第266話 屋久島上陸日 安房第二埠頭にて

 島に着くまでの間に、メアリから希望者全員に推測できる環境と対策が提供された。

 フェリーの乗組員は拒否した。ナチュラリストからの情報にはまだ忌諱感が強いみたいだ。当然か、ついこの間まで知るだけで皆殺しになってたもんな。


 今現在、屋久島はその全部が墨で塗りつぶされたみたく真っ黒になっている。文字通り、真っ黒だ。

 光も通さず、反射もしない。計測した処、入っていく光の九十九パーセント以上吸収している。

 メアリのくれた資料によると、ファージコントロールで整列した炭素の粒子が空気中に浮遊して、光線を吸収してるそうで、中に入ると視界はゼロになる。昔地下洞窟で体験した水中に泥が舞うのとかとは桁が違う。

 現象としては陸奥国府ではスタンダードなモノで、カーボニクス・フェライト現象って名前が既にあった。商事で何度か対処した事もあると言った。

 この超低温焼成された炭素粒子はかなり厄介で、付着すると水では落とせない。肌ならまだ良いが、目や呼吸器に入ったら致命的だ。吸気系のラジエターを必要とするエンジンなど起動しようものなら炭素が付着してあっという間に過熱、即ぶっ壊れるので黒い空間内では使えない。貝塚の船から予定されていた電力融通も、始めは電磁波で送る事が検討されていたが、吸収されまくって上手く通せないからと、蓄電車や携帯バッテリーが大量に持ち込まれている。

 メアリが取り寄せた装置を配置するって表記がある、真っ暗闇の山の中、天柱石までのルート以外にも置くみたいだけど、担いで設置しにいくのかな?電源融通ついでに貝塚のヘリが島の外で偵察してくれるとは言っているが、駐屯兵たちがどういう状態か不明だからという理由で、島内の作業に関しては現地の可美村と井上任せでヘリ輸送まではやってくれない。面倒臭ぇ。

 どうせ、貝塚が土足で踏み込むと都市圏とかと色々と揉めるんだろう。


「この技術は赤城山より南には隠匿されてきました。今回のこの発現は、我々の技術奪取、それによる研究事故の可能性が高いでしょう」


 一緒についてきた都市圏の外交官と、州海軍の制服組が気まずい顔をしている。

 何時の時代も、素直に教えてくださいって言えない大人はこうなるんだな。

 フェライトなんて名前が付いてるのも、皮肉でしかない。


「我々の人権を剥奪してまで取得する価値のある技術ではありません。正式なルートを通して関連技術の供与する準備は可能です」


 散々人権を踏みにじっておいてどの面下げてとでも言いたげな海軍君たちの視線にメアリは堂々と応えている。

 この若い制服組たちがどこまで何を知っているのか分からないが、昔の俺を見てるみたいで少し歯痒かった。

 こいつら血迷ったりしないよな?

 二ノ宮の傭兵もメアリの仲間もいるし、下手な事はしないか。


 船長から入るまであと一分と通達され、全員がアトムスーツを密閉、起動する。

 ゆっくりと船が闇の領域に入っていく。

 環境音も五割方薄くなった。スーツのメットの向こうは墨汁より真っ黒で、ライトの光も全く感じられない。内部ライトを付けてメットにグローブを押し付けると押し付けた部分だけ見えて、カメラの故障ではないと分かる。

 これは酷い。


”おいちゃんら、銃で解決出来ないのは苦手なんだよな。ボウズ。どうだ?中でハリネズミ可能か?”


 早速傭兵からきた。

 それは俺も考えた。


”スフィアも無人機もファージ使わないと飛ばせない。転がしたスフィアじゃ限界がある。今の処良い手は無い”


 俺のワームとかスパイダーは全て持ってこれなかった。

 展開出来る目の量はお察しだ。


”まじぃな。赤外線もちょっと離れただけでぼやける。ソナー頼りは詰むぞ?”


 入り口前にいるおっさんとは十メートルも離れていないのに、これでも電磁波無線に砂嵐がザラつく。


”何か考える。おっさんらも思い付いたらよろしく。メアリに聞くか”


”おう。ヨロシク”


「メアリ。走査手段は?音波だけじゃ動きにくくてしょうがない」


「普通にファージ走査可能ですよ。使っても直ちに悪影響はありません。無線での電力融通は吸収されてしまって減衰が酷いので、電力切れにはご注意ください」


 ファージ走査可能?なら操作もできる?

 サイレントで聞いてみるか。


”俺が普通にファージ使って大丈夫なの?”


”ええ”


 なんだ。なら何の心配も無い。


”ただ、ファージの光ピンセットに炭素片が非常に付着しやすいです。慣れないとコントロールに手間取るかもしれません”


 なるほど。

 となると出来る事の幅は狭まるが、んでもかなり気は楽になった。


”弊社のアプリを使えば、細やかなコントロールも可能になります”


”でもお高いんでしょう?”


”九十九カンパニー様でしたら、お得意様価格でご提供させて頂きます”


 金取るのかよ。とツッコミたいがなんとか我慢した。

 メアリなら只でくれるだろうが、使ったらモニタリングは必須。

 なんか、銀行で可美村とか貝塚との事思い出して懐かしい。ニヤけてしまう。


 皆に言っておくか。


”聞いたら、ファージ使えるってさ。欲しいならアプリ配るって”


”うん。でも操作ログ残っちゃうんだよね。まだ消し方が分からない”


”使う前に隔離すればいいじゃん。使った後燃やそう”


 サワグチは何気に過激だよな。


”したら、隔離したらどうせその後使うって気付かれる。いいじゃん。気にせず使えば”


 ソフィアはそういう奴だ。

 見たきゃ見ればと言えるオープンさは、ファンやストーカーに追い回されるのが日常茶飯事なソフィアならでは。

 俺は嫌だ。


”まぁ、あたしは何が有ってもここじゃ自由に使えないけどね”


 表向きソフィア二号のサワグチは、もしダイレクト接続したらサン=ジェルマンのコピー体って直ぐバレる。

 こいつ用に捨てアカ作っておこうか。

 既に持ってるかな?


”あんたは本体たるあたしが守るから、堂々と秘書してなよ”


”頼りにしてるよ”


”二号は捨て垢持ってるのか?”


”うん?何個かあるよ。ポカはしないよ”


”了解”


 埠頭が近づき、ファージ誘導の効果範囲内に薄っすらと誘導してる兵が見えてくると、船首に出ている傭兵たちから連絡が入る。


”全員生体モニター付けてねぇぞ。位置も完全に撃つ配置だな。ヤる気みたいだ

。正面からだと人数で撃ち負ける。どうする?”


 傭兵から送られてきた簡易MAPには五十人以上いる。メアリたちは気付いてるのか?”どうする”って聞くって事は、おっさんたちにはいくつか案があるんだな?

 全体の意思確認をしよう。

 船内のメンバーに緊急ラインでファージネット接続を行う。

 一応、メンバーは全員許可してくれて繋がった。これで裏切りが出ても、ネット使えば俺が気付く。


”残念なお知らせだ。今銃を抜いたり向こうと通信したら敵対行為とみなされるのでよろしく。埠頭にいる奴らは俺らを殺す気だ。どちらさんかは分からないがこの状況では対処せざるを得ない。因みに俺は生命の危機を感じている。どなたか、申し開きは?”


 一寸先も真っ暗な中、船の上ってのが嫌過ぎる。

 十中八九、閉じ込めた上で沈没か炎上させてくるだろう。

 まともに撃ち合ったりファージ合戦したらこのメンバーには敵わないからな。

 アレ?これ海中は?と一個スフィアを沈めてみたら、水中は普通に見える。

 上の空気が真っ暗なので外からの反射しか光は無いが、電灯も問題無い。これは使えるな。


 外交官が手を上げて、続いて州海軍の制服君がゆっくり立ち上がり手を上げた。制服君の手下二人も、手を上げて壁際に寄っている。まぁ、確かに、この状況で一番怪しまれるのはあんたらだ。

 スーツの中で白い顔をしているであろう外交官が口を開く。


”状況から見るに、研究施設の会社のセキュリティが海軍を制圧したか、買収したんだろう。都市圏としてはこれの鎮圧に賛成する”


”我々は買収などされない”


 制服君がイラッとしている。


”方面部隊があいつらのセキュリティ程度にやられるとは思えないのですが如何でしょう?”


 イラッと切り返した都市圏の外交官は、州軍に対しては強気だな。

 あまり仲が良い訳じゃないんだな。


”朝方、ヘリが落とされたっぽかったのは?”


”ええ。応援部隊のヘリが春岡ケミカルと海軍で五五に分かれて乗ってたと聞いてます。海軍だけ撃ち落とされたとみられます”


”つつみちゃん、春岡ケミカルって?”


”オフライン情報だけど、送るよ”


 流石、用意が良い。


 接触通信で貰ったデータを確認する。都市圏の化学系企業だな。

 色々手広くやってる。大宮が拠点か。地図で見た事あるかな?二ノ宮とはつき合いなさそうな会社だな。有ったら憶えてる。

 島内の研究施設の持ち主だ。


”話通せないのか?”


”無理だね。どっちかっていうと、同じ分野では商売敵、製薬でシェア取り合ってる。交流は無いよ”


 うーん。残念。


”向こうでアクションは?”


”今やってる。現時点ではアポ通す気なさそうだってさ。圏議会通して話してみるって”


 言うまでも無いか。あちらさんはやる気だ。

 こんな状況で俺らと敵対して何のメリットがあるんだ?血迷ってるのか?

 ヤバいネタ消すまで時間稼ぎしたいとかかな?


”オイボウズ。兵装割れたぞ。共有する”


 おお。おっさんら優秀だな。

 こんな走査機器ミジンコな状況でよくやった!


 !


”全員グレラン持ち!?”


 ロケットじゃないのが厭らしい、この霧の性能を知っているんだ。

 きっとニヤニヤしながら手ぐすねを引いて待ってたんだろう。


”完全に殺しに来てるな”


”弾種は分かるか?”


”弾数は大体表示数くらいだ。見えねえからなあ”


 一番少ない奴でも、単発で持っている。

 多い奴は六連装ランチャーで弾十個以上。持ち弾は確認したグレネードだけで百五十発。

 足止めして船ごと沈める気だ。

 ここに乗ってる俺らを殺すってだけで、メリットは十分あるっちゃあるのか。

 ここで誰が死のうと、本社で”島の奴らが暴走して手が付けられませんでした”とか釈明すれば済むとでも思ってんのかな?

 こんなトコで死ぬ気は毛頭もございませんが。


”つつみちゃん、グレネード海に落とせる?”


”スフィアは足りてる。誘導で動かせるし、効果範囲に入りそうなのは全部引っ張って落とす予定”


 頼もしいな。


 でも、電力が微妙だから、一発ずつ近づいて道連れにしなきゃだろう。

 コスパ的に最悪だ。


”外交官殿。あいつらは敵対行動と見なして良いんだな?”


”この件に関しては二ノ宮の立場を尊重します”


”州兵の方々は?”


”勘違いの可能性は捨てきれない。事前通告をさせて頂きたい”


”あぁん!?”


 傭兵が無線で器用にガンくれてる。

 気持ち的に俺もやりたい。

 立場上、軽い皮肉に留めておく。


”自分らは弾が避けてくれると思ってる?”


”命は惜しいが、不安なら前線には私らが丸腰で立つ”


 疑ってはいるが、そこまでしろとは言ってない。


”メアリ”


”準備は出来ていますよ”


 既に部下共々、配置についている。何をやるかは教えてくれていないけど、種明かししない程度にテキトーに連携してくれるだろう。


 深呼吸。


”停泊完了後、通告を許可する。その前に攻撃が始まった場合はその限りではない”


 譲歩できるのはこの程度だな。


”感謝する”


”準備開始”


 ゴーゴー言いたいが言える雰囲気じゃないよな。

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