第258話 屋久島の姫

 予想はしていたが、なし崩し的に始まってしまった。


 戦闘だ。


 用水路は無事に抜けられたんだ。

 その後神社周辺を重点的に偵察し、狙撃ポイントを潰していく、んだけど。

 でもこりゃ、多すぎて時間内に網羅は無理だな。

 乱立する建築途中の構造物。浜辺の防波堤からこっちは地獄まで届きそうなほど掘られて穴ぼこと足場だらけだ。渋谷ダンジョン化は時間の問題だ。

 掘られた土砂はそのまま現地工場でアルミ合金として地産地消されるそうで、五十八号線と港の隙間に設置された精錬所では既にアルミの生産が始まっている。

 まぁ、今はそれどころじゃなくて工事も何もかも止まってるけど。

 浮体橋の予定地として最有力候補地に上がっている事もあり、地価がトンでもない勢いで値上がって、開発競争も一番熱い場所だ。


 そんな訳で、パルクールが捗ってしまう、テロに優しいマップ構成になってしまっている。

 霧も酷いし、少人数での防衛に不利過ぎる。

 ああ、こういう逃げやすい所じゃないと交渉したくないんだろうな。

 好意的に解釈すれば、只俺らを罠にはめたい訳では無く、ちゃんと交渉したいとも取れる。


 佐藤君の担当してた走査ルートで不審者を発見、スフィアを破壊されたのを切っ掛けに浜津脇全体が騒々しくなった。霧の中に鼻を突く焦げ臭いにおいが充満し、港で火災が何件か発生したと通知が来た。佐藤君は荒事専門ではない。スフィアの扱いが上手いからって任せるべきじゃなかったな。

 大規模戦闘ではなく、時折パタパタと射撃音がする程度だが、その度に首を竦めてしまう。

 緊急避難で生活音が全く無いから、しんとした霧の中でその音がよく響く。


 神社周辺の安全は確保したけど、こんな索敵もままならない中ヘリ部隊で降りてくるのは自殺行為だ。

 約束の時間まで一時間を切っている。

 テログループの交渉相手も本当に来るのか?

 この辺りの霧は濃すぎて、既に遠距離無線は全滅だ。

 スフィアのレーザー無線でさえ感度が悪い。

 ソナー打ちながら目隠し状態で下りてくるしかない。


 貝塚の艦隊も小規模ながら応援に来ているが、刺激したくないと三千院から横やりが入り、霧の向こうで様子見になった。

 屋久島からは見える位置を周回してるらしいから、普通に威圧してるよな。

 下手な事は考えるなという事なんだろう。




 予定時刻の十分前、外回りの傭兵たちが戻ってきた。


”大した兵装じゃなかったな。ギリまで探したが、爆発物とかガスは今のところ見付からなかった。通達でも書いたが、マジで自作コイルガンの奴ばっかだ。海浜警備隊の装備を奪ったと言ってたが、全く持ってなかったぞ。あと、砂被ってかなり浅瀬に潜んでる、炙り出しは人が足りんからやってねえ”


”了解”


 不気味だな。

 武器類はビーコンとか認証付きのモノが多かったし、トレースされるだけだと判断したのか?単に防衛側のストック減らしたかったのかな?

 だったら奪わず燃やした方が早いよな。


”警告後攻撃してきた奴らは全部対処した。他は知らん。それっぽい奴らは塊りでここに近づいてる”


”お疲れ”


 三千院の部下たちも動いている。

 本人は境内の正面の鳥居の下に仁王立ちし、ずっと腕を組んで背を向けている。


”来たね”


 つつみちゃんが見上げる空から音が聞こえてきた。

 ヘリの音だ。

 強気だな。俺だったら怖くて下りられない。

 霧の中海岸線沿いに北からやってきたヘリ部隊は東に通り過ぎていく、南の安地まで行って燃料補給かな。その後から音も無くやってきたグライダーは境内に書かれたヘリポートに着陸した。

 中から降りてきたのは議員の他に三人、一人は秘書かな?うち二人は二ノ宮の傭兵だ。

 ビシッと紺色のスーツでキメた議員は近づいていく俺らに気付き、腰を折っている。


「お久しぶりです。この度はよろしくお願い致します」


 脚は完全に治っているみたいだ。

 つつみちゃんが目配せ。代表じゃなくて俺が挨拶すんの?


「急な話、応じてくれて感謝する。とりあえず安全な所へ」


 今ここに安全な場所なんて無いんだけどな。気休めだ。


 社務所に急遽作られた、防弾処理とエアー遮断しただけのシェルタースペースで、パイプ椅子に腰掛け膝を突き合わせる。


「こう言っちゃなんだが、何で来たんだ?十中八九殺されるだろ」


 さわやかな笑顔でにっこり笑われた。


「あなたがそれを赦すのですか?」


 長い黒髪の丁寧に纏められたポニーテールと特徴的な声には覚えがあったが、その顔は全く違っていた。

 あの大宮の地下の時から比べ、揉まれて精錬された随分キレのある目になっていた。


「条約締結の為にここにいる」


「なら、何も問題は有りません」


 短期間で随分成長したなあ。

 喫茶店で隣の席でストーカーしてた頃は、世間知らずのボンボン丸出しだったのに。


「先方はもういらしてるのでしょうか?」


 こいつへの情報はカットしてるのか?

 つつみちゃんを振り返る。

 首を振っている。


「三分前だ。向こうのが近いのに、宮本武蔵したいのかな?」


 全員変な顔してる。

 宮本武蔵知らないのかよう。

 サワグチ、お前はワザとだろ。


「舞原ーっ裕子様ぁっ!御成ぁりぃいいいいっ!!」


 議員の隣で立っていた秘書がビクッと飛び上って悲鳴を漏らした。

 相変らずバカデカい声だ。

 三千院が神社の鳥居から叫んだんだ。ファージ誘導してなくてこの声量は正直羨ましい。下手すると小人の手下のわっちんより声デカいんじゃないか?

 割れずにこんだけデカい声出せれば舞台俳優で喰えるよな。


「あいつが喰うのは人だけか」


 全員の変顔が深まったので気まずくなって席を立つ。


「テーブルに着こうか」


 四つ耳の分体。どんな奴か、挨拶だ。




 カウボーイハットを目深に被り、前で手を組んで立つ三千院の後ろには、部下の一部が突撃銃を持って儀仗兵みたく二列で並んでいる。この為にパクッたのか?どうやって傭兵たちに見付からずに持ち込んだのか小一時間ほど問いただしたい。

 その後ろ、鳥居の向こうにはボロボロの甚平っぽい頭陀袋を纏った猫背の奴らが三十人くらいでスクラムを組んでいた。全員が銛とコイルガンで武装している、全員血塗れだ。血の匂いが凄いな。階段際の無人機で確認すると、血の絨毯が下まで続いている。

 手当は良いのか?


 三千院が指笛を長く吹き、神社の周辺に潜んでいた手下たちがどこかに消えていった後、さらりと小気味よい鈴の音が霧の中に響き渡ると、スクラムが解けて何かがゆっくり出てきた。


”カグラスズだ。本物が出てきた。ユウコさんの脳保持者だね”


 つつみちゃんが隣で息を呑む音が聞こえた。


 ガラリ、ガラリと石畳に下駄の音を響かせ、ゆっくりと歩いて来るそいつは、全身にファージ誘導で迷彩を施していてきれいに視認できない。電磁波も赤外線も攪乱してる。紫外線でシルエットだけ確認出来るな。

 かなり大柄な女性だ。


 相向かいの折り畳み机まで来たそいつは、一旦三千院を振り返ったようで、三千院が頷くと迷彩を解いた。

 ハエの大群が羽音を立てて飛び立つ勢いで迷彩は弾け散り、姿を現した女性は思っていた姿と全く違っていた。

 佐藤君のデータと全然違うぞ?


「この場を設けて頂けたことに深く、深く感謝を申し上げる」


 どろりと纏わりつく昏い声はルルルにそっくりだった。

 本人じゃないんだよな?こういう悪戯はやらない筈だ。

 膝下はスキー板じゃない。やっぱ違うんだよな?

 こいつが舞原裕子。会うのは二人目だ。


 背筋を正し、隠し切れない巨乳のエルフは継ぎのあたったヨレヨレの振袖と袴だったが、ピシリとした佇まいは堂々として少しも貶めていない。ルルルのあの猫背とは全く違う。

 人を食ったような笑みも浮かべておらず、ん?


 つつみちゃんが汗ばんだ手で俺のグローブを握る。

 そいつの顔を見たからだろう。

 顔半分に拷問の跡が色濃く残り、急ごしらえの包帯で作った眼帯からは膿が垂れていた。

 これは酷い。

 香草の匂いがふわりと漂ってくる。


 議員も呑まれてるな。

 俺から切り出すか。


 一歩前に出る。


「三千院宗家殿に心を砕いて頂いた。お受け頂き重ねて感謝致したい」


 頭も下げておこう。


 上げた目線に女の焦点がが合った。


「此方は?」


 女の隣に並んだ三千院が余計な事を言う気満々な顔をしていたので殺す気で睨んだが全く効かなかった。


「日光領は舞原家当主。十四代許嫁。横山竜馬殿に御座います」


 得意気にニヤついて普通の声量だ。

 嫌味な奴だ。


「母の?記憶違いか、知らぬ名だが、どういう事か?」


 茶番じゃないよな?

 言ってないのかよ!?


 めっちゃ警戒し始めてる。

 ああ、ファージ構築始めやがった。


”おい!?ボウズ!”


 傭兵のおっさんが焦って指示待ちだ。

 遠巻きにしてる傭兵たちも武器を向けるに向けられない。


”任せてくれ”


 三千院が傭兵との暗号通信に割り込んできた。

 俺も傭兵も慌てて切断する。つつみちゃんからスフィア越しのセキュリティが奔り出し、霧の中に潜む無人機のミサイルが全て三千院を向いた。


「裕子殿。お手を拝借致したい」


 三千院は、片目女が構築するファージを組んだ傍からバラバラに砕き、手を差し出す、女は溜息交じりに肩を落とし、その手に一瞬触れた。

 時間は一秒も無かったが、その手で口元を押さえ、首を傾げ肩を震わせている。


「誠に?」


「勿論です」


 何を送った!?

 くっそ、接触だとここから読めねぇ。

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