付けてくれ”


 こっちに来たのか?

 何の用でだろう?迷ったのか?この環境で生きてられるナチュラリストか。

 収容施設はここからずっと南の海岸沿いにある。迷って来るような場所じゃない。

 とりあえず、こいつだ。


”生体モニターが点いていない。所属は?”


”ああ。私はナチュラリストだよ。話は聞いていないかな?”


 例の一人いるってやつ?気付いた途端スマートに繋いできたのはその所為か。


”道の左側、轍で潰れてる跡は安全だ”


”音声変換されてる。嘘は言ってないね”


 つつみちゃんが声紋からメンタルバランスをチェックしている。


”メアリ”


 個別通信でメアリに確認する。


”IDが有ります。変ですね。三千院の者です”


 ん?


”兼康の?”


”いえ。分家筋です。会社に登録されていた人物と違いますね。本人確認するまで詳細はご容赦ください。会ってみましょう”



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