第262話 プレゼン後の休暇
俺は今、種子島南端の発着場に併設されたホテルの最上階一室でプレゼンの最中だ。
「地上部分での工業用水リサイクル率は計画時点で既に九十パーセントを超えてるわ」
宇宙進出には資源リサイクルが欠かせない。
こと水と空気に関しては、超低コストで完全サイクルにしないとお話にならない。
テープの維持にもかなり水を使うし、蒸散する事も考えると静止軌道の三万六千キロまでのテープ維持百本分だけでも秒間五百トン以上が消失する。
ロケット燃料のコストに比べたら安いモノだが、だからって無視していいものでもない。
真空中で飛散した大部分はいずれ地球に還るが、同時に消費される空気も膨大で、ただ下から風を送るだけでは全く足りない。
「生活用水も含め、ルート内での完全リサイクル化を提案する」
「不可能ね」
まあまあ。
「何もその場で回収する訳じゃない。結果的に回収されればいい」
「何か手が有ったの?」
スミレさんも少しは聞く耳が出来てきた。
「うちのケイちゃんが言ってたんだが、せ」
「待って。何?誰?けいちゃん?」
「ああん。臨時準社員のケイ素生命体だ。子供のおやつと引き換えに面白い事を教えてもらった」
首を傾げている。
「子供?コピー体を生成したの?報告は来てないけど」
そこからか?
「子供は例えだ。ショゴスの脳幹だ」
書面化して上司に伝えにくいネタだよな。
「・・・ああ。ふふふ。仲良くなったのね」
まさか。
「俺にだけ当たりがキツイ。いつも口論だよ。まあぁ、それは良いんだ」
まだ笑ってる。
「衛星軌道のショゴスが星間ダストを吸着して組成にしてるのは知っているか?」
「構成する組織量は呼吸と光合成だけでは増えないものね」
知ってるなら話しは早い。
「素材を収集するのに剥離帯電を使うらしい」
スミレさんが目を見開く。
「リョウくんまさか。施設維持にショゴスを使うとでも言うの?」
「細胞数が千個までなら、放射線によるショゴスの遺伝子損壊は補修が間に合うってさ。実際には、やってみないと分からないけど、テープ付近の空間に滞空させる感じになると思う」
宇宙空間でのファージ運用の一環で、ショゴスのファージコントローラーとしての側面も舞原で長年研究されていた。
元々使わない計画だったけど、ケイ素生物とショゴス脳幹がいるなら使わない手は無い。
以前、チラッと外宇宙に向けて伸ばしてるファージの糸の話を聞いていたのを思い出して、のじゃロリに聞いたら色々教えてくれた。若干出し渋ったけど、昔話何個かと、屋久島の開発計画への参加を引き換えに許可してくれた。
流石に、その取引内容はスミレさんには今内緒だ。
「あのケイ素生命体がコントロール出来るのね」
「実際には、あいつの可愛がってる脳幹が音波共鳴炉を使えば出来そうだ、って話なんだけどな」
水の循環がしっかり出来れば、環境の大規模変化は防げそうな気はする。
実際、エレベーター稼働後は大量の水と空気が宇宙空間に放出される為、気候変動の計算結果が芳しくないのは事実だ。
「ショゴスで雨乞いする日が来るとは思わなかったわ」
「まだ、やってみない事には」
「そうね」
さて、次の話がキモだ。
「それはそれとして。海水の濾過ではなく、島内に水源もいくつか新しく確保した。只これは、農耕地に影響が出ない事が確認されてから活用して欲しい」
いくつか資料を見せる。
「何?これは。信憑性は?」
俺が見せた資料は役場には上がっていない、公的には存在しない昔の資料だ。
「これは農業用水路内のパイプライン設置に当たって、あえて破棄された資料だ。用水に使われると金と権利が発生する。住民が自由に使えなくなる。イザという時の為に残したかったらしい」
「仙座付近、海岸沿いに湧水層があったのね」
「たぶん。まだ金かけた調査はしてないけど、雨水でなく濾過された海水が圧力で上がって来てる。膨張土の圧力が変わらない範囲の取水なら、地殻に害は出ない」
「言い切るの?」
「専門家にも確認を取った。問題無いそうだ」
こっそりハマジリと連絡取り合った。
悪ガキ三人組が気付いて大混線した。
結果的に色々いいアドバイスがもらえた。
掘るなら機材のレンタルも請け負うと言われた。
「ふうん」
かなり集中してる。
レポート用紙五十枚分近くあるのだが、資料を凄い速さでペラペラと三枚同時に読みながら、無意識にシガーに火を付けて咥えている。
咥えて十秒経ってから俺が黙って見てるのに気付いて、火の点いたシガーを見る。
「あら。いやだわ」
とりあえず、肩を竦めておく。
「気にしない」
資料チェックが終わったスミレさんは、俺の目を覗き込む。
意図に気付いただろうか?
「宅地計画にも口を出したいの?」
というより。
「今後の地区計画全般。地場産業構造との共存を考えて欲しい」
スミさんが目を細めたのは、タバコの煙の所為だけではないだろう。
「政子が、活動家に毒されたと笑い話にボヤいてたけど」
いずれ地球は氷の星になる。
だからって、今ある物を消し去って良いとは思わない。
軌道エレベーター見上げながら畑を耕してサーフィンやる奴がいても良いと思う。
「その件は片が付いている。思春期なだけで何の問題も無かった」
「ん?え?」
慌てて通信で確認を取っている。
「あっ。ツツミ!政子と組んだわね!」
プチ怒してるスミレさんは貴重だ。
「というか。リョウくん思春期なの?」
「らしいな。自覚は無いけど」
お上品にコロコロ笑っている。
「若いって良いわね。わたしも戻りたいわ」
「スミさんはいつも若々しい」
「あらありがと」
柔らかい笑みを浮かべたまま、チラッと時間をチェックした、終わりにしたいみたいだ。
「計画案は来週までに出来たら作っておいて、こっちでも変更案を用意しておく。地元民とパイプあるんでしょ?纏まったら連絡するからそちらさんとアポよろしくね」
「分かった」
俺の返事にクスリと嗤ったスミレさんは、見送りはいらないと言い、部屋の外に控えていた秘書軍団を連れて足早に去って行った。
地所本社にとんぼ返りだそうだ。
このままだとこの島はあと十年も経たずにアスファルトとコンクリで埋め尽くされてしまう。
田畑もない、サーファーも居ない種子島。
それは、悲しい。
時代の流れで済ませる話にはしたくない。
「ショゴスブリーダーが国家資格化するとは思わなかったわ」
「かもしれないというだけだ。運用は陸奥国府メインだろうし」
久々の丸一日フル休暇。俺と、つつみちゃんと、サワグチ。三人とも水着の上にTシャツで、ハリケーングラスにフルーツを刺したオサレなカクテルをチビチビ啜りながら、ビーチチェアに寝っ転がってテラスの天井に映る波の反射を三人で眺めている。
日光浴と見せかけて、三人とも全く直射日光に当たっていないのがウケる。
つつみちゃんなんて反射光すら許さないらしく。自分に当たる光線の可視光以外、ほぼ百パーセントを、ファージ誘導を使って捌いている。
故に、つつみちゃんの周りは若干どんよりしたえっちなライティングとなり、お陰で横の椅子の俺がとっばっちりを受けて無駄に日光が当たる。
こっちがヒリつくと言ったら”健康的でいいじゃん。二十一世紀の人って日光浴好きなんでしょ”と仰られた。
因みに俺は、起きる前から日光浴が大嫌いだ。
百害有って一利無しの典型だろ。
なら何で今してるのかというと、このシチュエーションを愉しみたいからだ。
美人を侍らせ、カクテル片手に日光浴。
これでウェーイとか叫びながら目の前のプールにダイブすれば、もう立派なパリピだ。
一緒にノってジャンプしながらフォウフォウ言うマッチョな馬鹿が何人か欲しい処だが、女子チームの貞操が心配なので欲はかくまい。
警備で周りを張ってる傭兵のおっさんたちはちととうが立ちすぎてるんだよな。バカなんだが若々しさが足りない。
一応誘ったのだが、勘弁してくれと全力でお断りされた。
「また下らない事考えてるんでしょ」
テラスの戸口に急に現れたそのショートパンツで太ももが眩しい女性の一言に全員が飛び上った。
「フィフィ!?」
飛び上って跳び付いたつつみちゃんの髪がモサモサと口に当たって少しくすぐったそうだ。
手を振ったサワグチにソフィアは頷き、変わらないあの小馬鹿にする目つきで俺を見下ろす。
「全く気付いてなかったわね。弛んでるんじゃない?」
ソフィアの腹を見た。キュッと裾を縛った白Tシャツの下、へそ出しルックの引き締まったダンサーの腹だ。
適度についた皮下脂肪は美点になっている。
自分の腹を摘まんだ。
まだ問題にするレベルではない。筈だ。
「違うわよ!気の話よ!あたしがデブって言いたいの!?」
職業柄、身体のメンテナンスは人一倍気を使っているのだろう。
初めて逢った時と寸分の違いも無さそうだ。
若干髪が伸びたか?
「ボディラインはミリ誤差も変わって無い。元気そうだな」
「あ、相変らずスケベね」
全く気付けなかった。こいつのステルス技術は未だに底が見えない。
「都市圏を出る時には物別れみたいになってしまったからな。ずっと、色々言いたい事があったんだ」
いきなりの本人登場にちょっと動揺している。
「隣りで色々やるでしょ?安定性の検査にアドバイザーとして呼ばれたの」
という建前で、スミレさんが俺らに会わせに呼んでくれたのかな?
屋久島でこれから色々面倒事が起こるのは事実だが。
「で?」
「うん?」
「色々言いたい事って何?」
ああ。
ああ。
そうだな。
「なんだ。言えないんじゃん」
「最後会った後、ずっと、心配だった。サワグチに言われて、嫌われたのかと悲しかった」
「ああん?」
何か唸ってるスリーパーコピーは無視だ。
「赤城の向こうでステップ踏むたびに思い出した。何も言えずにこのままかと思うと、何故あの時声を掛けられなかったのかと、割と長時間後悔してた」
「割とって何よ。割とって」
棘のある口調だが目端は嬉しそうだ。
「でも、フィフィずっと心配してたもんね。頭抱えて”あたしの所為だー”ってのたうち回ってたじゃん」
「そうなのか?」
真っ赤っ赤に瞬間沸騰している。
「な訳無いでしょ!つーちゃんテキトーな事言わないでよ!大体、つーちゃんだってあんとき真っ白な顔で駆けこんで来たじゃん!どーしよーどーしよーって!」
「あ。そうなの?」
目を瞑り眉間に軽く皺を寄せ黙り込んだつつみちゃんは腕を組んだ。
「覚えてないかな?」
「はぁっ!?あんだけ騒いでて?ヤバくない?!」
「うそうそ。覚えてるよ。寝ないで一緒に探してくれたもんね」
「ふん」
そうなのか。
「あの時はフィフィに頼んで、よこやまクンの痕跡辿ってもらってたの。伊勢崎のあずまの辺りで消えちゃってタイムロスして結局追い付けなかったんだけどね」
あっぶね。アレ追えたのかよ。
「リョウのファージは特徴的だからね」
んな訳あるか!くっそ、どうやって判別してんだろ。
「桐生まで追えたっぽいんだけど。よこやまクンもしかしてあの時気付いて逃げたの?」
ん?
「二ノ宮のSUVが明け方見えたからそれで移動開始したけど。まさかそれ?」
「あーっ!」
ソフィアが額を押さえ天を仰ぎ叫んでいる。
「だから言ったじゃん!ヘリ出して山際おさえようって。ケチるからー」
「仕方ないよ。あの時は北を刺激できなかったし。戦争になったら桐生落ちちゃってたでしょ」
そうなのか?
「あの頃って、北の現状把握してたの?」
二人は顔を見合わせた。
一応サワグチも見たが、口をヘの字にして手の平を見せている。
「全然」
「もそもも不干渉だったもんね。桐生北がいつも火種とは言われてた」
「当時は、知ろうとしただけで、その日の夜に殺されてただろうし」
だよなあ。
「あーっ!?」
今度は何だ!?
「ちょっとリョウ!赤城のステップって何よ!?一体何をしてくれちゃったのよ!!」
おっと。口から滑ったが、それは突っ込まれると困る。
「まぁまぁ。落ち着け。これでも飲んで」
「ヤダこれ、あんたの飲みかけじゃない」
なら飲むなよ。
あ!下の甘いとこだけ全部飲みやがった!
色が混ざらないよう綺麗に飲んでいたのが仇になった。
「あっま?!こんな甘党になったの!?デブまっしぐらよ!!」
「お前がかき混ぜずに飲んだからだろ!」
「何で混ぜないのよ!」
「色分けして綺麗に飲んでたんだよ!」
こいつっ!俺の良い思い出が塗り潰されて罵詈雑言で上書きされていく!?
おいサワグチ!他人事で笑ってんじゃねーぞ!
俺とソフィアを仲違いさせようとした事、忘れないからな!
「まぁまぁよこやまクン。フィフィも嬉しくてテレカクシなんだから」
なんだ。
「はぁっ?!」
「そうか。やっぱ身体は素直だな」
訳の分からない金切り声を上げたソフィアがスナップの効いた良い蹴りを俺のケツに披露し、プールに落とされた。
「あ?当たった」
そりゃ、再会早々、マジ蹴りしてくるとは思わないからな!
水しぶきで女子全員のTシャツが透けてしまい、俺特になったのだが心の中に秘めておく。
紳士たる古代人は、こういうのは絶対に素振りに出してはいけない事だ。
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