第261話 鳥居にて

 ナチュラリストたちの憲法第十三条。

 居るメンバーで円陣を組み、その中で殺し合うらしい。

 なんて野蛮な法律なんだ。


”山田君。この子はキミと同じタイプだ。油断は禁物だよ”


 親切にも、三千院がアドバイスをくれた。

 向こうにもしてんのかな?


 潜んでいる傭兵たちからの射線が全部消えててウケる。

 信用無いな。


 アシストスーツを脱いでアトムスーツだけになり、ヘッドギアも脱いだ俺を不思議そうに見つめている。

 さっきまでの傲岸不遜さは消え、殺意も消えてしまっていた。


「裕子殿。興醒めだ」


 夕霧の中俺と向き合い、錆びたナイフを軽く握り手首を垂らした上杉は、俺がサイボーグ化してないのに気付くとそう吐き捨てた。

 舞原は三千院と俺を交互に見ながら唇を嚙んでいる。


 こいつは、自分の命をベットして時間稼ぎがしたかっただけだろう、決闘云々は言いがかりだ。

 ここで不可侵条約が結ばれなければ、次いつやるの?となる。

 予定が未定になって、テロはその間も続く。

 計画は遅れていくだろう。


 それじゃ困るんだよ。


「子供相手に手心を加えると思ったら間違いですぞ」


 俺に言ってるのか、三千院に言ってるのか。

 カウボーイはニコニコ顔でスルーしている。


「憲法十三条に類する七十四号!決闘の権利により!条約の不服申し立てにつき、三千院兼康の元ここに二方の決闘を行う!」


 俺に手を出したとたん狙撃されると思ってるのかな。


「片や!上杉健一!片や!舞原裕子!代理人山田太郎!」


 でも、そんな事したらテロたちの思う壷だ。

 てか、山田太郎は締まらねぇな。偽名バリバリだ。


「始めぃ!」


 間に立ち両手を広げていた三千院が、手を上げた。


 のしのし近づいて来る上杉、俺は手に馴染んだブラックジャックを握り、筋電位可視化と目のドーピングをする。

 周囲にチラッと意識を逸らしたな、スフィアの介入を疑ってるのか?

 よそ見はいかんよ。キミ。

 ふわっと近づく俺にナイフが素早く出入りしながら纏わりつく。

 一度叩き落とす真似しとくか。

 振りかぶらずにジャブ気味に出した砂袋でナイフを弾くフリをする。

 腕を引きながら切ろうとしてきたそのナイフに逆らわず、ソールの変形も使ってすり足で寄る。このブラックジャックの振りは顔面ヒットへの布石だ、鼻に当たるか?


「ぬっ!?」


 俺の動きにびっくりして跳び離れた。

 勘が良いな。

 考える隙は与えない。畳み掛けるぞ。

 振りかぶらずに結構な速さでナイフを置いてくる、でも大丈夫。刺そうとする時もちゃんと見えてる。

 力は強いんだろうが、熊手女に比べたらスピードは全然遅い。


 フェイントで若干甘く突いてきたナイフにつき合って、微妙に振りかぶりつつ軌道を合わせ、モーション大きめに、弾く!

 案の定、手首を返されて俺のブラックジャックは刃に当たらず空振り。それに合わせて戻された刃が真っ直ぐに俺の心臓を狙う。


 獲ったと思っただろう。


 リーチは掴んでいる。こいつのリーチは素直だ。

 心臓を狙ったナイフは、親指でぐるりと回した砂袋にしっかりヒット。

 砂袋越しのナイフに胸骨が押されて少し軋んだ。突き込んできて腕が伸びきった瞬間、両腕をテコにしてナイフを弾きとばす。腕を少し切ったが、大丈夫。掠っただけだ。


「お?」


 迷わず俺の首を掴みに来た。

 のけ反って避けたら襟の留め金を掴まれ、片手で軽々と持ち上げられ地面に叩きつけようと持ち上げられた。

 馬鹿だなあ。


 頭から落とされる俺を見て、つつみちゃんが何が起こるか気付いて悲鳴を上げた。

 両手で髭エルフの手首を掴んだ俺は、脚を振り子にして重心をずらす。空中で半回転。俺に釣られてぐるりと曲がってはいけない方向に曲がったエルフの手首は力を失い、奴の胸を蹴って着地。

 落ち際を蹴ってくる!

 ソールを伸ばして落ちる位置を変え、蹴り足の元に転がり込みつつ脚絡みを狙うと、体重を掛けて圧し潰そうとしてきた。確かに、そりゃ困る。

 互いに中腰で掴みの応酬、右手は使い物になってないな。でも躊躇してない。 鈍器替わりに捨て石に使ってる。顔色一つ変えない。流石に、痛みには慣れてるな。

 捌いた左手に紛れて伸びてきた足に貼り付こうとした時、下に意識が逸れた一瞬にブッとエルフが吹いた。

 顔面を熱と激痛が襲う!何だ!?

 流石に離れた。追撃は来ない。

 口から何か出すとは。忍者かよ!

 目が開かない。何をされた?


「あぁっ」


 つつみちゃんが絶望の溜息。


「もう!いいよ!止めて!」


 目が潰れてるな。クソ痛い。

 毒じゃないな。


「含み針か。古典的だな」


 しゃべったら顔全体が引き攣った。そっと顔面を撫でるとザクザクと皮膚が引っ張られて痛みが流れる。頬や歯茎にも刺さってるな。でもまだ口は動かせる。

 毒とかは無いみたいだ。


「痛いだろう?冷静だね」


 目が無意識に動いてその度に激痛なので筋電位をカットした。痛みも少し和らぐ。

 超激痛が激痛になった程度だ。電位カットは長時間やると失明するからあまりやりたくないんだよな。でも、どうせ治すのに時間喰うか。


「顔面針塗れだ。立っているのもやっとだろう?負けを認めるんだ」


 痛いけどさ。


「ナイフ無しで俺に勝てるとでも?」


 エルフは溜息をついた。


「強情だな」


 明後日の方向を向き構える俺に、足音を抑えゆっくり歩いて来る。


 振りかぶられた拳に周囲が息を漏らす。

 駆けだそうとするつつみちゃんを佐藤が押さえて引っ掻かれている。

 議員は腰が抜けたみたいで座り込んでいる。


 勿論。俺には見えている。

 体表面をソナー替わりにしてちゃんと把握できている。

 こいつがあえて時間をかけて振りかぶった拳も。

 テンプルに振り下ろされる瞬間も。


 当たる刹那。軌道からギリ避け。気配を殺し腕に絡みつきながら喉に手首を這わせる。

 ぺとりと、奴の喉元に俺の右手の甲が触れた。


 何をするのか分からなかったのだろう。


「んぐっ!!?」


 最大出力で打ったシャコパンチに全く反応できず、頭にある穴たちから色々吹き出しながら、上杉は大の字に倒れた。


 人の頭に最大出力したのは初めてだ。


 緩く痙攣している。こうなるのか。

 起き上がってはこなそうだな。

 心臓が、忘れていたかの如く、バクンバクン早鐘を打ち始めるのに気付いた。

 脈に合わせて目に激痛が走る。


「うーん。これは酷い。控えめに言って、直ぐ死にそうだね」


 カウボーイの前では使いたくなかったんだけどな。


 上杉を足の先で突きながらマジマジと眺めた三千院は俺の右手を持って掲げた。

 そっち痛いんだが。


「この決闘!舞原裕子の勝利である!」




 治させてくれと言う片目と、珍しくギャーギャー喚くつつみちゃんで戦争になりそうだったので、二人とも尊重するかたちで、何故かこの場でライヴする羽目になった。

 ついでに上杉も治すらしい。決闘で負けたという事実にまだ使い道があると言う。


 治療系のファージ誘導を大音量で掻き鳴らすつつみちゃん。

 からんからんと下駄を鳴らしながら、俺の後ろでは舞原裕子の分体が舞っているのだろう。


 これは罰だといわんばかりに、つつみちゃん主導の元、のたうち回る俺を押さえ付け、無理矢理抜かれた針たちの痕がシクシクと痛む。

 目以外はそんな激痛ではない。目って刺されるとこんなに痛いんだな。

 三千院が言うには、本来フグ毒で運用するらしい。

 絶対用意出来た筈だが、何で使わなかったんだろう。使われてたら面倒だった。


 神社の入り口の鳥居、階段の隅に腰掛けた俺は、ボロ布共に囲まれて一息ついている。

 顔全体が腫れぼったい気がする。まだ少し冷たい春の潮風はシクシク痛む頬に心地よい。

 ボロ布魚人たちは何をするでもなく、俺の周囲でグェグェと、井戸端会議みたいに呟きながらダベっている。


「すっかり懐かれましたな」


 後ろから上杉の声がした。その声は清々しく、棘が無い。


「早っ!」


 俺の目はまだ塞がってるのに、脳漿吹き出してピクついてた上杉はもう動いている。

 威圧感は全く無く、角が取れている。やっぱキャラ作ってたのか。


「上杉君は丈夫なだけが取り柄だからね」


「酷い言われようですな」


 おっさん二人が俺を挟んで座る。

 何が悲しくて、神社の階段でナチュラリストと団子で座らなきゃなんだ。

 圧と熱量で凄くむさ苦しい。


「汚いなりで、うちの子に近づかないでくれます?」


 つつみちゃんが弾きながら近づいてきた。

 からんころんと舞原も寄ってくる。


「御加減は如何ですか?」


 何を話しているのかと、記者やサワグチたちも寄ってきた。


「そろそろ大丈夫じゃん?組織は元通ってるよ。神経通電させた?」


 怖くてまだだ。

 こんなめん玉抉られる痛さはあまり好きじゃないんよ。

 片目の姫はよく耐えられたな。


「塞がっちゃうよ。開けてみて」


 若干麻痺って重くなってしまった瞼を上げる。

 目玉周辺の血流量を上げ、淡い光に曇った視界がひらけていくと、音波だけの褪せた景色に彩りが戻ってくる。

 射撃音の完全に止んだ島、霧はすっかり晴れて生活音が戻り始めていた。夕日に輝く海は復興の為の船で大渋滞だ。

 階段に出来ていた血の絨毯は綺麗に洗い清められていて、その両脇の森も境内も桜が満開で、散り始めなのか桜吹雪が始まっていた。


「どう?見える?」


 回り込んできたつつみちゃんは、ベースを弾きながら器用に覗き込んできた。心配そうな目より胸元に視線誘導されそうになり、目を逸らす。


「そうだな」


 屋久島は左手の方だろうか?

 ここからは見えないが、あそこで行われていた地獄ももう終わりだ。

 耳をすませば、波の音が微かに聞こえる。

 つつみちゃんは何気にリズムを合わせていて、柔らかく混ざりあう音の波は傷口に心地よく浸透してくる。


「花見は久々だ」


 鼻がツンとして景色が歪み、頬に涙が零れたが、誰も何も揶揄は無かった。

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