第259話 生存戦略

 内容は既に三千院を通して擦り合わせてあったので、中身の焦点について、その場でなければ言えなかった部分を互いに言葉に出していくかたちで進行した。互いに無理難題を押し付け合う。


 姫側の主張は矢張り、屋久島の独立。

 それに加えて、患者たちの地下市民権の復旧と、自治権の保持だ。

 全部認めてしまったら最南端にナチュラリストのテロや州政府の反社たちの集まった島が出来る事になる。アメリカに刺さったキューバよりたちが悪い。

 位置的に軌道エレベーターどころではなくなってしまう。

 不可侵条約結ぶなら関係無いでしょとの言い草だが、将来的にトラブルになるのは分かり切っている。

 人喰いとの全面的融和はまだ時間的に無理だ。早過ぎる。


 都市圏側も、島でやってきた事が事なだけに、強くは言えない。

 島の管理が州から都市圏群に委託されてたから、責任も都市圏になっている。

 被害を受けた当事者を前に、臆さず粘り強く話すポニテは頼もしい。


 ボトリと袴に垂れた膿を袖から出したガーゼの塊で拭いた処で、姫が休憩を提案した。


「どうも過熱気味のお話に当てられて仕舞ったようです。替えたいのですが妥当な用意は御座いますか?」


「ここより安全な場所は無い。裕子君、入れ替えならここでやるんだ」


 見つめ合った姫の剣幕に優しくも硬い表情で三千院は首を振った。


「お見苦しい事でしょう」


「君は美しい。見苦しいのは都市圏の所業さ」


 デモンストレーションなのか?

 予定にはない。


「構いませんよ。待ちましょう」


 ポニテが許可したのでその場で替える事になった。

 医療担当の傭兵が補助を申し出たが、三千院自らやると言うので、黙って全員で見ている。


”南のが動き出したぞ。範囲が広い”


 やっぱそうなるのか。

 逃げるの失敗したから諸共ぶっ殺すって感じか?


 解かれていく包帯の奥に黄色く染まったガーゼで蓋をされた右目は、外されるとボロボロ動くものが敷かれた手拭いに零れ落ちた。

 近くの俺らは直ぐ気付いた。

 蛆だ。

 傷跡も酷い、徹底的に損壊されている、骨も少し壊死してるみたいだ。

 補修材は使わないのか?

 薬草っぽい臭いがツンと強くなる。

 もう一つの目は瞬きもほとんどせず、ずっと俺を見ている。


「ファージ誘導タイプの組織補修材は拒絶反応が出てしまうんだ。裕子君の能力を恐れた都市圏に遺伝子改変されてしまってね。屋久島にあるのは拷問施設だけで、まともな医療機関は無いのさ」


 明らかに俺を意識した独り言。三千院は零れ落ちた蛆を丁寧に拾い、目に詰め込んでいくと綺麗なガーゼで蓋をして、慣れた手つきで包帯を巻き直した。


”三千院、それ直せないのか?”


”うん?無理だねえ”


 あ、やっぱまた回線覗いてた。くっそ、もう電磁波はダメだ。


 つつみちゃんを見ると、眠そうな目で軽く頷いた。

 ウルフェンなら余裕で治せるんだな。


「差し支え無ければ、治療の場を提供しよう。この交渉とは別で」


「治療?治療出来るのかい?松果体も変質してるけど」


 机の下で手越しに接触通信が来た。


”出来る。問題無いよ”


 おお。

 三千院家より技術上らしいぞ?凄いなつつみちゃん。


「遺伝子的に元通りになるだろう」


 俺の返答に目を伏せ黙り込み、巻かれた包帯を押さえた姫はニコリと笑った。


「もし本当に戻れるのなら、わたくしは残りの人生全てをかけて、害意を働いた一族郎党同じ目に遭わせるまで止まらないでしょう」


 だろうな。


「好きにするがいい」


 俺が頷くと、間抜けな顔で口を開いている。


「ただ、都市圏の法に触れれば、その法で裁かれる。陸奥国府の法に触れれば、その法で裁かれる。俺らに危害が及ぶと判断すれば、それ相応の対応はさせてもらう。だがそれは、治療とはまた別の話だ」


 一つ目は席に着いた俺らを揺れ動いた後、三千院を見た。


「言っただろう?こういう男さ」


 にっかり笑った三千院に毒気を抜かれたのか、居住まいを正した姫は目を瞑った。ゴロリと神社全体の濃霧が胎動し、一帯のファージ中の電圧が下がった。

 一瞬焦ったが、なんらかの大規模通信で陸奥国府に送ったらしい。直接的な被害は見られない。いや、港の変電所の限流ヒューズがトンだか?

 散発的に始まった銃声に目を開き、俺らを見ながら顔を引き締めた。


「”締結”の再開する前に、一つ提案があります」


 おお!オッケー出た!?

 やったなポニテ!

 条件は何だ?!




 要望は、屋久島の中ほどに位置する名所付近に存在するらしい人工知能について。


「てんちゅういし?」


 どこかで聞いた事あるな?

 どこだっけ?


「はい。危機にあるらしき精霊の管理と奉納、参拝の一部許可をお願い致したい」


 つつみちゃんが地図と情報を出してくれた。

 隻眼の姫が言うには、屋久島の気象コントロールに影響を及ぼす規模のオブジェクトが島の中心付近、天柱石に渦巻いて停滞してるらしい。それの格納作業とアクセスの自由を条件として提示してきた。


「初めから申し上げている通り、鹿児島に管理下に無い地域を作るのは不可能です」


 だよなあ?

 そこはきっぱり譲らないポニテ氏。

 秘書を通して俺にザックリと申し付けを送ってきた。土地の売却も貸付も、陸奥国府には絶対不可だそうだ。


「非コヒーレントポイント化しそうなのか?」


 議員に返答しかけた姫は俺の言葉に不審気な顔を向けた。

 なんだ?さっき三千院から聞いたんじゃないのか?


「私が言ったのは、飛行船の事だけだよ」


 あ、そうなの?


「む」


 つつみちゃんが唸る。

 傭兵が後ろに消えていく。

 ハリネズミが境内をチラチラ遮り出す。

 おい三千院。攻め込まれてるぞ?気付いてるんだよな?

 こんな吹きっ晒しの境内で頭抜かれるのはごめんだからな?

 話は続けるぞ?


「屋久島の土地の所有権は変更できない。でも、精霊の管理、奉納、参拝は弊社で負担する用意が可能だ」


 何をバカなみたいな顔で目頭を押さえている。


「其方は都市圏のスリーパーとお見受けした」


 そこまでは知ってるんだな。


「権現や奉納には参加したことがある。立場的に、統括可能な組織として血を見ずに立候補できる」


 頭がこんがらがってるみたいだ。

 既に陸奥国府には話しが通ってる事だから今更隠す事ではない。


「何故生きているのか。教えては下さらぬか?」


 困惑する横顔をニヤニヤ愉しんだ三千院は、俺にウインクしてから舞原に接触通信した。

 もう勝手にしろ。話をこじらすのだけはやめろよ。


 椅子を後ろに転がし弾かれた様に立ち上がった姫は、ひらりと机を跳び越え、異様な雰囲気でカラリカラリと近寄ってくる。

 連動してつつみちゃんと議員が机を乗り越え俺の前に立ち塞がる。

 傭兵の一部が駆け寄って来ようとしたが、大事にしたく無いらしく、佐藤君が待ったを掛けた。

 三千院の手下は突っ立ったまま動かないが、鳥居の外のボロ布たちが殺気立ってうろうろしながら唸り声を上げている。

 通せんぼされた小さな手たちの向こうから注がれるその真っ直ぐな眼差しは。俺には眩しい。

 こいつが受けてきた屈辱など吹き飛ばす程に。


 何故生きてるかなんて。

 俺が言うべき事など、何もない。


 建設予定地の方角を見る。


 深い霧で境内の外すら視認できないが、射撃音が響くその向こうには、人類のタイムリミットを払拭すべく、天へと続く梯子が着工を待っている。


 あれは、俺達が、作るんだ。


「確と。確と」


 つつみちゃんが分厚く展開する防壁に歪んだ空気の向こうで、隻眼も同じ方向を見ていた。

 俺に見られたのに気付いた女は、ニカリと笑う。


 チュンと地面の敷石が鳴き、ハリネズミが俺らの足元を舐める。

 着弾音に目を向けた俺らは、ここがどこなのか再認識する。


「されど。市議会議員と管理責任者を護衛に使うスリーパーは初めて見申した」


 ああ。


「俺もだ」


「もう!」


 つつみちゃんが瞬間沸騰でぷんすかして拳を握り、揺らめくファージに首を縮めた姫は”嗚呼恐ろし”と席に戻っていった。




 ケイ素生命体の格納業務は、この間の件で舞原商事への委託の流れが既に作ってある。

 金の流れはこれから交渉だが、計画頓挫なんてことにはならないだろう。

 のじゃロリなら出来る範囲内で協力してくれる筈だ。


 土地の所有権や管理権限に関しては、軋轢や漏洩が無いよう、所有する都市圏の議員代表として来ているポニテと、海域の防衛担当してた貝塚にひと肌脱いでもらう必要がある。

 ああ、この間のスミレさんと話した財団、動かせるなら少し資金融通してもらおっかな。非コヒーレントポイント化するくらいの神をちゃんと封神出来れば神社は儲かるらしいし、悪い話じゃ無いと思う。


 皮算用は止めておこう。


 今の俺たちの最優先事項はここを生き残る事だ。

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