第265話 屋久島上陸日 公立病院にて
夜明け前、異変。
朝日が出ても屋久島は文字通り真っ暗だった。
メアリたちが向こうを発った午前三時くらいから変化は始まっていた。こっちに到着する午前八時には島全体が真っ黒に染まり、空全体が快晴なのに上空からの映像でも、墨でも垂らしたみたいになっている。
煙が巻いてるとか霧とかそういうレベルではない。
非干渉群にしちゃデカすぎるよなあ。何なんだアレ。風の影響もほとんど受けていない。
スミレさんから連絡が来て、朝一で州政府海軍の北九州方面軍が事前に現地入りすると連絡があった。
朝焼けの中、島を覆う闇に向け降下していくヘリが沖縄から十機飛んできて、明らかに半数以上が墜落炎上してたのに、海軍からは手助け無用の通告が来た。
音も光も打たないで欲しいと通告があり、上陸許可が出た傭兵たちもその所為で調べられないので危なすぎて近づけず、沖から様子見している。
屋久島との連絡は普通に取れるらしいが、州政府の通信内容は非公開だ。
旅館の屋上に設置されたヘリポートには、飛翔体やレーザー検知の為に周囲五キロが飛行禁止区域に設定され、只今絶賛厳戒態勢中。
州兵の命令系統が混線してて、今回の不可侵条約について陸軍と海軍で揉めているらしく、海軍はこっちの警備に海上のみで参加。陸軍が夜半の襲撃だと通達があった。
えっと、屋久島の警備してる奴らは海軍所属で、もう訳分かんねえ。
俺らがお出迎えする中、旅館の屋上にゆっくりと下りてくる白いグライダー。
「反応されましたね」
第一声、降りたメアリが溜息をつく。
「知っていれば違う手が有ったのですが」
「知ってるのか?メアリ!?」
俺のテンションを上げた返しに変な顔をしてる。
「緊張感あるのか無いのか。いつも疑問に思います」
「うちの副代表に関しては、そういうもんだと思ってよ」
何故かジト目で器用にドヤ顔してるうちの代表。
手を出したつつみちゃんに握手した後のメアリが、俺にも握手を求める。
握手?何だ?
案の定、接触で通信許可を求められ、つつみちゃんから”おっけーして”と無線が飛んでくる。
”午後までに機材を搬入したいのですが、許可は下りるでしょうか?”
つつみさん自作のチャット部屋が作られたんだ。
また暗殺者の州兵来たら嫌だもんな。
”モノは何なんだ?”
”遺伝子ドライブ用のプラスミド生成装置です。島全体に配置する必要がありますが、環境負荷を考えずに収束が可能です”
エレベーターは危険だからと階段で最上階から皆で下りる。
”という事らしいけど、どうなんです?山田代表”
”アポトーシス誘発型なら、地所の保安部も持ってるけど”
”それではファージが死滅します。ネット環境は維持したいので、半導体との切断だけ行います”
”え?チョット待って。何それ?”
”文字通りですが”
質問の意味が分からなかったらしい。
俺も意味不明だ。
そんな事出来たのか?
”それ以前に、メアリはあの黒いのが何だか知ってるのか?”
談話室に入り、既に到着していたウルフェンのメンバーと舞原裕子のイニシエーション分体にメアリが挨拶する中、会話は続く。
”霧の詳しい組成は風土によるので分かりませんが、主成分はファージ運用で整列させた炭素でしょう。有害な上、小さすぎてマスクでの完全フィルタリングは不可能なので、上陸するなら吸気用ボンベの持ち込みをお勧めします”
”州政府が隠してるのってそれ?”
”隠してるのですか?隠すほどの事象では無い気がしますが”
周囲を見回したメアリは、改めて俺らに向き直る。
周りの人間は、俺らの通信に気付き、会話を止めてこちらを見ている。
「所感としては、統一政府の隠している事というのは、生体接続者を使ったイニシエイト環境の再現実験とその利用の事ではないのかと思うのですが?」
あえて声に出したメアリ。
記者が目を瞑り、眉に皺を寄せている。
知ってて言わなかったな。行けば直ぐバレる事だし、こいつを責める気も無い。
事も無げに言うメアリも大概だと思う。
「どういう環境になっているかは現地に行ってみないと分かりませんが、霧をコントロールしている存在との接続を遮断するだけで一次収束が可能です」
「それが可能だとしてさ、ファージオフライン化は当初の目的の石の奉納が出来なくなるんじゃないの?」
当然の疑問にメアリが頷く。
「焦点の選別は可能です」
「そこまでなの?」
つつみちゃんが絶句している。
焦点の選別って事は、原因を特定してそれだけ隔離できるって事だろ?
舞原商事は二ノ宮よりファージコントロール技術が進んでいるんだ。
資金力的に二ノ宮より弱そうだけど、ナイトロゲン・シリンダを保有してる二ノ宮より技術力持ってるってのはゾッとしない。
きっと、俺に見せていないモノは山ほどあるのだろう。
昔も、遺伝子改変した蚊で伝染病撲滅とかしてたが、こんなファージをピンポイントで色々効果弄れたら、都市圏は陸奥国府に太刀打ちできなくないか?
”万能ではありませんよ”
俺の驚きにサイレント通信が入る。
「今回は有用だというだけです。電源の使用許可も頂けると捗ります」
つつみちゃんが連絡を取ると、スミレさんからは二つ返事で使用許可が下り、むこうに一緒にいたみたいで、聞いてた貝塚も噛ませろと九十九里から可美村と井上が生成装置を積んだグライダーと一緒にやってくる事に。代わりに電源艦の融通をするという。
うちの本社が空っぽになってしまうんだが?
傭兵たちに空箱警備させるのも気が引けるが、仕事なんで構わないか。案外、気楽で良いとかサボってそう。
発着場近くの公立病院で治療施術中、俺らは病院の一室で待つ事になった。治療後の確認が必要だと言われたが、対外的なモノなのかな?
人数分のアトムスーツの用意にも時間がかかり、その間俺らは手持ち無沙汰だ。正確には俺だけ暇。皆忙しそうに通信している。
記者でも居れば、暇人同士バカ話で時間潰せたのだが、海軍に移籍手続きで一旦現場を離れるとの事で、それが終わってから用地計画の話し合いだ。
あいつの転身の身軽さは見習いたい処だよな。
流石に皆必死になってる中ゲームとかトレーニングやる訳にもいかず、うーん、困った。
ドーナツでも喰いたいな。ここは郊外なので店が少ない。港にフードトラック停まってたよな?二キロくらいか?バイク借りられないかな。無理か。
俺が窓の外に想いを馳せていると、一段落したのか、手術室から出てきたつつみちゃんがトコトコ近づいて来る。
「お腹空いたの?売店で何か買ってこようか?」
なんだろうな。この遣り切れない気持ち。
「執刀医の貴重な休憩時間を消費する必要は無い。買い食いくらい一人で出来る」
「やっぱ空いてんじゃん。何が良いの?」
「自分で選ぶよ。休憩か?つつみちゃんこそ座ってれば?」
「ううん。保護管理責任者として放ってはおけないからね」
お母さんかよ。
軽い挫折を味わいつつ、つつみちゃんと病院の売店に向かうと、思ってたより規模が大きく、小さなスーパーくらいの規模だ。
生鮮も総菜もかなり充実している。
嬉しいけど、病院でコレはどうなんだ?患者の栄養管理出来ないだろ。
近くに店が少ないから、それも兼ねてるんかな。
「今日のおススメはからいもドーナツだって。皆にこれ買ってってあげよっかな?」
サーターアンダギーっぽいモノがお惣菜コーナーのバットに山になっている。
「止めておけよ。手術室が油まみれになるぞ」
「確かに。今は困るね」
クスリと笑ったつつみちゃんは、テキトーに摘まめそうなおにぎりセットとかジャンクフードをポンポンかごに放り込んでいる。
それ全部あそこの中で食べる気なのか?
病院のひとたち泣くんじゃないか?
流石に、いくらつつみちゃんでも手術室の中に飲食物持ち込みは無かった。 その後一時間程で手術は終わった。
集中治療室に移動させられ、ポッドの中で昏睡状態の舞原と生体モニターを目視確認だけして俺の午前中の仕事は終わり。ホント形式だけだな。
終わったら直ぐ移動。休む気の無いメアリは、夕方には戻りたいとの事で、時間も押してるのでとっとと屋久島に上陸したいらしい。
なので病院から港の旅館までグライダーで移動。
そこから装甲車で船まで移動する予定だったのだが”港もすぐ目の前だから連絡船まで歩きましょう”となって、州も都市圏もうちの傭兵も、警備担当各々がげんなりしてた。こっちが用意した装甲車乗るとファージ遮断されるからな、メアリとしては逆に不安なんだろう。
挨拶もそこそこに、屋久島収束の為、保安確認だけして早速向かいたいと言うメアリ様に、州の外交官が慌てている。
「皆様の安全が確認できるまで上陸は待って頂きたいのです」
真っ白な顔をした都市圏の外交官は灼熱の太陽に脂汗を浮かべている。
「失礼ながら、先ほど来る時に上空から拝見させていただきましたが、現在も被害が拡大しているとお見受けします。弊社に任せて頂ければ、行方不明者の救出も含め、助力できるかと思われます」
「大変有難い申し出ですが、治安維持が済むまで上陸は許可できかねます」
「弊社の協力が有れば適切な治安維持が可能でしょう。貴方に決定権が無いのであれば、わたくしの方で決定権のある方にお話を通しますが?ええ、海軍幕僚長の大城様ですか?将補の首藤様の方が早いでしょうか?」
「お繋ぎ致します」
可哀そうに。
繋いだら秒で話しがつき、可美村たちが持ってきた秘密兵器たちを積んだトラックと共に連絡船に乗り込む。
連絡船というか、これはちょっとしたフェリーだな。
向こうとの運輸も兼ねてるのか。
「現場に決定権を持たせない州軍の悪い癖はまだ抜けてないみたいですね」
席を断って柱を背に立ったメアリは、周りの部下たちと交信しながらふんすして声有りでボヤいてらっしゃるけど、舞原家が統一政府の海軍トップに話通せるって、都市圏詰んでないか?
ホットライン構築されてるって安心すべきなのか?
今の俺が考えるべき事では無いな。
きっと仲良しになったんだろう。良い事だ。
「副代表大丈夫?目が死んでるけど」
隣の席のつつみちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる。
アトムスーツの胸の部分がつつみちゃんの胸圧に耐えきれず捻じれてエロい。
「とっても元気だ」
「「ふん」」
窓際に立つサワグチとソフィアが”どこが?”とでも言いたげに俺をジロリと睨んで仲良く鼻を鳴らした。
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