第263話 不穏の影
あれから一週間経った。
仕事の時間以外が休息やトレーニングに使えず、ソフィアにステップのレクチャーを受ける事になってしまった。大切にストックしてたステップパターンのデータも全部消されて散々だ。
こんなのあたしのステップじゃないとモジモジぷんぷんしてた。
ソフィアにとっては、一ケ月前のステップも稚拙で恥ずかしいらしい。
あれ?これ、一月毎に地獄のプンプンレッスンを受ける拷問が始まったりしないよな?
持ってる動画全部見せたら”あんたが既にやった事に対して権利は主張しないであげる”ってお言葉を頂いたので一安心ではあるけど、暗澹たる未来にテンションはダダ下がりだ。
いや、プラスに考えよう。
もしそうなったとしても、動くソフィアを合法的にじっとり観察できる良い機会なんだ。
そうだ。何か元気がむくむく湧いてきたぞ!
屋久島にナチュラリストたちが参拝する為の施設や交通の整備は、不可侵条約と共に計画として形作られたものの、全く進んでない。
島に入れないからだ。
何故入れないかというと。
「結局まだ見付からないのか」
夕飯の刺身定食に舌鼓を打つ。
地元で獲れた魚に、種子島の米、俺は刺身は活魚じゃなく寝かせた身の方が好きなのだが、この新鮮なブリブリ食感は久々だ。
ご飯は美味しいのに、話題が不味い。
旨い飯には愉しい話を合わせたいが、皆何故かこの話題になってしまう。
早く決めなければいけないのに。明日にはメアリが来てしまう。
午前中はメアリ立ち合いの元、この種子島で舞原裕子分体の遺伝子治療が行われる。
午後には屋久島への視察が予定されている。
「流されたか喰われたか。どっちにしても全員は見付からないと思うんだけどね」
島の患者たちの数が、現在把握してる人数と全く合っていないのが理由だ。
上杉や舞原たち以外にも、テロに参加せず別口で逃げ出したり消えた奴らはかなりいる。中には、州統一政府の指名手配犯や政治犯もいて、死体で見つかる者も行方不明もいる。
陸海空総力上げて探しているが、三日目以降発見された者は増えず、二十人近くがまだ不明だ。
こっちに上陸したメンバーは上杉たちが把握していたので手間が省けたが、屋久島に残した奴らに関しては関知しないと言われた。
実際、屋久島を出る前に諍いも起こったらしい。
船に乗る直前に内紛でどさくさして舞原を別勢力に獲られそうになったとも聞いた。
「ビーコン外して逃げたのが五名。ビーコンごと消えてるのが十六名だって」
つつみちゃんが名簿ごと見せてくれた。
この間佐藤君に見せてもらった中で知った顔も有り、いくつか見覚えがある。
まぁ、やってた事が事だからな。
一度逃げたら二度と戻りたくないだろう。もうショーに使われないって分かってても俺だって嫌だ。
「もう良いんじゃないん?明日は州の治安維持部隊も合流すんでしょ」
「んー。そんな所で遠足すんのなんか嫌じゃん?」
まぁなー。
見つかってないメンバーには普通に都市圏群に籍を持っていたスキナーとか凶悪犯もいる。
いくら警備付けても、そんなのが潜んでいるかもしれない所につつみちゃんとソフィア連れて上陸したくない。
「もうさ。ファージブッこんで俺が島全体虱潰ししようか?」
「洞窟多いから面倒だよ」
ンな事言ってたら何時まで経っても始まらない。
妥当な案としちゃ。
「島の出入りを種子島経由の二段階にして、ファージ完全遮断継続かな?」
ハリネズミ起動も視野に。
「でも、石に神降ろしするんでしょ?」
そうでした。
ナチュラリストの観光名所になるんだっけ?
ファージ必須だわ。
サワグチが口を出してきた。
「全部北に任せちゃえば?」
それも手ではある。
「凶悪犯が亡命したらどうするの?」
「させれば良いじゃん。そいつら庇って英雄に仕立てるほどアホでもないでしょ?」
加害してた施設運営者共は、屋久島の施設地下に有った”お楽しみ部屋”という名前の地下ボイラー室で、事件当日の時点で既に全員炭になっていた。
施設への訪問者名簿はナチュラリスト圏に流出していて、州政府とか都市圏の議員も載ってた。捕まって死んでるのか生きて逃げたのか、その中の何人かはもう既に行方不明だ。
「都市圏が難色なんだよね。全員の所在が判明するまで島に新たなナチュラリスト入れたくないって」
ジュースばっか飲んでるつつみちゃんは、尖らせた口にストローを咥えて愚痴モードだ。
「はあ?明日舞原商事来るよ?」
「そうなの。よこやまクン何か考えてよ」
「案はさっき出しますた」
「却下。それ以外で」
ファージ虱潰しで解決する以外思い付かん。
「もう、メアリに相談しよう!」
「あんた、ヤケにあの商事のエロい人贔屓にしてるよね」
贔屓、というか。
「向こうでは何度も命を救われたんだ」
のじゃロリの意思もあったんだろうが、あいつがいなければ俺は向こうで死んでいただろう。
メアリにしても、のじゃロリにしても、金持も、タコも、浜尻も。
今考えてみると、何か一つ欠けただけで俺は死ぬか脳缶かどっちかになってた気がする。結構綱渡りだったよな。
「人喰いのテロリスト国家だからって、全員が人喰ってる嫌な奴って訳じゃない」
そもそも、舞原家の奴らはほとんど人喰ってないだろ。
炭田なんて被害者だし。
「そなんだ」
色々聞いてるだけに、ソフィアのその一言が痛い。だから何だとか言われないので余計刺さる。
ソフィア的には、酷い目に遭ったし、坊主憎けりゃって感じなんだろうな。
でも、それを変えようとは思わない。それはそれで仕方ない。
俺が口を挟むべき事じゃない。
こいつの場合、騙され易いからそのくらいで丁度良いかもな。
でないと、詐欺師に肉奴隷扱いされても死ぬまで気付かなそうだ。
「明日の朝でって訳にもいかないし、代表。ちと連絡しといて良いかな?」
「こんな時だけだいひょー?」
つつみちゃんキビナゴの刺身つんつんするだけで喰ってないな。苦手なのか?見た目で駄目なのか?
「報連相と指示確認は大切だ、その刺身いらない?」
「就業時間厳守も大事だと思うけどね。あげる」
つつみちゃんはオフの時に仕事の連絡をすると不機嫌になるタイプだ。
「もーらい。あんた時々妙に爺クサイから調子狂うわ」
自分の茶碗のご飯の量を確認する為に目を逸らした一瞬の隙を突かれ、サワグチに取られた。
「お前アレルギーじゃなかったのかよ」
そのキビナゴは俺が貰ったんだ!
「蕎麦だけだよ。しかももう治ってるっつったし。んーっ。美味し」
くっそ。
食後、泊ってる旅館の客室、広縁の椅子で一息ついてから二ノ宮の衛星経由でうちの本社の可美村に伝言頼んだら、十分もせずにファージ通信が入った。
一応、目の前で腕を組んでまじまじ見てくるつつみ様に許可取ってから受信する。
文字データのみだった。
”夜分申し訳ありません。早めの方が良いと思いましたので”
メアリだ。
舞原家自前の中継器から直近のファージ経由だな。
静止衛星持ってない筈だけど、電波は安定してる。
高高度で島周辺に無人機飛ばしてるのか?
”窓の外にスフィア置きました。レーザー通信に切り替えられますか?”
盗聴防止徹底してるなあ。スフィアどこから持ってきた?
向こうからスフィア飛ばしたら丸一日かかる。準備早くね?予定には無いけど、既に誰か現地入りして下準備してるのか?
カーテンを開けると、馴染みのあるみなかみ別荘地のアドレスから接続が開始された。
”既に盗聴が開始されてますので手短に。我々に任せて頂ければ、範囲内での行方不明者の所在特定は可能です”
落ち着いた声だ。後ろがガヤガヤ騒がしいな。これは、大本営の中かな?
”範囲内というのは?”
”捜査する許可が取れた範囲という意味です”
おお。凄ぇな。
”ならよろしく頼みたい。こちらでの準備は?”
”ファージ誘導の許可を”
当然っちゃ当然か。
”二つ返事は出来ないが、了解だ。その方向で話は進めてみる”
”では明日”
通話はサクッと終了した。
つつみちゃんは黙って俺を見ている。
「という事だ。許可取れるかな?」
「うーん」
手を出してきた。接触通信?
”早速囲まれてる。傭兵さんが知らんぷりしてて欲しいって。とりあえず窓から離れよ”
部屋の電気を消し、窓から離れて、つつみちゃんをベッド脇にしゃがませ自分は壁際に寄る。
こうなると、空調とコンセント全部塞ぎたいな。
どこのどいつだ?
てか、傭兵たち最近俺と直通作らなくなったよな。
信用無いのか?三千院が急に顔出すからかな?
確かに、暗号通信にナチュラリストのボスが割り込んで来たら嫌だわ。
”俺は走査機器色々使って良いのかな?”
”ファージもスフィアもカメラも。全部駄目。危ない事禁止って言ったでしょ”
使わない方が危ないんですが。
”まぁいいか。あのおっさんらなら下手打たないだろ”
”そうそう。ん?”
パタパタ銃撃音がした。フラッシュグレネードの音もいくつか響いた。
”何だ?”
”州兵だって”
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