第264話 元記者

 流石におっさんたちと繋いだ。

 間髪入れず突っ込まれた。


”さっきの通信でスパイ容疑かかってんぞ。何やらかした?”


 スパイとか、今更何だ?


”明日の予定を専用回線でやっただけだ”


”あー。んー。マスターには?”


 これにはつつみちゃんが応えた。


”これから内容送る”


”臭ぇな”


”俺も”


”え?何?わたし?”


 毎日朝晩シャワってますがな。

 つつみちゃん大浴場行かないから精神衛生上よろしくないんだよなあ。


”向こうの島に駐屯した州兵が都市圏と組んで何か隠してるクサいんだよ”


”ああね。ああ。明日どうしても島に行ってもらいたくないんだね”


 だからって、舞原商事と通信したくらいでスパイ容疑かけてエレベーター計画代表撃ち殺すこたないだろ。

 それぐらい不味いものがあの島にあるのか?

 テロリスト虐め殺すショーよりヤバいものが?


”姉御。送る時俺らの島の上陸許可も申請してくれ。何やってるか見ておく”


 傭兵たちが先に地ならししてくれるらしい。心強いが、おっさんたち州政府怖くないのかよ。

 中小企業の警備会社が国軍に逆らう様なもんだぞ?


”州に逆らうのか?”


”名ばかり将軍よりバーのマスターのが怖いつーの”


 スミレさん自分で軍隊持ってないからな。今の世の中そこまで恐れられる理由が今一分からん。俺の認識不足なのか?


”確か向こうの島に百人くらい兵隊上陸してたろ。今俺らの周りどうなってるんだ?こっちに渡ってきたのか?”


”行動不能にしたのは七人。現時点で樹脂系のSMG持ちだけだ。弾もあんま持ってなかったな。これじゃ流石に少なすぎるから置き場所は探させてる。屋久島の人数は兵隊も背広も把握してる、変わってねぇ。多分、こっちのは別口で、本土からの資材搬入船に紛れてたな。あんだけ船が多いと、隠れられたら俺らじゃ全部見るのは無理だ”


 二ノ宮の名前で毎日大量に入港する州政府専用船舶全部を船底までかっさらう訳にもいかないしな。

 州政府ってこういう事する奴らだったのかよ。マジ幻滅。

 今回の事を口実にこれから調べられるから良いか。

 いや、良くない。無駄に人と金が飛ぶ。


 コンコンコンと窓が叩かれた。

 カーテンの向こう、窓の下の方に誰か張り付いている。

 傭兵が気付いてない。州兵とは別か?

 ああ、音が指向性なんだ。

 ナチュラリスト?


”近づきたくないね”


 つつみちゃんからサイレント通信。

 生体モニター登録無しの奴だったので外に設置してある無人機を使ったら、誰なのかは体表面ソナーのシルエットのみで判明した。

 記者だ。

 銃は持って無さそうだけど、でも近づいたとたんブスリは困る。

 ベッド横のソファーのスポーツバッグを開き、飛ばした無人機で開けさせる。


”流石にファージ展開するぞ”


 頷いたつつみちゃんも遮蔽位置にスフィアを浮かべた。


 カーテン越しに鍵を開けると、頭ギリに開いた隙間からぬるりと這って記者が入ってくる。

 秒差でピスピスと記者がいた位置の窓に蜘蛛の巣が張る。あんま腕良くないな。牽制か?ワザとか?


「これであたしもお尋ね者だ」


 自前の無人機で外と通信しながら広縁の床に寝っ転がって笑っている。


”おい、おっさん。一人抜かれてんぞ”


 バタンと急にドアが開き、傭兵たちが銃を構えてたので慌てて前に出る。


”御免。待て。記者だ”


「あぁん?」


 立射の傭兵も膝射の方も俺越しに胡散臭げに覗いた。

 おお、気付いてたか。いつの間にかおっさんたちフル兵装。久々に見たな。

 勿論俺も、背中を向けつつも油断はしていない。つつみちゃんのカバーにもいつでも入れる位置で記者の弁明を待つ。

 爆発物は装備して無さそうだが、体内に液体で持ってたら少し困る。

 生体接続者だし、そっち系の防衛も丁寧に準備しておく。


「州政府は島を都市圏の管理に任せる気は無い。先ほど通達が出た」


 どういう事だ?


「条約は都市圏と陸奥の物で、政府的には寝耳に水。九十九里の作った不可侵契約は無効だって」


「あの後、地下で受理されたろ。統一政府なんて知るか」


 何の為にあんなデモンストレーションしてまで条約結んだと思ってんだ。

 そもそも、州政府が何と言おうと、都市圏と陸奥国府には関係無い。


「窓閉めていいかな?」


 おっと、そうだな。

 無人機で閉めた。


「屋久島の地下鉱脈は知ってるかな?」


「タングステンだろ?」


 もう百年以上前に掘りつくしてた筈だ。

 水資源の調査の一環で、当然隣の屋久島の地質や植生も調べてある。

 坑道はその大部分が既に埋まっているか水没している。

 埋蔵量がもう少なすぎてコスパが悪いから再採掘も考えられていない。


「それ以外にも色々試掘はされた。中にはゴールドも有った」


 金は少なすぎて採算取れなかった筈だ。


「水没した元坑道の環境DNAに、ゴールドを吸着した新鮮なモノが多く見つかってるの」


 そういう話は好物だけどさあ。


「与太話信じて軍隊で守ってんのか?」


「何故か見付からなくてまだ特定はされてないけど。別に、その本体を見付けたい訳じゃない。構造解析出来れば、海水から金が抽出出来ると踏んで今もう年間の予算が動いてる」


 錬金術かよ。

 上手くいった話は聞いた事が無い。

 ああ、島の西でやってる燃料採取は海水からリチウム抽出やってるんだっけか。


「何でそんな所でナチュラリストの囚人使ってショーやってたんだよ」


「んなん知らないよ。囚人病院と研究機関は別だし。そのDNA片が見付かったのは数カ月前だし。逃げ出そうとした患者捕まえた時に、隠れてた水中洞窟の壁面が光って気付いたんだってさ」


 土地や建物接収する訳じゃないからそのまま居座れば良いじゃんか。

 アレか。

 島を明け渡したら、二ノ宮か貝塚か舞原が先に技術開発しちゃうって思ってんのか。

 目ざとく気付いて普通にやっちゃいそうではある。

 共同開発してマージン貰えばいいのに、欲掻くから。


「十何年か前、革命で人が死にまくって政府主導の皆保険制度が破綻して、遺族年金も支払い滞ってるし、今税収少ないからね。逃したくないんじゃない?」


 何故、こんな世の中で皆保険しようと思った?

 破綻すんの目に見えてるだろ。

 そもそも、国庫を資源頼みとか、発展途上国かよ。


「何で俺らに?」


 暗闇で口の端を曲げた元記者は、カーテンの隙間から差す月光にキラリと目を光らせた。


「死なれちゃ困るんだよ。波に乗れなくなる」


「そんな事だろうと思ったよ」


「分かってるなら聞くな」


 大体分かったけど、俺らはまだ死にたくない訳で。




 本州の州兵陸軍は、こう言っちゃなんだが、あまり汎用性に富まない。

 ミスを最小限に、効率的に動こうとする。

 なので、ナチュラリストに逆手に取られやすい。

 勿論、ナチュラリスト対策もしてるけど、のじゃロリクラスから大規模魔法喰らったら成す術もないだろう。

 元々、用途別に部隊分けされてて、ナチュラリスト対策は専用の奴らがいてそっちに任せるから仕方ないっちゃ仕方ないか。

 規模がデカくて細やかに動く貝塚みたいな方がイレギュラーなんだ。

 今、傭兵から州兵の撤退報告を受けた。

 もうルールで決まってて、どうせ半数の戦闘不能で撤退だから、こっちに殺しに来たのは四十人ってとこか。

 公式ルートで負傷者の保護が通知された。

 殺しに来といて助けろとか、まぁ助けるけどさ。


”あいつらはセオリー外押し付けると動きと意思決定が鈍くなるからな”


 暴力稼業はルール外上等。なんでもやる傭兵にとっては料理しやすいのだろう。


”でも、屋久島に上陸してんのは面倒な奴らだぞ”


「だね。今、屋久島にいるのは内務作戦群の九州方面部隊で、大陸のナチュラリスト相手に琉球諸島守ってる奴らだよ。別次元だと思った方が良い」


 記者が説明してくれるんだけど、そっちの方は詳しく調べた事無いのでピンとこない。


「今襲撃に来た奴らは、本当に俺を殺す気だったのか?」


「あんたの周辺警護の公表人数も実際の現地で把握されてた人数も六人だけだったからね。襲撃専門で防衛に慣れてないし、四十人居れば完遂できると思ったんじゃない?暗殺指令は別口で下りてる。見せるのは勘弁して」


 実際にはここで百人以上が監視も含め周りで動いてくれている。

 四十人相手に潜伏していた傭兵の奴らが身バレ五人で撤退に追い込んでしまった。暗殺部隊も泡を食っただろう。


「明日、態々ノコノコ乗り込んであっちの州兵とカチ合う必要は無い。本土で圧力かけてもらったら?」


 つつみちゃん監修のもと傭兵たちから身体検査が行われている記者は、時間が勿体ないとその場で話を続ける。

 内視鏡入れられて顔色一つ変えないのは逆に怖い。


 X線での炙り出しも終り、傭兵の一人が終了を告げ両手の平を上に向けた。目の前のテーブルは兵装と小道具で埋まっている。

 こいつ殺し屋みたいだよな。

 あいつほどは動けないだろうが、さっきの蛇みたいな三千院を彷彿とさせる動きは異様だった。性格も行動指針も今一一貫性が無いし、要注意だ。


「んで?これら持ってないとあんたも自分も守れないんだけど、元に戻して良いの?」


 良い性格なのは一貫してるな。

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