第260話 決闘待機

 ファージ濃霧の中では、電力さえ有ればハリネズミの優位は揺らがない。

 クラッキングや対策技術も研究されてるが、陸奥国府でもこの環境下での現状の対策は、上回るスフィアの設置による相互抑止か、スフィア自体の破壊以外有効な手段は無い。

 そもそも、俺が構築してるコレはメインがレーザー通信で電磁波もファージも受け付けないのでハッキングが非常にしにくいネットワーク構造だ。強力なレーダーで炙り出して物理的対処した方が早いまである。


 こっちに戻って来てからは、ニオイに関してもちゃんと考慮し、吸気系の走査機器も付けた無人機を大量投入してスフィアにデータを反映させている。

 これにより、動いて音が発生しなくとも予測データを出力できるようになった。精度はまだ低く、遠隔で検知は出来ないから現段階ではごちゃごちゃしまくりでまだまだだが、経験値が補ってくれるだろう。何かいい方法無いかな。

 将来的には、加工場でのじゃロリがやっていた、音波サーチし難い場所に隠れているのをタバコのニオイで炙り出すみたいな事がファージ環境に頼らずにスフィアと無人機を使って出来るようにしたい。

 やっている事が三千院に丸見えなのは、仕方ない。

 あいつも今の処しっかり動いてくれているので文句は無い。




「では、濃霧は吹き払う。違えるな」


「勿論です」


 議員と片目が睨み合った後、神社入り口前のボロ布共が上を向き一斉に遠吠えした。


「半刻もすれば晴れよう」


 遠吠えは只の合図だな、手の内は見せないか。

 コントローラーの所在すら分からん。いや、何となく分かるな。ポイントが島を囲ってる気がする。ログだけ取っといて後でつつみちゃんと傭兵と情報すり合わせよう。


”一直線に特攻してくる一団がある。消波ブロックに隠れてたみたいだな。俺も出てくるぞ”


 手を組んで後ろにいた傭兵が霧に消えていった。

 銃撃音はそっこら中でしている。


「ん!?」


 二分もしない内に動きがあった。

 三千院がツカツカと入り口の鳥居に向かう、ボロ布たちがザワザワしている。


”山田くん。アレどうする?”


 三千院がそうログを寄こして階段の下を見た後、指でカモンしてる。何だ?


「待って!罠じゃないの?」


 つつみちゃんが俺の手を引いた。

 タイミング的にはベストだけど、あいつはそういう事はしないだろ。

 しない可能性はゼロじゃないだろうけど、ここで俺に何かしたらそれは三千院じゃなくなる事を意味する。


「大丈夫だよ」


 狙撃対策は十全にしてる。

 そうそう即死はしない。


 鳥居まで歩き、下を見ると、薄らいできたファージ霧の中に何人か固まっていて白旗が立っていた。


 傭兵たちの何人かが射線を向けて待機している。

 さっき消えた傭兵のおっちゃんもいた。おっちゃんだけ射線を消してる。


”おい、ボウズ。どうする?”


 ヤる気満々だな。

 流石にここで旗を見なかったふりするのは気が引ける。


「舞原っ!上杉健一!不肖ながら一言!物申す!」


 白旗から野太い男の声が響く。


「私は見なかったことにしても良い」


 口だけ笑ってる三千院は、俺を見ずにそう言った。


「彼は生きているだけで問題を起こす」


 思わず吹いてしまった。


「笑う処だったかい?」


 本気で不思議そうな顔をして俺を振り返る。

 そうだな、お前はトラブルメーカーでクソテロの親玉だが、俺個人に対してはそこまでクソではないな。


「失礼」


 物申すって。一言、云いたいだけだろ?


「別に今更自爆テロって訳でも無いだろ?」


「そうだけど。止めた方が良いと思うけどねぇ」




 上杉は全身日焼けした精悍な髭面のエルフだった。

 全身がまだ潮で濡れていて、両耳ともボロボロに千切られて治った跡がある。日に焼けた全身は傷だらけだ。新しい傷も幾つかあり、巻かれた布切れに血が滲んでいる。

 そいつは今、全員が見守る中、出来立てほやほやの条約に目を通している。


”引っ掻き回されたら面倒だね。スミレさんともそろそろ繋がるし、それ用の準備はしとくよ”


”了解”


 こいつがここで騒いだところで、どうにかなる気はしないけどな。


「成程。舞原。わたしはこの条約締結に異議を申し立てる。具体的には屋久島の権利について。土地の権利を陸奥国府にするよう要請したい」


「その件は表記にある通り、九十九里の預かりで片付いております」


「こんなとって付けた第三者、都市圏群の出先機関であろう」


「国府公認の会社です」


「戯言を!」


 本当なんだよなあ。


「私も承認に参加したよ」


「三千院殿が?」


 そしてもう一度条文全てに目を通した上杉は、片目の足元に何かを投げつけた。


「舞原裕子。十三条の適用を所望する」


 即行、そのオブジェクトにあらゆる隔離が行われたが、三千院が苦笑いした。


「大丈夫。護符だよ」


 護符?

 何だ?


「決闘だ」


 あん?




 護符って、こういう使い方するんだな。

 ナチュラリストの法が、血で作られているというのは、文字通りの意味なんだ。

 仙台の議事館訪問でも身に染みたけど、これは家紋を賭けた武士の果たし合いより重い。


「上杉君。偽りの白旗とは褒められた行為では無いね」


「法に則ったら偶々こうなってしまった。本意ではない」


「少し見苦しいかな」


 三千院が珍しく苦言をたれている。

 こいつの原動力は浪漫だけだからな。


 こいつらの憲法十三条は血と闘争の権化たる法で、決闘によって如何を決定する。

 弱いものに執行の権利は無い。と清々しいまでの弱肉強食な法だ。 

 色々条件はあるが、今回は当てはまるらしい。


 とはいったものの。


「条件は、魔素誘導禁止、当事者のみ」


 ファージ誘導無しでタイマンとか。

 無茶振り過ぎんだろ。

 舞原はどうみても荒事得意には見えない。


「舞原裕子。代理に私が立候補しよう」


 三千院が腕まくりをしながら進み出ると、上杉は待ったを掛けた。


「三千院殿には立ち会いを所望する」


 上杉は、睨む舞原にワザとらしく溜息をつくと、放った護符を指差した。


「勿論、無理は承知。後日、三千院殿立ち会いの下、代理の者との決闘でも。当方差し支えは無い」


 時間稼ぎしたいって事か。


「我々は承服いたしかねます」


「我が国の問題だ!」


 口を挟んだ議員を上杉が怒鳴りつけた。

 ニコニコしていた三千院は真顔になり、とことこと、上杉に近づいていく。ヤる気だ。

 不味いな。御破算になる。

 こいつが不法に死ねばこの条約の正統性にケチが付く。


「この場で決着が付けばそれに越したことは無い」


 三千院が手を出す前に俺も口を挟ませてもらおう。

 座った眼で三千院を見ていた上杉はなんだこいつみたいな目で俺を見た。俺の情報はいってないのか?


「此方が仰るなら、如何様にも」


 舞原は、覚悟を決めたのか頷く。

 まぁ、待てよ。片目の病人をせっつく訳じゃない。


”三千院。魔素誘導禁止ってのは体内ファージの扱いはどうなるんだ?”


”この場合は体外のみだよ。外的誘導によるアドバンテージのみ対象となる。でないと、資金力で勝敗が決まってしまうからね”


 確かに。


”ちょっと!やめてよ!”


 つつみちゃんが俺の手を強く握る。


「上杉君。聞き及びでないかい?この子は軌道エレベーターの計画責任者だ」


 ヒゲマッチョエルフの俺を見る熱量が上がった。


「以前。確か、籠原で起きたスリーパーでしたな」


 あの時殺しておけば良かったみたいな目をしてる。

 確かにあのサワグチ召喚ライブの頃は、俺は右も左も良く分からない古代人だった。

 でも。

 今は違う。


「だが、何か?」


「ああ」


 一言あるとも。


「代理には俺が立候補しよう」


 何か別の意味があるのかと勘違いしたのか、理解できてないようだ。


”止めて。取り消して。殺される”


”大丈夫だよ”


 俺は、こんなクソ野郎に負けない。


 上杉は顔を真っ赤にして、青筋を立てて馬鹿笑いし始めた。

 三千院も、馬鹿ウケして大笑いを始めた。


「戯言も大概にしろガキが!ちょっとクリアランスが高いからとつけ上がるな!」


 こいつは人を脅し慣れている。暴力団の三下がよく使う手だ。

 悪意の活用の仕方をよく分かっている。

 只、それが有効な相手ばかり相対してきたのだろう。

 役者としては三流だな。

 クソ野郎かどうかは、表情筋がねじ曲がってるから大体分かる。


「此方よ。その言葉には何の意味も無いでしょう」


 舞原も可哀そうなモノを見る目で俺を見ている。


「まぁまぁ!舞原殿!その意気を買いましょうぞ!」


 三千院のテンションが上がってきたみたいだな。

 その言葉に上杉は不審な顔をした。

 そして俺の兵装を改めてじっとり観察している。俺が戦闘プログラムを笠に着て勘違いしちゃったお坊ちゃんだと思ってるのか?


「そのアシストスーツは魔素誘導可では?そもそも、如何にエレベーター開発責任者だとて、我が国の決闘に水を差すなら、舞原殿は外患誘致と疑われても申し開きできませんぞ!」


 その問題はクリアしている。


「上杉君。この方に失礼ではないかね?陸奥国府国籍は当然在る。大勲位桜花章大綬章ホルダーで舞原棗子殿の許嫁でもある」


「何を・・・」


 おお。狼狽えてる。一家言あるが、的外れではない。

 上杉君は知らないで乗り込んできたのか。

 閉鎖環境で仕方なかったとは思うけど、テロするなら乗り込む敵地の最低限のリサーチくらいしとかないとだぞ。


「住基ネットの閲覧を許可しよう。良いかね?」


 三千院に話を振られた佐藤君は目の前にスフィアを下ろした。


「どうぞ」


 受信のみだが、嘘偽り無い情報に一応頷いてる。


「どうやって手に入れた?金か。スリーパーは節操がない。そも、棗子様とは何の冗談だ」


 お前に言われたくないな。


「怖気づいたのか?上杉の奴らはいつもいつも、口だけだな」


 違ってたら後で謝罪しよう。

 三千院が吹き出している。


「良かろう。受けようではないか」


 そもそも、お前に選択の権利なんて無いんだけどな。


”ばかっ!”


 つつみ氏が俺の手の甲を爪で思いっ切り抓った。

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