第257話 非ジョブ型雇用の国

 山一つ北上した所に向井川という小さな河川とは言い難いな、既に全部護岸された用水路が畑を蛇行しながら流れている。

 その脇の森の一つにひっそりある取水口近く、メンテナンス用のマンホールは、何度もずらされた跡があった。


「中ではファージが濃度維持出来ない。テロリストも大した事は出来ないでしょ。ここから入ったと分かったところで、追ってくるのも難しい」


 三千院の顔色を見たが、ピクリともしていない。

 自分も当てはまると思ってないのか。


「よく使われてるな」


 記者が頷く。


「島民はファージ異常とかショゴス打ち上げん時の移動によく使う。今回もこれを使って逃げた人は多い筈」


「コレの情報、用水パイプラインだけで役場には上がってないですね」


 佐藤君。余計な事しないでいてくれるよね?


「管理が島民負担になるからじゃない?」


 さり気なく牽制する記者。


 つつみちゃんは鳥肌の立つ腕を擦りながら、冷気の出る穴を覗き込んでいる。


「ねぇー。なんかムシ居そうだよ?」


 そりゃいるでしょ。


「ほとんど居ないの。生存出来ないから」


 マジで?


「それ、通ってダイジョブなのか?」


「理由も判明してるし。潮風の所為で空気中の導電率が高いから生存出来ないんだって」


「中に入ると感電するのか?」


「口の中が酸っぱくなる程度だよ。電子機器も結露しなきゃ問題無い。人体には直ちに影響は無いかな」


 ほんとかよ。

 まぁ、現地民が普通に通ってるなら大丈夫なのか?

 一応、できる範囲内で走査はしよう。


「スフィア何個か落とす」


 俺もあたしもと皆で走査機器やスフィアをポンポン放り込んでいくのを、記者は複雑な表情で見つめている。




「結構下を逃げてる人多いのか?」


 皆して暫く中の探査をする。俺の方では反響して正確な位置がまだ掴めて無いが、いくつか足音がするな。

 内部はコンクリで舗装されてて、パイプラインが大小何本か通っている。

 人は二人並んで通れる程度だ。


「明かり無しか。ダクトは?」


「無い、空気の流入は、取水口近くのマンホールだけ」


「これ、グレネード投げ込まれたら詰まないか?」


 対処方法は思い付かない。


「中範囲型起動素子を持ってる。スフィアも結構所持してる方多いし、リュック一つ分土を持っていけば、ロボットで大量投入とかしてこなければ対処できる。そもそも、こんな中にエルフは入りたがらない」


 エルフは入らないだろうけどさ。


「崇拝者は?」


「ファージ濃度異常で接続出来ないから。入ると雑魚になる。まず入らない」


 入口付近以外は警戒レベル低くて大丈夫って事か?


「大体、地元民以外は使わないから。逃げてる人たちの足音聞けば分かるでしょ。テロの奴らは地図なんて誰も持ってないだろうし、ナビ無しで入ったらまず迷うよ」


 集音の振れ幅を見ながら暫く皆黙って送られてくる音に聞き耳を立てる。

 つつみちゃんと傭兵は振動センサーも併せてチェックしている。

 内部のマッピングは大分進んできた。


「確かにな。足音は誤魔化せても振動センサーは無理だ。パンピーばっかだな」


 傭兵さん?足音で分かんの!?


「一般人が武装しててこちらに攻撃する可能性は?」


 と、つつみ氏。


「先に無人機飛ばして確認とか警告すればいいでしょ。今回片道だけ使うんだから、そもそも、この島は平和だから武装してる人は少ない」


 ここまで来てやっぱ無しってのもな。

 でもこいつの罠って事も無くはない。

 映画だったらここで全滅するな。


 それ以上記者からコメントやプレゼンは無く、意思決定は俺らに任せるみたいだ。


「確認してるけど、今の処問題はないよ。あったら地上に出るだけさ。上も隠れやすい所ばかりだ。脇道も多いし、逃げるには困らないよ」


 三千院が大声出さないと不気味だ。

 ああ、用水路で反響するから空気読んだのか。

 三千院を信じなければならないなんて日が来るとは、ここにいる誰も考えなかっただろう。

 勿論俺は信じない。


”つつみちゃん”


”後三十秒で全通路の走査が終わる。全部繋げるよ”


 流石です先生。

 スフィア使わせたらやっぱ世界一だ。


「向こうにも通った。まだ出口付近には誰も居ないね」


「流石。女史は多才だね!」


「声が大きいよ」


「もう問題無いのだろう!?」


「そうだけど、五月蝿いのに変わりない」


 つつみちゃん。けんか売る相手は選ぼうぜ。

 俺、守り切れないよ。




 内部は思ったほどジメついてなかった。

 かなり冷えるな。

 誰からともなく全員が早足になる。


 ここでグレネードは絶対喰らいたくない。


 このまま進めば後一時間もせずに到着する。大幅な時間短縮だ。

 脇道から来る足音に一度遭遇したが、互いにエンカウントする前に、任務中の警告と回転灯を飛ばしたら停止した。

 カメラ確認でも子供を連れた家族連れに見えて、武器の携帯は無かったのでそのままスルーとなった。


”ここには子供連れがいるんだな”


”そうね。自治体が小規模過ぎて、養育施設は今まで機能してなかった”


 これからは機能していくだろう。

 良い悪いは兎も角。


”医者と公務員が増えるのは喜んでたけど、島民がどういう扱いになってくのか”


 こいつは元ナチュラリストで肩書は記者で今は政府の狗で殺し屋で監察官だけど、心情的には島民サイドなのか?


”計画会合で地元雇用は強化していくって言ってた”


”どうだか。パフォーマンスだけにならない事を望みたい”


 生活基盤に根付いた仕事が多いだろうからな。

 ドカドカやってきて嫌な仕事投げられても根腐れしそう。

 でも、時代の流れは容赦なんてない。歴史保存なんて見向きもしない。

 この種子島において、不必要と判断されたモノは砂一粒に至るまで全て駆逐されるだろう。

 俺に与えられた水資源確保という仕事は、お飾りに与えられた一日社長の仕事なんかではなく、凄く重要な事に思えてくる。

 宇宙進出は大事。これは確定。

 でも、だからって全てを投げうってつまらなくして良い事にはならない。

 俺が嫌だ。

 未来の為にアソビを捨てろと言われたら、俺は死んでしまう。

 地下市民たちにも娯楽はあった。

 この島の産業をある程度保持しつつ、エレベーターも運用していく。

 理想論ではあるけど、指針は見えてきた。

 やりたくない仕事を時間拘束して長時間やらなければならない苦痛は起きる前も起きてからも、嫌ほど味わっている。

 さっきエンカウントしたあの家族、子供を抱え身を寄せあうあんな家族が強く生きていける場所にしていきたい。

 札束投げつけるだけでは出来ない事だ。

 綺麗事言って保護するだけでは極潰しを生むだけだし、競争力を生む構造も維持しないとだよなあ。


”どしたの?何かノリノリだね”


 後ろを歩いているつつみちゃんから暗号通信。

 何で分かるかな?

 とりあえず今の目標は。


”絶対成功させる”


 つつみちゃんが並んだ。

 光源無しの暗闇の中、胸が八の字に揺れている。


”そうだね”


”向こうの走査は?”


”かなり入り組んでるからね。出口から神社までのルート最優先でやってる。全域は時間かかりそうだから分担したけど、裏切りあったら嫌だね”


 索敵はなあ。

 こと索敵において分担はあまり褒められた手段じゃないが、今は時間が惜しい。

 怪しければ俺が炙り出すか。

 怪我が無ければファージ濃霧は怖くない。

 長期間の激痛は嫌だが、治し方も分かっている。脳みそさえ壊れなければ何とかなる。


”一通り揃ったらデータ見るの俺も協力する”


”うん。よろすこ”


 出来る会社は部下が育てられる会社だ。

 上司は雑用してるだけで会社が育ち、仕事は回っていく。

 でも、うちの会社はトップが名ばかりのクソだから育たないといけない。

 今は力技で回ってるだけだ。

 オイルマネーに溺れて時代の流れに勝てなかった中東の二の舞にはなりたくない。

 その為ならなんだってやる。


”トイレ掃除だってやるさ”


”え?ヤダよ”


 え?


”お掃除さん雇うとセキュリティに不安が出てくるでしょ?女子トイレの掃除はわたしと可美村さんでやるよ。男子はそっちがやって”


”あ。はい”


 うちの社員は頼もしいわ。

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