第267話 苛烈
停泊用の汽笛が墨霧で減衰されて頼りなく響く闇の中、埠頭に横付けされたフェリー。
傭兵たちとメアリから、潜んでる奴らは完全気密でネット遮断されてると確認が取れたので船から音声での呼びかけを始める。
”どうぞ”
「こちらは、九州第一連隊、第一中隊、中川です。予定通り、候補地の検分の為に到着しました」
この州軍のおっさんけっこう肝が据わってる。
「あなたたちの兵装と配置には敵対の意思が見られます。直ちに」
”きたっ!”
つつみちゃんが叫び、表示されたグレネードの到達射線に向けて高速で展開していくスフィアたちが、その一つ一つを捕獲して海に飛び込んでいくのが確認できた。
潜んでた箇所以外でも、港に積まれた荷物のシートからも、突き破ったグレネードが飛んでくる。遮熱シートだったのか。数見誤ったな。
モリモリ飛んでくる。
撃ち落し足りるか?
水中に落としたグレネードの爆圧で船が無軌道に揺れる。
船体が軋む嫌な音が足から伝わってくる。
こりゃ穴開くの時間の問題だな。
島上空を旋回してた貝塚のヘリから支援火力が始まった、速射砲の着弾で金属が引き裂ける耳障りな音が響くが、一秒と経たず直ぐ止んでしまった。流石に撃ち切るには早くないか?
何だ?
”島からレーザー砲撃たれた。墨で減衰されてるけど、これ以上近づけないとさ。顔出すなよ”
船首方面に隠れている傭兵の一人が舌打ちしている。
現在進行形でヘリにも当てられてるみたいだ。レーザーなんか喰らって墜とされないのか?
位置割り出しは出来たが、照射位置が山の方でここからは物理火力が届かない。ファージ届かせる為の電力も足りないし、邪魔は無理だな。なんとなくしか見えないけど、何回かミラー経由して、あれは地下から撃ってるのか?。
”ヘリからレーザー照射位置全部にミサイル撃ちます。衝撃に準備してください”
可美村から全員に通知があり、全身に響く衝撃音が二回。
”レーザー停止確認。埠頭のシートに隠してた中身はグレランの単発無人機。ぼんやり確認だが、まだ相当残ってるな”
こっちのミサイルは通じるのか。
ナチュラリストは攻撃に参加してないのかな?
ヘリから爆撃もアリだけど、埠頭が破壊されると制圧した後ここが直ぐ使えない。最後の手段だ。
観測機器がほぼ全滅なこの環境はキツい。
ソナーが辛うじて使えるっちゃ使えるけど、今は向こうから隠す為につつみちゃんにノイキャンを展開してもらっている。
こちらからソナー打ったら位置を晒すことになる。
”旋回してるヘリは一旦雲の上に上げます。残弾も少ないので威圧だけ、向こうから追加で飛ばすそうです。応援到着展開まで強気に出ないで欲しいとのことです”
井上が個別チャットで俺らと傭兵たちにだけログをよこす。
”時間は?”
”攻撃可能位置まで予定二分”
長いな。このペースで撃たれたら二分経つ前に全員ミンチだ。
オープンチャットに切り替えて、それとなくメアリや州兵にも教えておこう。
”山田代表、スフィア残りは?”
”安物はあと四十個。おもちゃ全部持ってくれば良かったね”
俺は大人なので何も言わない。
目の前に対処しよう。
”おっさん。フローターでグレネード捕まえられないかな?”
”無理だな。さっきやったけど、空中移動で羽根が直ぐ焼き切れる”
駄目かー。
ほんと厄介だな。
”高いスフィア使い捨ては悔しいから、安いの使い切ったら撃ち落としに舵切るよ。ちゃんと沈まないから爆風と破片は多めに発生する。ガス弾とか判別出来ないから注意ね”
多用途スフィアは安いのでも一個百万円だ。グレネード喰らうより安いが気軽に捨てられる額でもない。
隠してる弾数不明だから上陸するしかないな。
”遮蔽に車出して沈む前に埠頭に展開しよう”
皆から是の返事。
”落とすだけならわたくし共の誘導で対処しましょう。電源もこちらののみで行います。残りのスフィアは何かあった時の為に下げさせてください”
お。メアリさんたち、結構強い誘導使えるのな。
ソフィアが舌なめずりしてそう。
振り向いたけど、ちぢこまっていて動きは感じられなかった。
?
漏らしてないよな?
”俺も走査を開始する。接触検知でネズミに反映させる”
いつまでも手札隠してて死ぬのもアホだ、解禁しよう。
””待ってました””
おっさんらハリネズミダイスキだな。
グレネードの乱射が続く中。三台の輸送車を装甲が厚いケツを前に縦列して盾にし、ノロノロと埠頭に展開していく。
走査機器はしょっぱいらしく、向こうからほとんど見えてないのが救いだな。浸水で船が傾く前に全員出てこれた。
網を広げると、ぼやけていたシルエットがファージ探査で浮かび上がっていく。
自分らも、奴らも、飛んでくるグレネードですら弾速ごと表示されるそのグリッド空間にどこからともなく皆の唸り声が木霊する。
ゆくゆくは色と光も表現したいよな。
”機材とバッテリーは無事か?”
港に展開する奴らからは、俺の走査に薄っすらと気付き”ナチュラリストだ”とか騒いでるFワードが聞こえる。
”グレネードは全て炸裂弾、サーモバリックも毒ガスも今の処無し、問題ありません。銃弾は対人徹甲、アーマーは抜けそうですが、輸送車は抜けないみたいですね”
井上が車体の装甲板の弾痕を手探りで確認してる。
こっちは船員含め民間人半数の約三十名。
弾は結構使わせてる筈だが、まだ相手方は無傷だ。藻屑になる心配は無くなった事だし、バカスカ撃たれるのもそろそろ終りにしよう。
”押し上げる。つつみちゃん、こっちの音大丈夫かな?”
”着弾音含め、始めから全部対処してる。後ろに走査機器も発見できないし、たぶん輸送車下ろしたのもバレてないよ”
音博士に音の心配は無用でした。
相手にとっちゃゲラゲラ笑いながらワンサイドゲームだった筈が、暗闇の中、撃った弾全部無音で吸い込まれていくのは恐怖だろう。この着弾具合だとソナーもほとんど機能してないな。
んで、こっちは見えててファージ使い放題と。
”ヘリも準備出来てます。今送ったアドレス、リンク有ればいつでも合わせるそうです”
”了解”
クリアになった視覚情報の中、可美村がこちらを向いて頷いてるのが確認できる。
んじゃ、ボンネット横でうずうずしてる傭兵たちに号令出すか。
の前に、無人機が隠れてるっぽい場所の炙り出ししないとだな。
レーザーも、別の場所から撃たれる前提で動かないと。
”横山様。ファージ誘導は直接試しましたか?”
小出しになってきたグレネードを何個か叩き落としたメアリが、近くに寄って来て接触通信してきた。
”いや”
頭の上から車体を掠った着弾音がメットを掠めて思わず首を竦める。
”走査だけだ”
”誘導かけてみてください。骨子が非常に強力です。横山様なら、代行と同じクラスの誘導が可能かと”
”俺の誘導だと、ハエ潰すのが精々だぞ”
人を捻り潰すレベルの力の加え方は、俺の頭では構造が作れない。
”骨子自体の自重と慣性も使うのです。銃弾を引き出したのでしょう?”
あのカンガルーおしゃべりだな。
”やってみる”
一応、向こうから見えない場所に隔離スペースを作ってから渦巻構造のアーム組み立てを行う。
自重に回転をかけると軽い力でも埠頭の路面が削れて穴が開いた。
”なんだこりゃ?”
同じ組成で組んでも骨子がめっちゃ頑丈だ。
空気中のダストと水分を使い、楊枝と澱粉糊で組む感覚だったファージ誘導の骨組みが、縫い針と瞬間接着剤使うくらい強固で組みやすい。
消費電力もかなり少なくて済んでいる。
”でしょう?”
”副代表。ソレ。やるの?”
つつみちゃんが俺らを見ていた。なんか皆見てる。
”ああ。うん。やる”
でも、青森の湖の時とは違って消費電力は少ないのは良いんだが、墨の所為で無駄な放電が激しい。
遠隔起動は無理だ。
”スフィアを三メートルまで近づけられるかな?”
”流石に気付かれるよ”
”なら、俺らが陽動で前に出る。合わせて転がせ”
おっさんたちが頑張ってくれるらしい。
”肉壁が減る。州兵に用心しとけよ”
前に出る直前、肩を叩くついでに接触通信で老婆心を残していった。
この場に一人だけ残った傭兵をチラッと見ると、微かに頷いてる。
州兵たち三人は怖いから武器携帯させず、民間人誘導のみやってもらってる、武器持ってなくとも存在自体凶器だからなあ。
今までの態度見てると、こいつらは大丈夫そうだけど、俺がお人好しすぎるのか?
つつみちゃんとかソフィアが人質に取られたら直ぐ対処できるようにしておこう。
サワグチは、こいつはきっちり教えてあるし、初めの一人ならなんとか時間稼ぐだろ。
「キャッ!?」
言われた傍から!?州兵の一人!
くそっ!避けられた!
傭兵たちが輸送車の前に出たタイミングで、俺から一番遠い所にいた州兵の一人がサワグチにぬるりと飛び寄った。くっそネット切断された。再接続の為に作った俺のファージ誘導の竜巻針は死角から首を狙ったが避けられた!目の前で作ったの見せたのは痛い!瞬時に構築したメアリのファージ誘導が地を這い、炭の蛇を足に引っ掛けたそいつがつんのめる、制止敵わず、駆け寄られてサワグチを羽交い絞めにされた。上に針作るか?いや、サワグチ盾にされたら危なすぎる。
州兵残り二人は俺らが銃を向けると直ぐ手を上げた。
て事は単独?こいつら州軍はどうなってんだ?ケミカルのスパイ?
「二ノ宮の傭兵たちはそのまま武装解除して前に歩け」
この状況で?こいつはバカなのか?
誰も何も言わない。奴の手にした小型のフォールディングナイフがサワグチの首にめり込み、スーツに穴が開き空気の抜ける音がした。
「通信はするなよ!?早くしろ!」
「柿崎君。止めるんだ、そんな」
州兵の中川が優し気な口調で語りかけるがその分ナイフが刺さりスーツから血が溢れている、口をつぐまざるを得ない。恐怖と絶望を含んだ悲鳴が漏れる。
サワグチ。
バイザー越しで見通せないその眼を強く見つめる。
動け!サワグチ!
グッと脇を締め、両手でナイフを持つ手首を固定したサワグチが、メットの後頭部を思い切り後ろに叩きつける。
効果は薄かったが、緩んだ腕からぬるりと身体を捻りながら下に抜けた後、脇腹への肘鉄から、踵での金的を決めて、半ば転びながら逃げて駆ける。
その背中に振り上げたナイフが振り下ろされる前に、間に踊り出た中川に持ち手を拘束された柿崎は、一瞬でうつ伏せに倒され首を踏まれ無力化された。
車のこっち側に一人いた傭兵が突撃銃で容赦なくその頭を撃つ。
くたりと力の抜けたそいつの手からナイフが落ちた。
「傷は?密閉を」
誘導全開で空間隔離を行い、フィルタリングは遅いのでアトムスーツのエアーをそのまま吹き出してサワグチの周囲に無理矢理清浄な空間を確保する。
既にゲホゲホ凄い勢いで咳き込み始めている。律儀に誘導を使わないサワグチの呼吸器系から炭素の付着したファージを掻き出し綺麗な空気を入れていく。
さっきの今で、あっという間にスーツ内に炭が充満してしまっているな。これは質が悪い。
頭を抱きかかえるつつみちゃんの胸に震えてしがみ付いてるサワグチは、補修材を注入され、メアリとソフィアにテープで補修された後、俺の方を向いて痛々しく笑った。
「あたしで良かったよ」
良くやった。
「一番弱そうにみえたのかもな」
この中で一番無名無実と思われているのはサワグチコピーだ。
只のお気に入りの秘書だと思ったんだろう。
今この場で余計な事は言えない。後でたっぷり労ってやる。
傭兵の咳払いがスピーカーから聞こえた。
”んで?俺らはいつまで案山子やってれば良いんだ?”
匍匐は案山子とは言い難い。
今の処、ガス弾とか面倒なモノは撃ってきてない。
でも、間近の海面が絶え間なく吹き飛ぶのは心臓に悪いな。
流れ弾もいつヒットしてもおかしくない。
”つつみちゃん?準備は?”
”いつでも”
”おっさんら。幕開けだ”
銃弾とグレネードの弾幕にぬるぬると傭兵たちが穿孔していく。
車一台しか通れない狭い埠頭、ハリネズミは銃の射線が綺麗に機能してないのに、銃弾に掠りもせず近づいていくのは流石だ。
後ろからコロコロ追いかけるスフィアちゃんたちがちょっとカッコ悪いが、これが一番早くてバレ難いんだから仕方ない。
力なく痛そうに咳き込んだサワグチをチラッと見たつつみちゃんがざわりと圧を強めて、ザックから折り畳みベースを出した。
”はあ、もうさ。面倒だから”
ポシェットからクァドラテックスフィアが闇に消えていくのが見えた。
一呼吸溜めの後、荒々しくベースを掻き鳴らし始める。
音響配置を確かめながら、瞬く間に支配空間が組み立てられてゆく。
吹き上がる水柱から飛散する飛沫を無理矢理除去し始めたつつみちゃんが感情の欠落した声で独り言のように呟く。
”良いよね?”
何が良いのか。誰も聞かない。
聞く必要も無い。
闇を歪ませ。音の暴力が、全てを塗り潰していく。
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