第268話 小休符
不協和音が大音響で港全体を掌握した。
空間全体が鳴動し、ジャラジャラとハエの羽音より速いベースが三つのクァドラテックスフィアから三重奏で開始され、連動したファージ誘導が混沌とした闇を無理矢理整頓していく。
俺の走査ではぼんやりシルエットが限界だった奴らがつつみちゃんの走査で細密に炙り出されていく様は、ああ、敵対してしまった事が不憫に思えてくる。
”こりゃ、ボウズもヘリも要らねえわ”
ですね。
射線こそ更新されなかったが、挙動が丸見えになったグレネーダー共は、闇に同化した五人の傭兵に、瞬く間に処理されていった。
ここまで見えれば、射線表示はこっちで補完しよう。
”全部薬屋の用心棒たちだ。接近戦は雑魚だな”
傭兵たちは真っ暗闇の中歩いて近づき、ナイフ一本で刺し殺していってる。
自分らが見えなくて相手が丸見えだと、ああやって動くんだな。
つつみちゃんの本気不協和音。
久々に聴く。
今だから分かるが、このつつみちゃんの不協和音による空間把握は容赦がない。相手の誘導を力技で抑え込み、自分のプログラムを叩きつける。
小手先の抵抗は全て、ベースの重低音で圧し潰す。
ベースだからと只野太いだけではない、細やかに計算されて組まれたファージ誘導は、凄まじい制圧力だ。
これを何とかするにはノイキャンか消音する以外にいい方法が思い付かない。けどキャンセラーとか使うにしても、同じ音波を出せなければ原理上ノイキャンは成立しない。兵士がちょろっと持ち込むスーツ備え付けのノイキャンでは歯が立たないな。
低音を正確に出すには条件が結構あった気がする。これに対抗出来るウーファーを準備出来る奴が戦場に転がっているとは思えない。
牧場の小人ならヤるかな?のじゃロリならやりそうだ。
んでも、この音だぞ。まぁ、考察は今はいいや。データだけ録っておこ。
これに対して銃しか持ってなかったら、身バレする前にスフィア見付けて潰すしか手が無い。
あるいは、つつみちゃんに直接危害を加えるか。それが出来なきゃ逃げる。
ああ、つつみちゃんと逢ったばかりの頃、あのコボルドたちの行動は理に適っていた訳か。
この音の洪水が自分に向かってきたらと思うとゾッとする。
自分に牙を向いてないって分かってても冷や汗が出る。
真空でファージ遮断しても、ここから更に色々手があるんだろうな。
俺が感傷に浸っている間に、グレネードポンポン撃ってきてた奴らは皆殺しになっていた。
こっちのハッキングを恐れて接続完全遮断だったみたいだ。つつみちゃんの音響攪乱で自分らの音も把握できなくなり、一部気付いて逃げ始めた勘の良い奴らも傭兵たちに容赦なく後ろから撃ち殺された。
何が悲しくてこんな所で張り込んでたんだ?
この状況なら普通に殲滅出来ると思ってたのか?
暗闇の中、滅菌スーツ着てあれだけグレネード撃ってくれば、そりゃイージーモードだと思われるか。
港の埠頭前を制圧した傭兵たちは、更に索敵範囲を広げつつ、セーフティゾーンを増やしていく。
”隠れてた無人機は有線だった。バッテリーは外せないからトラップだけ見てぶっ壊すぞ”
”了解”
レーザーも狙撃も御替わり無いけど、潜んでるのまだいるかな?
見晴らしの良い場所に出た途端焼き殺されるのは困る。
いや、そもそもこの状況で今の俺らを狙うのは無理だな。
ファージ誘導使えるなら、この炭の量ならさっきのレーザーはなんとかできそうだ、隅っこでちょい試しておくか。
”メアリ。どんな感じで進めていくんだ?”
”炭素の遮断装置を置くのは制圧が済んでからの方が良いでしょう。設置後こちらが丸見えになってしまいます”
そりゃ困る。
”山田代表、電源艦が介入の用意があるとの事です”
可美村が貝塚と連絡取ったみたいだ。
”この埠頭から少し入ってもらお。州兵が役立たずだよ”
目の前できっぱり言われたが中川は奥歯に力を入れただけで何も言わなかった。あんま刺激しないで欲しい。
俺ら全員から警戒されて二人とも居心地が悪そうにしている。
”こいつらどーすんだ?”
傭兵のおっさんに聞かれた。
俺が知りたい。
この州兵二人は都市圏の外交官にほん投げて別行動したいな。でも、それで勝手にウロチョロされても困るし。
今回の屋久島上陸は、舞原裕子のコピー体から要望があった件で、ここから十キロくらい西の山あいにある天柱石付近に存在すると思われる人工知能の格納が目的だ。
都市圏の外交官は企業の代行だろうから、ナチュラリストの人工知能収拾作業は喉から手が出るほど見たいだろうし、意地でもついて来るだろう。
データ提出だけでなんとかならないかな?
俺から切り出すのもな。でも、サワグチが襲われたし、ありかな。
”可美村。貝塚の船に州兵任せられないかな?”
”可能ですが、この環境でヘリは下ろせませんよ?小型艇を呼んで引き渡す形になります。それに”
それに何だ?
”この中川は念の為連れて行った方が良いでしょう。海軍では人望がある有名な方です。元からいた沖縄の兵がまだ見当たりません。交戦になると非常に厄介です”
そうなんだ?
可美村が言うなら大丈夫なのか?
”部下の方は?”
”杉田は長年中川の下で働いてる方で、さっき襲い掛かった者とは違います。柿崎は半年前に陸軍からの出向です”
陸軍と海軍で仲悪くて、陸軍がケミカルと組んでワルサしてんだな?
”懸念点ではあったのか”
”申し訳ございません”
俺だってミスばっかりだ。未来予知しろなんて言えない。
”外交官の白い人は?”
”あ、ええ。彼は問題ないでしょう。荒事は苦手ですがトラブル慣れしてて、いつも厄介ごとを任されてます。立ち合いの為に胃を痛めてでもついて来るのではないでしょうか”
そういう系の人か。
その感じだと何度か仕事した事ありそうだな。
”わかった。ありがとう”
身内の離反はこれでほぼゼロにできたかな。
これからの手順に関して皆と打ち合わせしてると、つつみちゃんと一緒に座り込んで休んでいたサワグチからずっと視線を感じた。
気になったので。電源艦からフェリーの船員たちの救助が来るまで、あと五分間だけ休憩、となった時に聞いてみた。
”どうした?大丈夫か?”
”ん?あ?気付いたの?”
”メットの中は見えないけど、なんとなく”
今はもう、つつみちゃんのベース無双空間は目立つので止んでいる、俺の運用してるハリネズミ用スフィアでファージ使って共有化したぼやけた映像にグリッドで補完したものしか皆見えていない。休憩の為だけにエアー撒くのも、隔離に電気使うのも勿体ないしな。
”あんたどんどん人間離れしてくね”
”傷付くな。労われよ”
そうだ。労わらないと。
”思い出した。良くやった”
”遅いよ”
鼻で笑った声で、隣のつつみちゃんが俺と話しているのに気付いた。
サワグチがチャットを開くと、つつみちゃんとソフィアも入ってきた。
”何々?なんなの?”
”内緒話してたよ”
”話始める前に気付かれてるんですが”
”あんたねー。吊り橋効果に期待したいのは分かるけど。さっきの今でそういうのは屑過ぎよ?”
こいつは何でいつもこうなんだ。
”俺は今、本職を撃退できた素人を褒め称えてる処なんだ。ちょっと黙っていてくれ”
”やっぱそうなんじゃん。サイテーね”
”フィフィ。違うんだよ”
そうだ。サワグチ。言ったれ言ったれ。否定してくれ。
”あたしが言いたいのはそういうんじゃなくて。あたしと違って馴染むの早いなって。ちょっと羨ましい”
ソフィアは黙り込んでしまった。
”どうにも、駄目。自分があんな目に遭っても、目の前で人が殺されるのも。異常で。良いのかなって”
テープで補修した箇所、傷の塞がり始めた部分に手を当て俯く。
やっぱこいつは、外なんかに出さず地所の地下で平和に暮らしてるべきだった。こんな危ない所にノコノコ連れ出すべきじゃなかったんだ。
”よこやまクンは男の子だからね。そういうもんだよ”
俺の気持ちを勝手に代弁してくれる方々に恵まれて、口を余分に開かなくて済むのは、これは幸いなのか?
自分の心境と周囲への影響に齟齬が発生するのは如何ともし難い。
”やっぱ帰る?船もう直ぐ来るよ?”
背中に手を置くつつみちゃんに、サワグチは小さく首を振る。
”いや、最後までいるよ。もし横山がフル接続するってなったらあたしのサポート有った方が動きやすいっしょ”
そりゃまあ、そうだが。
”まだ戦闘が発生する可能性が高い。帰った方が良い”
”ウィークポイントにならないよう気を付けるよ。それに、あたしもナチュラリストのAI収束は興味あるんだ。生で見たい”
確かに、見る価値はあるな。
今回はのじゃロリ居ないし、また別の手順で収めるんだろう。どうやるのか気になる。
メアリが舞って日本刀振ったりするのかな?
アトムスーツだとケツのラインはくっきりだけどパンツが見えない。
なんかソフィアの首がクンて動いたが、俺の考え読まれてないよな?
大自然に一瞬だけ現れた純白のレースときめ細やかな肌の太ももは、俺の心に大切に刻まれている。
”何かまた下らない事考えてる”
”失敬だな”
”あんたでしょ”
いつかお前の第六感の謎を解いてやる。
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